この記事のポイント
- なぜChatGPTのようなAIが業務で「使えない」と言われるのか、その根本原因
- ビジネス価値は何か?: RAGがAIの弱点を克服し、具体的な業務をどう変えるのか
- 業界・業務別の活用事例: あなたの会社でRAGをどう活かせるかのヒント
- RAG vs ファインチューニング: 自社の目的に合ったAI戦略の立て方
- 導入ロードマップ: 企業がRAG導入で失敗しないための具体的なステップと鉄則
- RAGの進化と未来: AIが自ら育ち、チームで働く未来の働き方
1. はじめに:なぜAIは「嘘」をつき、あなたの会社の質問に答えられないのか?
生成AIは、そのままだと「嘘(ハルシネーション)をつく」「情報が古い」「社内情報に答えられない」という3つの致命的な欠点を抱えています。これはAIの知能の問題ではなく、信頼できる「あなたの会社の知識」にアクセスできないことが根本原因です。本記事では、この課題を解決する鍵となる技術「RAG」を解説します。
「ChatGPTを導入してみたが、時々もっともらしい嘘をつくため、業務で使うには信頼性が低い」
「社内の経費精算ルールについて質問しても、一般的な回答しか返ってこない」
生成AIの活用を目指す多くの企業が、このような「AIが使えない」という壁に直面しています。その原因は、ChatGPTをはじめとするLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)、つまり人間のように言葉を操るAIの脳みそが持つ、以下の3つの根本的な限界にあります。
- ハルシネーション(幻覚): LLMは、事実に基づかない情報を、あたかも真実であるかのように自信を持って生成することがあります。これは、LLMが「事実を知っている」のではなく、あくまで確率的に「もっともらしい」文章を生成するよう設計されているためです。
- ナレッジ・カットオフ(知識の断絶): LLMの知識は、学習した時点の情報で固定されています。そのため、最新の製品情報や法改正、市場の動向について質問しても、古い情報しか提供できません。
- プロプライエタリデータへの非対応: LLMは、インターネット上の公開情報で学習していますが、企業の内部情報(社内規定、業務マニュアル、顧客データなど)にはアクセスできません。
これらの課題は、AIの「知能」が低いという問題ではなく、信頼できる「あなたの会社の知識」へのアクセスが断たれていることに起因します。
本記事では、この課題を解決し、AIを真にビジネスで活用可能にするための鍵となる技術、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)について徹底的に解説します。RAGは、私たちのピラーページ『ワークフロー4.0の全貌|自律型AIチームが経営を加速させる未来』で解説した、AIが自律的に業務を遂行する「ワークフロー4.0」において、AIに信頼できる「記憶」を与える極めて重要なコア技術です。
RAGを理解することは、AIを「評論する」段階から、「業務で使いこなし、成果を出す」段階へと進むための、全てのビジネスパーソンにとっての必須知識です。
2. RAG(検索拡張生成)とは?AIを「使える社員」に変える新技術
RAGとは、AIに「自社の教科書」を持たせ、それを見ながら答えさせる技術です。これにより、AIは「あなたの会社の業務を理解した、信頼できる即戦力」へと変わり、業務効率化や属人化の解消といった具体的なビジネス価値を生み出します。
RAG(ラグ)とは、一言で言えば、AIに「自社の教科書」を持たせ、それを見ながら答えさせる技術です。LLMが回答を生成する際に、外部の信頼できる情報源(あなたの会社の社内規定やマニュアルなど)から関連情報をリアルタイムで検索し、その正確な情報を根拠として回答を生成させます。
この仕組みは、新入社員の教育に例えると非常に分かりやすいです。
- 従来のLLM(RAGなし): 何も教えられていない新入社員。一般的な知識はありますが、会社のルールは知らないため、質問に答えられなかったり、推測で間違ったことを言ったりします。
- RAGを導入したLLM: 業務マニュアルを渡された新入社員。手元の正確なマニュアルを参照しながら答えるため、信頼性の高い、会社に即した回答ができます。
ビジネスにおけるRAGの絶対的な価値
RAGを導入することで、AIは単なる「物知りなアシスタント」から、「あなたの会社の業務を理解した、信頼できる即戦力」へと変わります。これにより、具体的なビジネス価値が生まれます。
