この記事のポイント
- SaaSを多数導入しても、多くの企業で業務効率化が進まない根本的な理由。
- 従来のIT(SaaS/RPA)がサポートしてきた「実行」と、サポートしてこなかった「判断」「コミュニケーション」の境界線。
- 業務時間の多くを占める、見過ごされがちな「判断業務」と「定型コミュニケーション」の具体的な中身。
- 「AI × IT」が、これまで自動化が困難だった知的労働をどう変革し、「真の働き方改革」を実現するかの仕組み。
1. はじめに:VUCA時代に奪われる「創造的な時間」という経営課題
「DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、生産性を向上させる」
この目標を掲げ、多くの企業がSaaS(Software as a Service)の導入に多額の投資を行っています。しかし、その一方で、「ツールは増えたのに、なぜか仕事が楽にならない」「むしろ、やることが増えた気がする」といった声が、多くの現場から聞こえてくるのではないでしょうか。
この問題の本質は、単なる非効率にとどまりません。VUCAと呼ばれる予測困難な時代において、企業の未来を創るはずの「戦略的・創造的な時間」が、日々のルーティンワークによって奪われているという、より深刻な経営課題なのです。
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本記事では、SaaSを中心とした従来のITがなぜこの課題を解決できなかったのか、その原因である「判断業務」と「コミュニケーション業務」という2つの見えざるコストを解き明かします。そして、「AI × IT」の融合が、いかにしてルーティンワーク全体を自動化し、人間を未来を創造する仕事へと解放するのか、その具体的な道筋を示します。
2. なぜSaaSを導入しても「仕事が楽になった」と実感できないのか?
概要
SaaSの導入は日本企業で広く進んでいますが、その効果を十分に実感できている従業員は少数派です。その背景には、「使いこなせないUI/UX」と、無秩序な導入が引き起こす「SaaSスプロール」という、2つの根深い壁が存在します。
2.1. SaaSブームの裏に潜む「効果を実感できない」という声
SaaSの導入は、もはや一部の先進企業の取り組みではなく、日本企業全体で加速しています。株式会社ハンモックの調査では、情報システム部門の8割以上が過去2年間でSaaSの導入数が増加したと回答しています¹。
しかし、この投資熱とは裏腹に、現場の従業員が感じる効果には深刻なギャップが存在します。株式会社うるるBPOが2024年に実施した調査によると、DX推進企業でSaaSを導入しているにもかかわらず、業務効率化や生産性向上の効果を「非常に実感できている」と回答した従業員は、わずか38.3%に留まりました²。
これは、SaaSの導入が、必ずしも従業員の負担軽減に直結していないという厳しい現実を突きつけています。
2.2. SaaSの効果を阻む2つの壁
では、なぜSaaSは期待通りの成果を出せないのでしょうか。その原因は、大きく分けて2つの「壁」に集約されます。
壁その1:使いこなせないUI/UXという壁
SaaS導入後の効果を阻害する最大の要因は、機能不足ではなく、その「使いにくさ」にあります。「操作性が悪く使い勝手が良くない」ことが最も多い要因です。
これは、「機能が複雑で十分に使いこなせていない」という現場の声の本質が、システムのUI/UXにあることを明確に示しています。どんなに高機能でも、現場が直感的に使えなければ、その価値は半減し、やがて使われない「幽霊システム」と化してしまうのです。
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壁その2:SaaSスプロールと3つの経営リスク
手軽に導入できるSaaSの特性は、皮肉にも「SaaSスプロール」という新たな問題を生み出しました。これは、IT部門の統制なく、各部門が個別にSaaSを導入し、アプリケーションが無秩序に増殖する現象です。この状態は、単なる非効率にとどまらず、具体的な経営リスクを引き起こします。
- コストの増大:誰も使っていない「棚ざらしライセンス」に費用を払い続けるなど、ITコストが無駄に膨れ上がります。
- データの分断:各SaaSにデータが閉じ込められる「情報のサイロ化」が発生。システム間でデータを手作業で転記するといった、非生産的な業務が復活します。
