この記事のポイント
- 稟議が「ハンコを押すだけ」の儀式と化してしまう、組織的な根本原因
- なぜ、承認者の意識改革だけでは形骸化の問題が解決しないのか
- 形骸化したプロセスがもたらす、機会損失や生産性低下といった具体的な経営コスト
- 改革の第一歩となる「権限委譲」と「職務権限規程」の具体的な進め方
- ワークフローシステムを活用し、改革を組織文化として定着させる方法
はじめに:その「ハンコ」、本当に意思決定の証ですか?
「稟議書の詳細はよく見ていないが、いつも通りだから承認しておくか」「何人ものハンコが押されているから、問題ないだろう」。
多くの企業で、稟議の承認印が、熟慮の末の「意思決定の証」ではなく、内容を問わない「単なる通過儀礼の証」と化しています。本来、組織の重要な意思決定を支え、ガバナンスの礎となるべき稟議制度が、なぜこのような形骸化した状態に陥ってしまうのでしょうか。
この問題の根は、承認者個人の意識の低さといった単純な話ではありません。むしろ、「そうせざるを得ない」組織構造そのものに潜んでいます。
この記事は、単に承認者の意識改革を促す精神論ではありません。稟議が形骸化するメカニズムを組織論的に解明し、それを根本から解決するための具体的な処方箋を提示します。多くの企業が抱える「稟議が遅い」という課題がプロセスの分断から生じるのと同様に、稟議の「形骸化」もまた、組織の仕組みに起因する構造的な病理なのです。
本稿を通じて、無意味なハンコの儀式に終止符を打ち、稟議プロセスを企業の成長を加速させる戦略的資産へと再生させるための、具体的かつ実践的なロードマップを共に描いていきましょう。
▼「稟議が遅い」根本原因と解決策を詳しく知りたい方はこちら
稟議の遅延は、本記事で扱う「形骸化」とは異なる構造的要因から発生します。意思決定のスピードに課題を感じている方は、まずこちらの記事でボトルネックの特定から始めることをお勧めします。
→ 「稟議が遅い」はなぜ起きる?プロセスの分断を解消する「統合型ワークフロー」という本質的解決策
第1章:なぜ稟議は「ハンコを押すだけ」の儀式になってしまうのか?
【本章の要点】
稟議の形骸化は、承認者個人の怠慢ではなく、「責任の拡散」「思考停止を招く前例踏襲」「些細な稟議の氾濫」という3つの組織的な要因によって引き起こされます。これらの要因が組み合わさることで、承認プロセスから実質的な審議が失われ、ハンコを押すこと自体が目的化してしまうのです。
1-1. 形骸化の兆候:あなたの組織が発する4つの危険信号
稟議プロセスの形骸化は、組織の健全性を蝕む静かな病です。以下の表に示すような兆候が日常的に見られる場合、その根本原因に目を向ける必要があります。
危険信号 | 症状 | なぜ問題なのか? |
① ゴム印承認 | 承認者が稟議書の内容を十分に確認・検討せず、形式的にハンコを押す行為が常態化している。 | 意思決定の質が著しく低下し、不正やミスの見逃しに繋がる。 |
② プロセスの目的化 | 「何を決めるか」よりも、「いかにして全ての承認印をもらうか」という手続きの完了自体が目的化している。 | 本来の目的である「より良い意思決定」が見失われ、プロセスが自己目的化する。 |
③ 前例踏襲の蔓延 | 「前例がないから」という理由だけで新しい挑戦や改善提案が却下され、過去のやり方を無批判に受け入れている。 | 組織の革新や変化への対応力を阻害し、硬直化を招く。 |
④ 些細な稟議の氾濫 | 少額の備品購入など、本来部署内で完結すべき軽微な案件まで稟議にかけられ、承認者が忙殺されている。 | 管理職が「承認疲れ」に陥り、重要な案件を精査する意欲と時間を失う。 |
1-2. 責任の拡散:全員が承認すれば、誰も責任を取らないという無責任体制
形骸化の核心には、責任感の希薄化という根深い問題が存在します。
稟議制度は本来、承認ルートを文書で記録することで責任の所在を明らかにする仕組みです。しかし皮肉なことに、承認者の数が増えるほど、一人ひとりの責任感は薄れていきます。
これは「傍観者効果」とも呼ばれる心理現象に似ています。多くの人が関わることで、「自分一人が反対しても流れは変わらない」「これだけ多くの専門家が承認しているのだから、問題ないだろう」という心理が働き、個々の当事者意識が希薄になるのです。
結果として、稟議制度は最善の意思決定を目指すための仕組みではなく、失敗した際の責任を回避するためのアリバイ作りの道具として悪用されかねません。承認者の関心は、提案の成否ではなく、「自分の押印が後で問題視されないか」という点に移ってしまい、実質的な審議が行われなくなるのです。
1-3. 前例と手続きによる思考停止:なぜ新しい挑戦が生まれにくいのか?