- 業務効率の劇的な向上: 従業員が「あの資料どこだっけ?」「この申請どうやるんだっけ?」と探していた時間をゼロにします。AIに聞けば、最新の正しい手順や情報を即座に入手できます。
- 新人・中途社員の即戦力化: 膨大なマニュアルを読み込まなくても、AIが業務の質問に答えてくれるため、オンボーディング期間を大幅に短縮できます。
- 属人化の解消とナレッジ継承: 特定のベテラン社員しか知らなかったノウハウをナレッジベースに蓄積すれば、誰もがその知識にアクセスできるようになります。
- コンプライアンスとリスク管理の強化: 常に最新の社内規定や法規制に基づいてAIが回答するため、ヒューマンエラーによるコンプライアンス違反のリスクを低減します。
このプロセスにより、AIの回答は特定の、検証可能な情報源に「接地(グラウンディング)」され、ハルシネーションを劇的に抑制し、常に最新かつ社内の情報に基づいた正確な回答を提供できるようになるのです。
項目 | 内容 |
RAGのビジネス上の定義 | AIに「自社の教科書」を持たせ、あなたの会社の業務を理解した、信頼できる即戦力に変える技術。 |
解決する課題 | ・ハルシネーション: 事実に基づいた回答で「嘘」を抑制。・ナレッジ・カットオフ: 常に最新の情報を参照可能。・社内情報への非対応: 企業の独自データを安全に活用。 |
もたらす価値 | 業務効率化、新人教育の短縮、属人化の解消、リスク管理の強化。 |
▶ 関連記事:『AIチャットボット導入で失敗しないために知っておきたいRAGの重要性』
3. RAGの仕組み:AIはどのようにして「会社の記憶」を手に入れるのか?
RAGは、①言葉の意味を数値(ベクトル)に変換し、②それをベクトルデータベースという「図書館」に保管、③ユーザーの質問の意図を汲み取って最適な情報を探し出す、という3つのステップで機能します。これにより、AIはキーワード検索を超えた、人間のような文脈理解を可能にします。
RAGが、まるでAIに「記憶」があるかのように機能するためには、いくつかの重要な技術が連携しています。ここでは専門用語を避け、その本質を解説します。
Step1: 言葉の意味を「住所」に変換する
人間は「休暇」と「年次有給休暇」が似た意味だと分かりますが、AIは言葉のままでは理解できません。そこで、AIは「埋め込み(Embedding)」という技術を使い、単語や文章の意味を、地図上の住所のような独自の数値データ(ベクトル)に変換します。意味が近い言葉ほど、「住所」が近くなるイメージです。
Step2: 会社の知識を「図書館」に整理する
次に、その住所データを効率的に整理・保管する場所が必要です。それが「ベクトルデータベース」です。これは、AIにとっての巨大な「図書館」の役割を果たします。社内のマニュアルやFAQ、過去の稟議書といった文書は、あらかじめ意味のある塊(チャンク)に分割され、それぞれがベクトル化(住所を与えられ)されて、この図書館に整理・保管されます。
Step3: 質問の意図を汲んで「本」を探し出す
最後に、ユーザーから「夏季休暇の申請方法について知りたい」という質問が来ると、その質問文も同様にベクトル化(住所に変換)されます。そして、その質問の住所と意味的に最も「近い」住所を持つ文書を、図書館の中から瞬時に探し出します。これが「セマンティック検索(意味検索)」です。
これは、優秀な図書館司書が、キーワードだけでなく会話の意図を汲み取って最適な参考資料を探し出してくれるようなものです。これにより、キーワードが完全に一致しなくても、「夏休み」「お盆休み」といった関連する表現が含まれる文書を的確に見つけ出すことができます。
技術要素 | 役割 | アナロジー(要するに) |
埋め込み (Embedding) | 言葉や文章の意味を、AIが理解できる数値(ベクトル)に変換する。 | 言葉に「意味の住所」を割り振る作業。 |
ベクトルデータベース | ベクトル化された情報を格納し、高速に検索できるようにする。 | AIの巨大な「図書館」または「記憶装置」。 |
セマンティック検索 | キーワードではなく「意味の近さ」で関連情報を探し出す。 | 意図を汲み取る優秀な「図書館司書」。 |
▶ 関連記事:『ベクトルデータベース入門:AIが社内文書を「記憶」するための必須技術』
4. RAGは具体的に何ができるのか?業界別・業務別ユースケース