- セキュリティリスクの増大:IT部門が把握していない「シャドーIT」が横行し、企業全体のセキュリティガバナンスが崩壊する危険性があります。
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項目 | 内容 |
SaaS導入の現状 | 多くの企業で導入が加速しているが、効果を「非常に実感」しているのは 38.3% に過ぎない。(株式会社うるるBPO調べ)² |
壁①:UI/UXの課題 | 利用者の中には「使いにくさ」を最大の課題と感じている割合が一定程度あり、これが活用を妨げる根本原因となっている。 |
壁②:SaaSスプロール | 部門ごとのSaaS導入によりデータが分断。コスト増、生産性低下、セキュリティリスクという三重苦を生む。 |
3. 見えざるコストの正体:ITが手を出せなかった「判断」と「コミュニケーション」
概要
SaaSをはじめとする従来のITは、人間の「実行」作業を支援することに長けていました。しかし、知的労働の中核をなす「判断」と「コミュニケーション」という2つの領域は、ほとんど手つかずのまま残されてきました。この目に見えない知的労働こそが、SaaS導入後も業務が楽にならない真のボトルネックです。
3.1. 従来のITがサポートしてきたこと、してこなかったこと
従来のIT、すなわちSaaSやRPAが得意としてきたのは、人間の「実行」をサポートすることです。
- 入力支援:フォームへの入力を補助する。
- 計算:入力された数値を自動で計算・集計する。
- 保管:データを安全に保管し、検索可能にする。
- 出力管理:帳票やレポートとして出力する。
これらはすべて、人間が「こうしてほしい」と明確に指示したルールに基づいて動く、いわば「実行支援システム」です。しかし、ビジネスの現場では、この「実行」の前後に、さらに膨大な知的労働が発生しています。それこそが、従来のITがサポートしてこなかった「判断」と「コミュニケーション」なのです。
3.2. 知的労働①:多段階の認知プロセスを伴う「判断業務」
「判断業務(Judgment Work)」とは、単一の行為ではなく、質の高いビジネス上の意思決定を行うために必要とされる、非定型的な一連の認知プロセスです。
- 課題の特定:そもそも、この申請は何を解決するために必要なのかを定義する。
- 情報収集:判断に必要な関連資料(過去の稟議、契約書、社内規程など)を、様々なシステムやフォルダから探し出す。
- 分析と統合:集めた情報を評価し、矛盾がないか、妥当性があるかを確認し、全体像を把握する。
- 代替案の創出:他の選択肢はないか、より良い方法はないかを検討する。
- 評価とリスク査定:各選択肢のメリット・デメリット、潜在的なリスクを評価する。
- 意思決定:責任を持って最終的な結論を出す。
これらのステップは、単純なデータ入力とは異なり、高度な認知能力と経験を要求します。
3.3. 知的労働②:見過ごされてきた「コミュニケーション業務」の負担
「判断」と並んで、もう一つ見過ごされてきた巨大なコストが「コミュニケーション業務」です。特に、以下のような定型的なコミュニケーションは、日々の業務に大きな負担としてのしかかっています。
- 依頼:「〇〇さん、この申請書の承認をお願いします」
- 催促:「先日お願いした件、進捗はいかがでしょうか?」
- 問い合わせ対応:「この経費はどの勘定科目で申請すればいいですか?」「添付ファイルの形式は何ですか?」
- 確認:「申請内容に不備がないか、確認をお願いします」
もちろん、戦略を練るための議論や、意見を収集するためのブレインストーミングといった非定型の高度なコミュニケーションは、人間にしかできない重要な業務です。しかし、上記のような定型的なやり取りは、価値を生まないにもかかわらず、従業員の貴重な時間と集中力を奪い続けているのです。
3.4. データが示す「判断」と「コミュニケーション」に消える膨大な時間
この「判断」と「コミュニケーション」のコストは、具体的な時間として定量化できます。
- 情報検索に消える時間:Slack社の調査によると、日本のナレッジワーカーは、1日の勤務時間のうち平均45%を「検索」に費やしているという結果があります³。これは、「判断業務」の情報収集段階に膨大な時間がかかっていることを示しています。
- 非生産的な会議:株式会社NTTデータ経営研究所の調査では、会議が全業務時間に占める割合は15.4%に上ります⁴。さらに、従業員の45%が「無駄な会議が多い」と感じており⁴、「コミュニケーション業務」が極めて非効率になっている実態が浮かび上がります。