形骸化は、不明確なルールと時代遅れのプロセスによってさらに加速します。
- 曖昧な権限
「誰が、どこまでの金額や内容について決定権を持つのか」というルールが不明確な場合、従業員はリスクを避けるために、あらゆる案件を稟議にかけるようになります。これは、不要な手続きと遅延の温床となります。 - 時代遅れのルール
事業環境が大きく変化しているにもかかわらず、稟議のルールだけが旧態依然のまま放置されているケースは少なくありません。かつては有効だったプロセスが、現在のビジネススピードにおいては、組織の成長を阻害する足枷となってしまいます。
問題の根源は、従業員がリスクを回避し、受け身でいることを奨励するような制度設計そのものにあるのです。
▼業務の進め方が特定の人に依存していませんか?
曖昧なルールは、業務の進め方が個人に依存する「属人化」を招きます。属人化のリスクと、それを解消するための具体的な手法については、こちらの記事で詳しく解説しています。
→ 稟議の属人化はなぜ危険?業務標準化とナレッジ共有で解消する方法
1-4. 形骸化がもたらす具体的なコスト:あなたの会社が失っているものは何か?
形骸化した稟議プロセスがもたらす損害は、目に見えにくいですが極めて深刻です。
影響領域 | 具体的なコスト(損失) |
事業への影響 | 意思決定の遅延による、商談の逸失、新製品投入の遅れ、市場変化への対応の遅れといった直接的な機会損失。 |
生産性への影響 | 従業員や管理職が、稟議書の作成、回覧、承認といった付加価値を生まない作業に膨大な時間を費やすことによる生産性の低下。 |
人材・組織への影響 | 煩雑で意味を感じられないプロセスによる、従業員のモチベーション低下と挑戦意欲の減退。自律的に判断しない文化の醸成。 |
この非効率なプロセスは、自己増殖的な悪循環を生み出します。プロセスが形骸化しているため、従業員はそれを単なる官僚的な障害と見なし、自己防衛のために些細な案件まで稟議に乗せ、全体の渋滞をさらに悪化させるのです。
第2章:改革の第一歩はシステムの導入ではない?「ルール」を再設計する必要性
【本章の要点】
形骸化した稟議を再生させるための第一歩は、いきなりITツールを導入することではありません。その前に、意思決定の交通ルールである「権限」と「プロセス」を根本から見直す必要があります。誰が何を決定するのかを明確に定義し、不要な手続きを徹底的に削ぎ落とす「ガバナンス改革」こそが、あらゆる改革の土台となります。
2-1. 補完性の原則:なぜ「現場に任せる」勇気が必要なのか?
改革の出発点は、意思決定の権限を可能な限り現場に近い、適切な階層に移譲する「権限委譲」です。これは、従業員の主体性を引き出し、業務スピードを向上させ、経営層が本来注力すべき戦略的な課題に集中するために不可欠です。
- 稟議対象の厳格な絞り込み
まず、形式的な稟議を必要とする案件を抜本的に削減します。そのためには、役職ごとに明確な決裁権限額を定めることが不可欠です。「10万円以下の備品購入は部長決裁」「定型的なソフトウェアライセンスの更新は稟議不要」といった具体的なルールを設けます。 - 「稟議」から「申請」へ
リスクが低く定型的な依頼については、従来の重々しい「稟議」という言葉を改め、より簡潔な「申請」という呼称を用いることも有効です。この言葉の変更は、プロセスがより迅速かつ簡素であることを組織全体に示唆し、意識改革を促す強力なメッセージとなります。
▼「承認疲れ」から脱却するための具体的なステップ
権限委譲は、言うは易く行うは難し、です。不要な承認プロセスを安全かつ効果的に削減するための具体的な手法や、従業員のエンパワーメントについては、こちらの記事で詳しく解説しています。
→ 「稟議疲れ」を解消する権限移譲の技術|不要な承認プロセスをなくす方法
2-2. 明確な枠組みの構築:「職務権限規程」という組織の憲法
権限委譲を絵に描いた餅で終わらせないためには、その土台となる公式なルールブック、すなわち「職務権限規程」の整備が不可欠です。この規程は、組織内の各役職が持つ意思決定の権限と責任の範囲を明文化したものであり、効果的な内部統制とリスクマネジメントの根幹をなします。
「職務権限規程」作成の4ステップ | 具体的なアクション |
ステップ1:組織の可視化 | 最新かつ正確な組織図を作成し、指揮命令系統を明確にする。 |
ステップ2:役割と責任の定義 | 各部署、各役職が担うべき職務内容を具体的に洗い出す。 |
ステップ3:権限の割り当て | 予算承認、採用、契約締結といった具体的な意思決定権限を、基準に基づき各役職に割り当てる。 |
ステップ4:規程間の整合性確保 | 他の社内規程(例:経費精算規程)や関連法規との矛盾がないかを確認する。 |
明確な職務権限規程は、従業員が「これは自分の権限で決めて良いことだ」と自信を持って行動することを可能にし、形骸化の原因である「責任の曖昧さ」を解消する基盤となります。
▼自社の規程は時代に合っていますか?