RAGは、社内の問い合わせ対応から、顧客サポート、さらには金融や製造といった専門分野のリスク管理まで、幅広い業務を変革します。具体的な企業事例を通じて、あなたの会社でRAGをどう活用できるかのヒントを提供します。
RAGの理論を理解したところで、最も重要なのは「で、私たちのビジネスにどう使えるのか?」という問いです。RAGは、業界や部門を問わず、様々な業務を劇的に変革するポテンシャルを秘めています。
ケース1:社内ナレッジマネジメントと業務効率化
これはRAGが最も早く、そして確実に価値を発揮する領域です。
- 対象部門: 情報システム、人事、総務、経理、法務など、全社からの問い合わせ対応が多い部門
- 解決する課題:
- 「PCのセットアップ方法は?」「この経費はどの勘定科目で申請すればいい?」といった、繰り返し発生する質問への対応工数。
- 社内規定やマニュアルが各所に散在し、必要な情報を見つけるのに時間がかかる。
- 担当者によって回答が異なり、混乱を招く。
- RAGによる解決策:
- 社内のFAQ、規定集、業務マニュアルをすべてRAGのナレッジベースに投入します。
- 従業員は、社内ポータルのチャットボットに自然な言葉で質問するだけで、AIが関連文書を瞬時に探し出し、正確な回答を生成します。
- 導入効果: 問い合わせ対応工数の80%以上削減、従業員の情報検索時間の短縮、回答品質の標準化。
- 実際の事例:
- 大手IT企業: 全従業員向けの業務効率化支援ツールにRAGを導入。社内の膨大なナレッジやFAQをAIが要約・提示することで、従業員の情報検索時間を大幅に削減しました。
- 大手鉄道会社: 全社員向けのAIチャットにRAGを導入。独自の複雑な業務規定やマニュアルを登録し、専門的な質問にAIが正確に回答できる環境を整備しています。
ケース2:顧客・技術サポートの高度化
顧客満足度とオペレーターの生産性向上に直結する、費用対効果の高い領域です。
- 対象部門: カスタマーサポート、テクニカルサポート、お客様相談室
- 解決する課題:
- オペレーターが回答を見つけるために、複数のマニュアルや過去の対応履歴を検索するのに時間がかかる。
- 新人のオペレーターは知識が乏しく、回答までに時間がかかったり、回答を誤ったりする。
- 24時間365日の問い合わせ対応が困難。
- RAGによる解決策:
- 製品マニュアル、過去の問い合わせ履歴、トラブルシューティングガイドをナレッジベースとします。
- 顧客向けのチャットボットが一次対応を自動化し、簡単な質問は即座に解決します。
- オペレーターは、RAGシステムに顧客の質問を入力するだけで、AIが回答案と根拠となる文書を提示。オペレーターはそれを確認・修正するだけで、迅速かつ正確に回答できます。
- 導入効果: 一次問い合わせの自動化、オペレーターの平均処理時間(AHT)の短縮、回答品質の向上と均質化、新人研修期間の短縮。
- 実際の事例:
- ITインフラ企業: サポートエンジニア向けの回答作成支援システムにRAGを活用。回答作成時間を最大30%短縮し、業務効率を全体で約10%向上させるという具体的な成果を上げています。
ケース3:専門・規制産業での応用
高い正確性と信頼性、そして監査対応が求められる業界でこそ、RAGは真価を発揮します。
- 対象部門: 金融機関の融資・コンプライアンス部門、製造業の品質管理・設計部門、建設業の安全管理部門
- 解決する課題:
- 膨大かつ複雑な規制文書や技術仕様書の中から、必要な条項を見つけ出すのに膨大な時間がかかる。
- 過去の類似案件や事故事例の調査が困難で、経験の浅い担当者ではリスク評価が難しい。
- 判断の根拠を明確に示す必要があり、監査対応の負担が大きい。
- RAGによる解決策:
- 関連法規、社内規定、過去の稟議書、技術文書、事故事例などをナレッジベースとします。
- AIが関連文書を横断的に検索・参照し、「この案件における潜在的リスクは何か?」「過去の類似事例と比較して、この設計は妥当か?」といった問いに、根拠を示しながら回答します。
- 導入効果: 専門業務におけるリサーチ時間の大幅な削減、判断品質の向上、リスクの未然防止、監査対応の効率化。
- 実際の事例:
- 大手金融グループ: 融資業務に特化した生成AIを開発。RAGを用いて関連規定や過去の稟議書などを参照し、融資関連業務にかかる時間を3割以上削減することに成功しました。
5. 【戦略比較】RAG vs ファインチューニング:あなたの会社に必要なのはどちらか?