これらのデータは、公益財団法人日本生産性本部の調査による、日本の労働生産性がG7の中で最下位に留まっている⁵という事実の、根本原因の一端を明らかにしています。私たちは、目に見える作業ではなく、この目に見えない「判断」と「コミュニケーション」のコストにこそ、目を向ける必要があります。そして、これらの非効率性は、ワークフローに蓄積されたデータを分析することで、初めて客観的に可視化できるのです。
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知的労働の種類 | 具体的な内容 | 結果として生じるコスト |
判断業務 | 情報収集、分析、評価、リスク査定など | 意思決定の遅延、質の低下 |
コミュニケーション業務 | 依頼、催促、問い合わせ対応、確認など | 集中力の中断、生産性の低下 |
4. AI×ITの融合:「判断とコミュニケーション」を含むルーティンワークの完全自動化へ
概要
AI、特にLLM(大規模言語モデル)を搭載したAIエージェントとITの融合は、従来の自動化ツールが越えられなかった「判断」と「定型コミュニケーション」の壁を突破します。これにより、これまで分断されていた「実行・判断・コミュニケーション」というルーティンワーク全体を自動化し、人間をより高度な戦略的思考へと解放します。
4.1. 従来型自動化とAIによる「認知的自動化」の決定的違い
これまでのSaaSやRPAによる自動化と、AIによる自動化は根本的に異なります。
- 従来型自動化(プロセス自動化):事前に定義された「ルール」に基づいて動きます。決められた手順を正確に繰り返すのは得意ですが、ルールにない例外や曖昧な状況には対応できません。
- AIによる自動化(認知的自動化):与えられた「目標」と「文脈」に基づいて自律的に思考・行動します。非構造化データ(メール本文、PDF契約書など)を理解し、自ら計画を立ててタスクを実行する能力を持ちます。
これは、単なる「実行」から「思考」と「判断」へのシフトを意味し、「AI × IT」の融合によって、これまで自動化が困難だった定型業務領域が、さらに高度に自動化されていくことを示しています。
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4.2. AIが「判断・コミュニケーション業務」の各プロセスを支援・自動化する具体例
AIは、「判断業務」と「コミュニケーション業務」の各ステップに具体的に介入し、人間の知的負荷を劇的に軽減します。
- 【判断】情報収集の自動化
AI:「A社との過去の契約書と関連する議事録をすべて探し、要点をまとめて」と指示するだけで、AIが社内の複数システムを横断検索し、数秒でレポートを作成します。 - 【判断】分析と評価の自動化
AI:アップロードされた契約書を瞬時に読み込み、「リスクのある条項」をハイライトして代替案を提示します。また、稟議書の内容を社内規程と照合し、矛盾点を自動で指摘します。 - 【コミュニケーション】定型業務の自動化
AI:承認が一定時間滞留している場合、AIが担当者に自動で催促の通知を送ります。また、「この申請書のステータスを教えて」といった社内からの問い合わせに、AIチャットボットが24時間365日対応します。 - 【判断+コミュニケーション】インサイトの創出と伝達
AI+BI:さらに、AIはBIツールと連携することで、ワークフローデータから「なぜ特定の業務プロセスの承認が遅れるのか」といった根本原因を分析し、改善策と共にレポートを自動生成。関係者に通知することさえ可能になります。
このように、AIは知的労働における煩雑な「準備作業」や「定型的なやり取り」を肩代わりしてくれます。これにより、人間はAIが整理・分析した質の高い情報に基づき、最終的な「意思決定」や「高度な対話」という、最も重要で創造的な業務に集中できるようになるのです。
自動化の世代 | 基本原理 | 人間の役割 |
従来型 (SaaS/RPA) | ルールベースで「実行」する | システムのルールに適応するオペレーター |
AI (AIエージェント) | 文脈を理解し「思考・判断」する | 目標を設定し、AIの分析結果を基に最終判断を下すストラテジスト |
5. 結論:ルーティンワークの自動化で「創造的な時間」を最大化し、未来を拓く
本記事では、多くの企業がSaaSを導入しても生産性向上の壁にぶつかる原因が、従来のITが手を出せなかった「判断業務」と「コミュニケーション業務」という、2つの目に見えない知的労働コストにあることを解説しました。