ワークフローシステムの導入は、硬直化した職務権限規程を見直す絶好の機会です。規程を現代のビジネス環境に合わせて最適化するための具体的な見直しポイントや、すぐに使えるサンプル規程はこちらで紹介しています。
→ 職務権限規程の見直しポイント|ワークフロー導入を機に最適化するサンプル付きガイド
2-3. 承認者の役割再定義:門番から、価値を付加するレビュー担当者へ
プロセスの改革は、関係者の意識改革とセットで進める必要があります。特に管理職の役割は、単に不適切な提案を阻止する「門番」ではなく、優れた提案をさらに磨き上げ、事業価値を高める「付加価値提供者」であるべきだという意識を醸成することが重要です。
- 承認印の意味を再定義する
承認印は、単なる「見ました」という確認の証ではありません。提案の論理、リスク、そして会社全体の戦略との整合性をプロとして吟味したという「責任の証」でなければなりません。 - 対話を促す文化を育む
稟議プロセスを、承認か否かの二者択一に終わらせてはなりません。承認者がコメント機能などを活用し、起案者に対して建設的なフィードバックや質問を投げかける文化を育むことで、静的な書類の回覧が、動的な議論の場へと変わります。
これらのガバナンス改革は、テクノロジー導入の前に必ず実行されなければなりません。曖昧で複雑な承認ルールをそのままデジタル化しても、それは「より速く壊れたプロセス」を生み出すに過ぎないのです。
▼決裁後の文書、統制できていますか?
稟議改革は、承認プロセスだけでなく、決裁された文書がその後どのように管理されるかまでを考える必要があります。文書の作成から廃棄までの一生を管理する「文書ライフサイクル」の視点が、堅牢な内部統制を築く鍵となります。
→ 文書ライフサイクル管理とは?ワークフローで実現する堅牢な内部統制システム構築ガイド
第3章:デジタルはルールを組織に浸透させる触媒?ワークフローシステムの真価とは
【本章の要点】
前章で設計した新しいルールを、組織の隅々まで浸透させ、遵守させるための強力なツールがワークフローシステムです。その真価は、単なるペーパーレス化による効率向上に留まりません。人間では管理しきれない複雑なルールをシステムが自動実行することで、新しい働き方を定着させ、旧来の悪しき習慣への逆戻りを防ぐ「ガバナンス・エンジン」として機能する点にあります。
3-1. 「脱ハンコ」の先にある、デジタル化の3つの本質的価値
物理的な押印を廃止する「脱ハンコ」は、改革の入り口に過ぎません。真の変革は、業務プロセス全体をデジタルで再構築することによってもたらされます。
デジタル化の本質的価値 | 具体的な効果 |
① 可視性 (Visibility) | 関係者全員が、稟議の進捗状況(今、誰のところで止まっているか)をリアルタイムで把握できる。これにより、書類が紛失したり滞留したりする「ブラックボックス」状態が解消され、承認者に迅速な対応を促す健全なプレッシャーが生まれる。 |
② 統制 (Control) | 金額や内容に応じて承認ルートを自動で変更したり、規程に違反する申請をシステムが自動でブロックしたりできる。人間系の運用では徹底が難しいルールを、システムが確実に実行する。 |
③ 証跡 (Audit Trail) | 提出、承認、コメント、差戻しといった全てのアクションがタイムスタンプ付きで記録され、改ざん不可能なデジタル監査証跡が形成される。これにより、内部統制が強化され、監査対応も容易になる。 |
特に重要なのは「可視性」です。紙のプロセスでは見えなかった遅延が公になることで、個々の担当者の行動変容が促されます。これが、形骸化したプロセスに健全な緊張感を取り戻すきっかけとなるのです。
▼稟議の進捗、見えていますか?