RAGは「知識」を、ファインチューニングは「スキルや口調」をAIに教える技術です。事実に基づいた正確な回答が重要ならRAG、特定の応答スタイルが重要ならファインチューニングが適しています。多くの場合、両者を組み合わせるハイブリッドアプローチが最適解となります。
LLMを自社の業務に合わせてカスタマイズする方法として、RAGの他に「ファインチューニング」というアプローチがあります。どちらを選ぶべきか、目的別に比較します。
- RAG: 「何を答えるか」を教える。AIに外部の「知識」を与えることに特化。
- ファインチューニング: 「どう振る舞うか」を教える。AIに特定の「スキル」や「口調」を身につけさせることに特化。
これは、社員教育で考えると明快です。
- RAGが有効なケース: 業務知識のキャッチアップ。新入社員に業務マニュアルを渡して、「これを見て仕事を進めてください」と指示する状況です。知識の更新が容易で、事実に基づいた正確な業務遂行が求められる場合に最適です。
- ファインチューニングが有効なケース: 専門スキルの習得や企業文化への適応。専門的な研修やOJTを通じて、企業独自のコミュニケーションスタイルや思考様式を叩き込む状況です。特定のペルソナ(人格)を身につけさせたい場合に有効です。
RAGとファインチューニングの比較表
比較基準 | RAG(検索拡張生成) | ファインチューニング | 戦略的意味合い |
主要目的 | 知識の注入(何を知っているか) | スキル/スタイルの獲得(どう振る舞うか) | 正確な情報提供が目的ならRAG、特定の応答スタイルが目的ならファインチューニング。 |
知識の扱い方 | 外部DBに知識を保持し、推論時に参照(動的) | モデルのパラメータに知識を埋め込み、学習時に記憶(静的) | 知識を外部資産として管理するか、AIの内部能力として埋め込むかの違い。 |
知識の更新 | 迅速かつ低コスト。外部データを更新するだけで完了 | 遅く高コスト。モデルの再学習が必要 | 製品情報など変化の速い情報を扱うならRAGが必須。 |
ハルシネーション | リスクは低い。根拠を提示可能 | リスクは残る。学習データ内のバイアスを反映 | 回答の信頼性・監査可能性が最優先ならRAGが優位。 |
コスト構造 | 初期コストは低いが、運用コストが発生 | 高額な初期学習コストがかかる | 短期的なROIを重視するならRAG。長期的な特化モデルへの投資ならファインチューニング。 |
理想的な業務 | カスタマーサポート、社内ヘルプデスク、FAQ対応 | 専門的な文書(契約書、医療カルテ)の要約、ブランドイメージに沿ったコピーライティング | 事実ベースの応答が中心か、特定のスタイルが求められるか。 |
ハイブリッドアプローチという最適解
実際には、両者は排他的ではありません。ファインチューニングで専門用語や対話スタイルを学習させたモデルに、RAGで最新の事実情報を与えるというハイブリッドアプローチが、最も高度なパフォーマンスを発揮するケースも多くあります。これにより、「プロフェッショナルな口調で、最新の顧客データに基づいた的確なアドバイスを提供するAI」が実現可能になります。
▶ 関連記事:『LLMの性能を最大化する技術:ファインチューニングとプロンプトエンジニアリングが業務にもたらす差』
6. 企業がRAG導入で失敗しないための実践的ロードマップ
RAG導入の成功は、技術力よりも計画性が重要です。①解決すべき課題とKPIを明確にし、AIの「教科書」となるデータを整備する、②PoCで小さく始め、現場を巻き込みながら改善を繰り返す、③セキュリティとガバナンス体制を構築する、という3つのステップを着実に進めることが成功の鍵となります。
RAGは強力な技術ですが、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、技術論以前に、計画的で実践的な導入アプローチが不可欠です。ここでは、失敗を回避し、着実に成果を出すための3つのステップを紹介します。
ステップ1:目的の明確化と「質の高い教科書」の準備
【鉄則】AI導入を目的化せず、解決すべきビジネス課題を具体的に定義する。
まず、「AIで何をするか」ではなく、「どの業務の、何の課題を解決したいのか」を明確にします。「何でも答えてくれるAI」のような曖昧な目標は必ず失敗します。
- 課題の特定: 「ITヘルプデスクへのパスワードリセットに関する問い合わせ対応工数を月50時間削減する」「新人営業担当者が独り立ちするまでの期間を3ヶ月から1ヶ月に短縮する」など、測定可能な目標(KPI:Key Performance Indicator、重要業績評価指標)を設定します。
