稟議の属人化はなぜ危険?業務標準化とナレッジ共有で解消する方法

目次

この記事のポイント

  • 稟議プロセスが属人化してしまう4つの根本的なメカニズム
  • 属人化が引き起こす「業務遂行」「戦略」「ガバナンス」における深刻な経営リスク
  • 業務標準化を実現するための具体的な5つのステップと、承認基準を明確化する方法
  • ベテランの「暗黙知」を組織の資産に変えるナレッジ共有の戦略と、過去稟議をデータベース化する価値
  • ワークフローシステムが脱・属人化にもたらす変革と、導入を成功させるためのロードマップ

はじめに:その稟議、「あの人」がいないと止まっていませんか?

「この案件は、Aさんの判断を仰がないと進められない」

「Bさんが休暇中だから、稟議が完全にストップしてしまった」

「前任者から引き継いだものの、資料が不十分で稟議書の書き方が分からない」

多くの企業で、このような「属人化」—特定の業務が個人の知識や経験に過度に依存する状態—が、意思決定のボトルネックとなっています。特に稟議プロセスにおける属人化は、担当者がいる間は問題が表面化しにくいため、「静かなる危機」として進行します。

しかし、その水面下では、業務の遅延、品質のばらつき、コンプライアンス違反といったリスクが着実に蓄積され、組織の持続可能性そのものを脅かしています。この問題は、単なる非効率という言葉では片付けられない、深刻な経営課題です。

本記事は、この根深い「属人化」という問題の構造を徹底的に解明し、その本質的な解決策を提示するためのガイドブックです。「業務標準化」と「ナレッジ共有」という二つの強力な柱を軸に、組織が「特定の人」に依存する脆弱な状態から脱却し、誰が担当しても業務が円滑に進む、強靭で持続可能な体制を構築するための具体的な方法論を詳述します。

第1章:稟議が属人化するメカニズムと、それがもたらす深刻な経営リスクとは?

稟議の属人化は、個人の資質ではなく、組織の構造的な問題から発生します。その結果、業務遂行上のリスクだけでなく、企業の成長戦略やガバナンス体制をも揺るがす深刻な脅威へと発展します。

なぜ、稟議プロセスは属人化してしまうのか?4つの発生要因

稟議プロセスの属人化は、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発生します。そのメカニズムを理解することが、解決に向けた第一歩となります。

原因カテゴリ具体的な要因発生シナリオの例
① 業務・個人的要因担当者の多忙さ、慢性的な人員不足日々の業務に追われ、マニュアル作成や後進への指導に時間を割けない。結果、担当者自身がボトルネックとなり、さらに業務が集中する悪循環に陥る。
② プロセス・システム的要因マニュアルの不備、レガシーシステム標準的な手順書がなく自己流で業務を進めるしかない。あるいは、特定の担当者しか操作できない古いシステムに依存している。
③ 知識・スキル的要因高度な専門性、暗黙知への依存ベテランの経験や勘といった言語化しにくい「暗黙知」に頼らざるを得ない業務が多く、他の担当者では代替できない。
④ 組織文化・心理的要因情報共有文化の欠如、心理的障壁知識を共有することが評価されず、個人で抱え込むのが当たり前になっている。あるいは、自身の価値を保つために意図的に情報を共有しない。

これらの要因は相互に影響し合い、属人化をさらに強固なものにしていきます。この負の連鎖を断ち切るには、個人の努力に頼るのではなく、組織的な仕組みそのものを変革する必要があります。

放置は危険!属人化がもたらす経営上の脅威

属人化が放置されると、組織は「業務遂行」「戦略」「ガバナンス」の3つの側面で深刻な脅威に晒されます。

リスク分類具体的な脅威の内容ビジネスへのインパクト
① オペレーショナルリスク
(業務遂行上のリスク)
業務の停滞・麻痺: 担当者の不在(休暇、退職など)により、稟議プロセスが完全に停止する。
品質の不安定化: 担当者によって判断基準や成果物の品質にばらつきが生じ、手戻りが多発する。
生産性の著しい低下、ビジネスチャンスの逸失、顧客満足度の低下。
② ストラテジックリスク
(戦略上のリスク)
イノベーションの阻害: 知識やノウハウが共有されず、新しいアイデアや業務改善が生まれにくくなる。
知的資産の流出: 担当者の退職に伴い、企業の競争力の源泉である貴重なノウハウが社外へ流出する。
市場変化への対応遅延、競争力の低下、次世代リーダーの育成停滞。
③ ガバナンス・コンプライアンスリスク業務のブラックボックス化: プロセスが不透明で、第三者によるチェックが機能しない。
不正・ミスの温床化: ミスや不正行為が発見・是正されにくい環境が生まれ、隠蔽される可能性がある。
内部統制の形骸化、重大なコンプライアンス違反の発生、企業の社会的信用の失墜。

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第2章:解決の第一の柱|業務標準化で「人への依存」から脱却する方法

 属人化を解消する第一の柱は「業務標準化」です。業務の依存先を「人」から「ルール化されたプロセス」へと転換することで、組織は業務の品質と効率を安定させ、事業継続性を高めることができます。

業務標準化がもたらす4つの具体的なメリットとは?