稟議プロセスの「ブラックボックス化」は、遅延だけでなく形骸化の温床にもなります。プロセスを可視化することで得られる具体的なメリットと、その実践方法について解説します。
→ 稟議プロセスを「見える化」するメリットと、具体的な実践方法
3-2. 現代のワークフローシステムが持つべき必須機能とは?
自社に最適なワークフローシステムを選定するためには、多角的な視点からの評価が必要です。特に、形骸化を防ぎ、意味のある審議を促進するためには、以下の機能が不可欠です。
必須機能 | なぜこの機能が重要なのか? |
柔軟な承認ルート設定 | 「職務権限規程」に基づき、条件に応じて承認ルートを自動変更。低リスク案件は高速処理し、高リスク案件は適切な精査を保証する。 |
コラボレーション機能 | 稟議書へのコメント機能などにより、承認者と起案者の対話を促進。単なる書類回覧を、実質的な議論の場へと変える。 |
他システムとの連携性(API) | 人事・会計システム等と連携し、業務全体の分断を解消する。これは「統合型ワークフロー」の中核をなす思想。 |
優れたユーザー体験(UI/UX) | 全従業員が直感的に使える、特にスマートフォンでの操作性が高いこと。これがシステムの定着と利用率向上に直結する。 |
▼そのツール、本当に「稟議」に適していますか?
Excelやメール、グループウェア付属の簡易機能での稟議運用には、多くの限界とリスクが潜んでいます。専門システムとの決定的な違いを理解することが、適切なツール選定の第一歩です。
→ なぜ紙・Excel・メールでの稟議は限界なのか?3つの大きな課題を解説
→ グループウェア付属の稟議機能ではダメな理由|専門システムとの決定的違い
3-3. 導入時に避けるべき落とし穴:「不適切なプロセスのデジタル化」
最も注意すべきは、既存の非効率で形骸化したプロセスを、そのままデジタル化してしまうことです。これは問題を解決するどころか、むしろ悪化させる可能性があります。
例えば、紙の稟議書にあった不要な承認印の欄を、そのまま電子フォーム上に再現してしまえば、形骸化した承認ステップがデジタルな形で固定化されてしまいます。
ワークフローシステムの導入は、業務プロセスそのものを見直す絶好の機会です。システム導入をきっかけに、「この承認ステップは本当に必要か?」「この入力項目は誰が何のために使っているのか?」といった問いを徹底的に突き詰めることが、改革を成功に導く鍵となります。
▼真のDXを実現する「統合型ワークフロー」とは?
部分最適のツール導入では、根本的な課題は解決しません。システムの壁を越えて業務プロセス全体を賢くつなぎ直す「統合型ワークフローシステム」の全体像と、その選び方を徹底解説します。
→ 統合型ワークフローシステムとは?選び方・比較検討方法まで詳細解説!