- ナレッジベースの棚卸し: 目標が決まったら、AIに与える「教科書」、すなわちナレッジベースの品質を確認します。RAGの性能は、参照するデータの品質に完全に依存します。これは「ガーベージイン・ガーベージアウト(Garbage In, Garbage Out:ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない)」の原則そのものです。
- 情報の正確性と最新性: 古い情報や誤った情報が含まれていれば、AIはそれを基に堂々と間違った回答を生成します。文書のバージョン管理や定期的な棚卸しプロセスを確立しましょう。
- データの整理: PDFやWord文書がファイルサーバーに雑多に保管されているだけでは、AIは効果的に学習できません。不要な情報を削除し、構造化・整理された状態でナレッジベースを構築することが、プロジェクトの成否を分けます。これは、データガバナンス、つまり企業データを適切に管理・運用する体制そのものが問われる経営課題です。
▶ 関連記事:『ガーベージイン・ガーベージアウトとは?AI時代のデータ品質が経営を左右する理由』
ステップ2:スモールスタートで「AIを育てる」経験を積む
【鉄則】全社一斉導入ではなく、小さな成功体験を積み重ねる。
最初から全社規模の完璧なシステムを目指すのは失敗のもとです。特定の業務課題にスコープを絞ってPoC(Proof of Concept:概念実証)、つまり小規模な実証実験から始め、早く失敗し、早く学びましょう。
- スコープの限定: ステップ1で特定した課題のうち、最も効果が見えやすく、リスクの低いものから着手します。「ITヘルプデスクへのパスワードリセットに関するFAQとマニュアル数十ページ」だけを対象にするなど、範囲を厳密に絞り込みます。
- 現場を巻き込んだアジャイルな改善: 小さなプロトタイプを、実際にそれを使う現場の従業員に使ってもらい、フィードバックを得ながら継続的に改善していくアプローチが成功の鍵です。AIの回答が不正確だった場合は、その原因(データの問題か、検索の問題か)を特定し、ナレッジベースやシステムを改善していく「フィードバックループ」を回すこと。このプロセスこそが、自社にフィットしたAIを「育てていく」上で最も重要です。
▶ 関連記事:『PoC(概念実証)とは?DXプロジェクトを成功に導く進め方』
ステップ3:セキュリティとガバナンス体制の構築
【鉄則】「便利さ」と「安全」は常にセットで考える。
RAGは企業の機密情報にアクセスするため、セキュリティは最優先事項です。
- アクセス制御の徹底: 役職や所属部署に応じて、閲覧できる情報に制限をかけるRBAC(Role-Based Access Control:ロールベースのアクセス制御)を、システムの設計段階から組み込む必要があります。これにより、「一般社員が役員会議の議事録を閲覧できてしまう」といった情報漏洩インシデントを防ぎます。
- AI倫理とガバナンス: AIの判断によって生じた損害の責任所在、個人情報の取り扱い、差別的な判断をしないかといった、新たな論点に対応する社内ルールを定めます。AIはあくまでツールであり、その利用結果に対する最終的な説明責任は人間が負うという原則を明確にすることが、企業の信頼を守る上で不可欠です。
▶ 関連記事:『AIガバナンスとは?企業の信頼を守るために経営者が今すぐ取り組むべきこと』
7. RAGの進化と未来:AIが自ら育ち、チームで働く時代へ
概要
RAG技術は、自己修正能力を持つ「Self-RAG」や、複雑な関係性を理解する「GraphRAG」へと進化しています。将来的には、AIがより深く思考し、自律的に業務を遂行する「AIエージェント」の中核技術として、その重要性はますます高まります。
RAG技術は、現在も急速に進化を続けています。これは、AIがあなたの業務をさらに高度に支援する未来を示唆しています。
- Self-RAG: LLM自身が「検索は必要か?」「検索結果は信頼できるか?」を自己判断し、回答の質を自律的に向上させるアプローチ。AIがより賢く、自己反省しながら動作します。将来的には、AIが自分で間違いに気づき、ナレッジベースの修正提案までするようになるかもしれません。
- GraphRAG: 文書から人・組織・製品といった重要な言葉とその関係性を抽出し、「ナレッジグラフ」という相関図を構築します。これにより、「A社のCEOが過去に在籍したB社が買収したC社の主力製品は何か?」といった、複数の情報を横断する複雑な関係性の質問にも答えられるようになります。これは、高度な市場調査やリスク分析をAIが代行する未来に繋がります。