- SaaS(従来のIT)の限界:SaaSは定型的な「実行」作業の効率化には貢献しましたが、知的労働の中核をなす「判断」と「コミュニケーション」というルーティンワークの負荷は手つかずのままでした。
- 見えざるコストの正体:私たちは勤務時間の多くを、情報収集・分析といった「判断のための準備作業」や、依頼・催促といった「定型的なコミュニケーション」に費やしています。
- AI×ITによる解放:「AI × IT」の融合は、これらの価値を生まない定型的な知的労働を含むルーティンワーク全体を自動化し、人間が本来やるべき仕事に集中するための「時間」を創出します。
真の生産性向上とは、単に作業スピードを上げることではありません。それは、AIという強力なパートナーを得て、人間を煩雑なルーティンワークから解放し、より創造的で、より付加価値の高い戦略的な思考や対話へと時間を最大化させることに他なりません。
そして、そうして生み出された時間こそが、企業がVUCAの時代を乗り越え、より大きな社会課題の解決に貢献していくための、最も重要な経営資源となるのです。これこそが、単なる時間短縮に終わらない「真の働き方改革」の姿です。
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この「AI×IT」による変革を実現する具体的なソリューションが、統合型ワークフローシステムです。ジュガールワークフローは、まさにその思想を体現し、文書の作成から承認、保管、活用といった一連の文書プロセスをAIの力でインテリジェントにサポートする「AI×IT」システムです。煩雑な情報収集や定型的なやり取りをAIに任せ、人間がより高度な戦略的判断に集中できる環境を提供することで、未来の働き方を実現します。
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6. よくあるご質問(FAQ)
A1: 主に「情報のサイロ化」が原因です。各SaaSにデータが分散することで、「どの情報が最新か」「このデータはどこにあるか」といった確認のためのコミュニケーションが新たに発生します。また、ツールの使い方が分からないことによる問い合わせが増えるのも一因です。これらは、システムが分断されている限り、解決が難しい問題です。
A2: AIは、過去のデータやルールに基づいて「推奨される選択肢を提示する」「リスクの可能性を指摘する」といった、判断の支援を得意とします。最終的な意思決定や、倫理的・戦略的な高度な判断は、依然として人間の重要な役割です。AIは人間の仕事を奪うのではなく、人間を煩雑な準備作業から解放し、より質の高い判断に集中させるためのパートナーと考えるべきです。
A3: まずは、自社の業務の中で「どのような問い合わせが多いか」「どの承認プロセスで時間がかかっているか」を可視化することから始めましょう。簡単なアンケートやヒアリングでも構いません。ボトルネックを特定することが、解決への第一歩です。その上で、本記事で紹介したような統合的なアプローチを検討することをお勧めします。
7. 引用・参考文献
- 株式会社ハンモック. (2023). 【情報システム部門 SaaS管理の実態調査】8割以上が2年前に比べSaaSの導入数が増加したと回答. https://www.hammock.jp/assetview/media/saas_research.html
- 株式会社うるるBPO. (2024). SaaS普及が進む一方、生産性向上や業務効率化を非常に実感しているのは38.3%にとどまる結果に. https://www.uluru.biz/news/14077
- Slack. (2023). Slack presents the state of work. https://slack.com/intl/en-gb/state-of-work (※グローバル調査のデータであり、日本のナレッジワーカーに特化した調査では、検索に費やす時間はさらに長い可能性があります。)
- 株式会社NTTデータ経営研究所. (2012). 「会議の革新とワークスタイル」に関する調査. https://www.nttdata-strategy.com/newsrelease/archives/121005/index2.html
- 公益財団法人日本生産性本部. (2023). 労働生産性の国際比較2023. https://www.jpc-net.jp/research/list/comparison.html