第4章:他社はどうやって成功したのか?事例から学ぶ改革の共通項
【本章の要点】
稟議改革は、業界や企業規模を問わず、多くの企業が取り組む共通の経営課題です。成功事例を分析すると、①経営層の強いコミットメント、②IT部門だけでなく業務部門が主導する全社的なプロジェクト体制、③既存プロセスの抜本的な見直しという、3つの共通した成功要因が浮かび上がってきます。
4-1. 製造業の事例:決裁時間を半減し、監査指摘を9割削減
ある自動車部品メーカーは、紙ベースの稟議プロセスによって決裁に平均6.9日を要し、さらにルールの運用不徹底から年間約200件もの内部監査指摘を受けるという課題を抱えていました。
- 解決策:
同社は、IT部門ではなく総務部が主導してワークフローシステムを導入。これを単なるシステム導入ではなく、全社的な業務プロセス改革と位置づけ、申請フォーマットとルールを徹底的に標準化しました。 - 成果:
- 平均決裁日数を3.4日へと半減。
- 内部監査での指摘件数を年間約20件へと90%削減する見込みを達成。
- 稟議だけでなく、その他94業務にシステムを横展開し、グループ全体のDX基盤を構築。
この事例は、業務を熟知した部門が主導権を握り、システム導入をテコに業務標準化を断行したことが成功の鍵であったことを示しています。
4-2. 公共セクターの事例:約3,800種類の押印を廃止
ある自治体は、公共セクター特有の強固な慣習を乗り越え、約3,800種類にも及ぶ申請書から不要な押印を廃止するという壮大な改革を断行しました。
- 解決策:
数千もの個別規則を一つずつ改正するのではなく、「押印に関する特例規則」という一つの条例を制定し、一括で押印義務を廃止するという画期的なトップダウンアプローチを採用。まず全ての押印について、その必要性をゼロベースで見直すことから始めました。 - 成果:
計画を前倒しで達成し、全国の自治体における行政改革のモデルケースとなりました。
この事例の教訓は、既存のルールに縛られるのではなく、「そもそも、この手続きは本当に必要か?」という本質的な問いから始めることの重要性です。
4-3. 成功要因の統合分析:業界を超えた普遍的な法則
これらの事例から、成功する稟議改革に共通する要因を抽出できます。
成功要因 | 具体的なアクション | なぜ重要なのか? |
① 経営層の強いコミットメント | 経営トップが自らの言葉で改革の必要性を全社に伝え、プロジェクトを強力に後押しする。 | 現場の抵抗や部門間の利害対立を乗り越え、全社的な変革を推進するための強力な求心力となる。 |
② 業務部門主導のプロジェクト | IT部門は技術支援に徹し、実際に業務を行っている部門(総務、経理、事業部など)が主体となって要件定義やルール設計を行う。 | システムが現場の実態に即したものとなり、「導入したが使われない」という典型的な失敗を避けることができる。 |
③ ゼロベースでのプロセス見直し | 既存のやり方を無批判にデジタル化するのではなく、「あるべき姿」から逆算して、不要なステップやルールを徹底的に排除する。 | 改革の効果を最大化し、単なる効率化に留まらない、業務品質の向上やガバナンス強化を実現できる。 |
形骸化した稟議からの脱却は、単にツールを入れ替えるだけの簡単な作業ではありません。それは、組織の働き方や文化にまで踏み込む、一種の「組織開発プロジェクト」なのです。
▼導入プロジェクトの失敗を避けたい方へ
ワークフローシステムの導入プロジェクトには、いくつかの典型的な失敗パターンが存在します。「導入したけど、結局使われなかった」という事態を避けるための具体的なポイントを解説します。
→ 稟議システム導入のよくある失敗例|「導入したけど使われない」を防ぐには
第5章:理論から実践へ。意味ある審議の文化を醸成する実行ロードマップ
【本章の要点】
稟議改革プロジェクトを成功させるためには、周到な計画に基づいた段階的なアプローチが不可欠です。「①評価と設計」で改革の青写真を描き、「②パイロット導入」で小さな成功を積み重ねて勢いをつけ、「③本格展開と定着」で全社へと広げ、「④継続的改善」で改革を進化させ続ける。この4つのフェーズを着実に実行することが、組織文化の変革を成功に導きます。
フェーズ | 主要な目的 | 具体的なアクション |
フェーズ1:評価と設計 | 改革の青写真を描く | ・部門横断チームの結成 ・現状プロセスの可視化と分析 ・新ガバナンスモデル(職務権限規程)の定義 ・測定可能な目標(KPI)の設定 |
フェーズ2:パイロット導入と改善 | 試験飛行で勢いをつける | ・効果が見えやすい部署で「スモールスタート」 ・パイロットユーザーから集中的にフィードバックを収集 ・本格展開の前にシステム設定やルールを改善 |
フェーズ3:本格展開とトレーニング | システムを本稼働させる | ・経営層から改革の重要性をメッセージ発信 ・役割に応じた包括的なトレーニングを実施 ・問い合わせ窓口(ヘルプデスク)などサポート体制を確立 |