- Agentic RAG: より自律的な「AIエージェント」が、複雑な問題に対して調査計画を立て、複数回の検索やツールの使用を自ら判断して実行するアプローチ。これは、私たちのピラーページで紹介した『エージェンティックAI』が、より高度な情報収集能力と実行力を持つことを意味します。
これらの進化は、RAGが単なる情報検索ツールではなく、AIがより深く思考し、自律的に業務を遂行するための基盤技術へと発展していることを示しています。
8. まとめ:RAGは「AIを語る」から「AIで稼ぐ」への転換点
概要
RAGは、AIの弱点を克服し、ビジネスで「使える」ツールへと変えるための戦略的必須要件です。成功の鍵は、技術そのものよりも、高品質なデータの準備と、現場を巻き込んだ継続的な改善プロセスにあります。RAGは、企業の「知識」を「収益」に変えるための強力なエンジンです。
本記事では、生成AIをビジネスで本格的に活用する上で不可欠な技術「RAG」について、そのビジネス価値と成功の鉄則を解説しました。
- RAGはAIを「使えない新人」から「頼れる即戦力」に変える: 外部の信頼できる知識ソースに接続することで、AIの回答の信頼性・最新性・安全性を飛躍的に高めます。
- 成功の鍵は「高品質なデータ」と「スモールスタート」: 技術の前に、AIに学習させる情報の質と、現場を巻き込んだ継続的な改善プロセスが不可欠です。
- RAGは企業の「知識」を「収益」に変えるエンジン: RAGはもはや単なる技術的選択肢の一つではありません。企業の最も価値ある資産である「知識」をAIに活用させ、具体的な業務効率化や競争力向上に繋げるための戦略的必須要件です。
RAGを理解し、活用することは、「AIはすごいらしい」と語る段階から、「AIでどうやって業務を改善し、収益を上げるか」を実践する段階への、決定的な転換点となるでしょう。
ジュガールワークフローは、本記事で解説したRAG技術を中核に据え、企業の知識資産を最大限に活用する次世代のワークフロープラットフォームです。専門知識がなくても、チャット形式で自然に社内データと連携し、稟議書のドラフト作成やリスク分析といった高度な業務をAIが支援します。これにより、従業員を定型的な知的作業から解放し、より創造的な業務に集中できる環境を実現します。
その開発元であるVeBuIn株式会社は、大学でAIカリキュラムの教授を務めた経験を持つメンバーや、最先端のAI理論を学んだ若手エンジニアで構成されるAI専門家チームを擁しています。私たちは、既成のソリューション提供に留まらず、お客様独自の課題に合わせたカスタムAIの開発も積極的に承ります。理論と実践を兼ね備えた深い知見で、貴社のAIを活用したビジネス変革を強力にサポートします。
引用・参考文献
- 総務省, 「令和5年版 情報通信白書」
- 提供者: 総務省
- URL: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/
- (日本国内におけるAI導入の現状と課題に関する公的データとして参照)
2. 情報処理推進機構(IPA), 「AI白書2023」
- 提供者: 独立行政法人情報処理推進機構
- URL: https://www.ipa.go.jp/publish/wp-ai/ai-2023.html
- (AI技術の最新動向や社会実装における課題に関する専門機関の見解として参照)
3. Lewis, P., et al. (2020). “Retrieval-Augmented Generation for Knowledge-Intensive NLP Tasks.”
- 提供者: Meta AI (Facebook AI Research) / arXiv
- URL: https://arxiv.org/abs/2005.11401
- (RAGの概念を最初に提唱した学術論文として参照)
4. Grand View Research, “Intelligent Process Automation Market Size, Share & Trends Analysis Report”
- 提供者: Grand View Research
- URL: https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/intelligent-process-automation-market
- (関連市場の成長予測に関する調査データとして参照)