フェーズ4:継続的改善 | 改革を進化させ続ける | ・設定したKPIを継続的にモニタリングし、効果を共有 ・組織変更や事業環境の変化に対応し、ルールを定期的に見直し ・現場からの改善提案を歓迎する文化を醸成 |
このロードマップは、単なるシステム導入手順書ではありません。形骸化した儀式を、組織の知性を結集させる意味あるプロセスへと変革するための、文化改革のシナリオなのです。
おわりに:稟議改革は、企業の俊敏性を支える経営改革そのものである
本稿では、「ハンコを押すだけ」という形骸化した稟議制度が、なぜ生まれてしまうのか、そして、それをいかにして意味のある戦略的なプロセスへと再生させることができるのかを、多角的に論じてきました。
形骸化の根源は、承認者個人の資質にあるのではなく、責任の所在を曖昧にし、思考停止を誘発する組織の仕組みそのものにありました。この構造的な病理を断ち切る鍵は、二つの改革を両輪で進めることにあります。
第一の車輪は、権限委譲とルールの明確化という「ガバナンス改革」です。誰が何を決定するのかという組織のソフトウェアを再設計することなくして、本質的な解決はあり得ません。
そして第二の車輪が、その新しいルールを組織に浸透させ、生命を吹き込む「デジタル化」です。
この二つの改革が一体となったとき、稟議プロセスは形骸化した儀式から脱却し、熟慮され、合意に基づき、かつ迅速な意思決定を推進する、組織の戦略的資産へと昇華します。
私たちが提供する「ジュガールワークフロー」は、まさにこの思想を体現するために設計されています。単に紙を電子化するだけでなく、柔軟な権限設定とプロセス管理によって企業のガバナンスを支え、分断された業務と情報を統合することで、組織全体の生産性を向上させます。稟議改革という困難な旅路において、ジュガールは皆様の強力なパートナーとなることをお約束します。
稟議の見直しは、単なる一業務の改善に留まりません。それは、組織の意思決定のあり方、ひいては企業文化そのものを変革する、経営改革の縮図なのです。
▼改革のその先にある未来とは?
稟議改革はDXのゴールではありません。AIが自律的に業務を遂行する「ワークフロー4.0」や、文書が企業の「情報資産」となる未来を見据えることで、改革の真の価値が見えてきます。
→ ワークフロー4.0の全貌|自律型AIチームが経営を加速させる未来
引用文献
本記事を作成するにあたり、以下の公的機関および調査会社のレポートを参照しました。
- タイトル: DX白書2023
- 提供者: 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
- URL: https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/dx-2023.html
- 概要:日本企業のDX推進の現状と課題について、網羅的なデータと分析を提供しており、業務プロセス改革の必要性の背景理解に有用です。
- タイトル: 令和5年版 情報通信白書
- 提供者: 総務省
- URL: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/
- 概要:デジタル化の進展が社会や企業活動に与える影響について述べられており、ペーパーレス化やワークフロー改革の社会的文脈を把握する上で参考になります。
稟議の形骸化に関するよくある質問(FAQ)
A1: 根本的な原因は、承認者の数が増えることで「誰かがしっかり見ているはず」と個々の当事者意識が薄れる「責任の拡散」と、「これまでもこうだったから」と思考停止に陥る「前例踏襲の文化」にあります。これらは個人の問題というより、そうした行動を許容・助長してしまう組織の仕組みや文化に根差しています。
A2: 意識改革のための研修も重要ですが、それだけでは不十分です。承認者が大量の些細な稟議に追われていれば、一つ一つを精査する物理的な時間がなく、結果として形骸化は改善されません。不要な稟議そのものを減らす「権限委譲」や、承認ルートの簡素化といった「仕組みの改革」とセットで行うことが不可欠です。
A3: この考え方は、承認者が自らのチェック機能を放棄していることを意味し、組織のガバナンスを著しく低下させます。不正や重大なミスの見逃しに繋がり、結果として会社全体が大きな損害を被るリスクがあります。稟議書への押印は、その内容に対して承認者自身が責任を負うという意思表示でなければなりません。
A4: 確かに、既存の形骸化したプロセスをそのままデジタル化するだけでは、問題は解決しません。しかし、システム導入を「業務改革の機会」と捉え、不要な承認ステップの削減やルールの簡素化を同時に行うことで、プロセスそのものが意味のあるものに変わります。また、誰がいつ承認したかの記録が明確に残るため、無責任な「ゴム印承認」に対する抑止力としても機能します。
A5: まずは、「どのような稟議が、どれくらいの件数、どのようなルートで回覧されているか」という現状の可視化から始めることをお勧めします。その上で、「この稟議は本当に必要か?」「この承認者は本当に必要か?」という問いを立て、不要なプロセスを特定し、決裁権限の低いものから「権限委譲」を進めていくのが、最も現実的で効果的な第一歩です。