業務標準化とは、特定の業務について、誰が担当しても同じ手順・同じ品質で成果を出せるように、業務フローを整理し、ルールを徹底することです。これにより、組織は以下の4つの主要なメリットを得られます。

メリット具体的な効果
① 業務効率と生産性の向上最適な業務手順が確立され、無駄な作業や手戻りがなくなり、各工程の処理時間が短縮される。
② 業務品質の一貫性と安定化個人のスキルや経験に左右されず、誰が担当しても一定水準以上の品質を維持できる。
③ 事業継続性とリスク耐性の強化担当者の急な不在や退職時にも、他の従業員が業務を遂行でき、業務停滞のリスクを大幅に軽減できる。
④ 教育・引継ぎコストの削減明文化されたマニュアルにより、新人教育や業務の引継ぎが効率的に行え、教育期間の短縮と内容の均質化が期待できる。

標準化を実現するための実践的5ステップ

業務標準化は、以下の5つのステップに沿って計画的に進めることが成功の鍵となります。

  1. 目的と対象範囲の明確化
    まず「なぜ標準化を行うのか」という目的(例:決裁スピードの向上、品質の安定化)を明確にします。次に、すべての業務を一度に標準化しようとせず、稟議のように部署横断的で発生頻度が高く、効果が見込みやすい業務に範囲を絞り込みます。
  2. 現状業務プロセスの可視化(As-Is)
    対象業務の現在の流れを詳細に洗い出します。「誰が」「いつ」「何を」「どのように」行っているのかを担当者へのヒアリングを通じて明らかにします。フローチャートなどを用いて、業務プロセスを客観的に可視化することが重要です。
  3. 業務プロセスの分析と最適化
    可視化された現状プロセスを分析し、問題点や改善点を探ります。ここで有効なのが「ECRS(イクルス)の原則」というフレームワークです。
原則問いかける内容
Eliminate(排除)その作業や承認ステップは、本当に必要か?なくせないか?
Combine(結合)複数の作業や書類を一つにまとめられないか?
Rearrange(再配置)作業の順序を入れ替えることで、効率化できないか?
Simplify(簡素化)もっと単純な作業にできないか?自動化できないか?
  1. 標準作業手順書(SOP)の作成
    最適化された新しい業務プロセスに基づき、誰が読んでも理解できる具体的で分かりやすいマニュアル(SOP)を作成します。単に手順を羅列するだけでなく、「なぜこの作業が必要なのか」という理由や背景、注意点も併記することで、形骸化を防ぎます。
  2. 導入・定着と継続的な改善
    作成したSOPを関係者に周知し、トレーニングを実施します。導入して終わりではなく、定期的にプロセスの実効性を評価し、現場からのフィードバックを収集する仕組みを構築することが不可欠です。

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承認のブレをなくす「承認基準の明確化」という要諦

稟議プロセスの標準化において、特に重要なのが「承認基準の明確化」です。基準が曖昧なままでは、結局は承認者の個人的な判断に依存することになり、属人化の根本的な解決には至りません。

具体策目的と効果
① 定量的ルールの設定「〇〇円以上の契約は部長決裁」のように、金額や数量で基準を設けることで、誰が起案しても同じ承認ルートを辿ることを保証する。
② 稟議書テンプレートの統一「目的」「背景」「費用対効果」「リスクと対策」といった必須項目を設けることで、承認者が常に同じ形式で整理された情報を基に、客観的な判断を下せるようにする。
③ 判断ロジックの言語化定量化しにくい案件についても、判断の拠り所となるガイドライン(例:経営戦略との整合性)を整備し、承認者の解釈の幅を狭める。
④ リスク開示の義務化想定されるリスクやデメリット、対策の明記をルール化することで、意思決定の質そのものを高める。

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第3章:解決の第二の柱|ナレッジ共有で「組織知」を醸成する方法

業務標準化がプロセスの「骨格」を整えるものなら、ナレッジ共有は組織に「血肉」を通わせる取り組みです。標準化だけでは捉えきれない、経験豊富な従業員が持つ貴重な知識、すなわち「暗黙知」を組織全体の資産へと転換することが、真の脱・属人化を実現します。

ベテランの「暗黙知」を組織の資産に変えるには?

組織内に存在する価値ある知識の多くは、マニュアルには書かれていない「暗黙知」です。これらは、ベテラン社員の長年の経験に基づく判断基準やトラブル発生時の勘所といった、言語化が難しいノウハウを指します。この見えざる資産を、誰もがアクセス可能な「形式知」へと変換することが、ナレッジ共有の第一歩です。

手法具体的な進め方
動画マニュアルの活用複雑なソフトウェアの操作など、文章では伝わりにくい内容は、実際の作業風景を録画し、視覚的に伝える。
ペア作業とシャドウイング若手社員が経験豊富な社員とペアで業務を行ったり、そばで業務の進め方を見学したりすることで、実践的なスキルや思考プロセスを直接学ぶ。
構造化インタビューの実施ベテラン社員に対し、「なぜそのように判断したのか」といった質問を投げかけ、当人にとっては当たり前になっている思考プロセスを掘り起こし、言語化・記録する。
メンター制度の導入経験豊富な社員がメンターとなり、若手社員を日常的にサポートする制度を導入し、マニュアル化しにくい業務のコツなどを継続的に伝達する場を作る。

ナレッジ共有を促進する具体的な手法とITツール

形式知化されたナレッジは、組織全体で容易にアクセス・活用できる仕組みがあって初めて価値を持ちます。そのためには、適切なツールと文化醸成の両輪が不可欠です。

アプローチ具体的な施策例
ITツールの活用社内Wiki: 業務マニュアルやFAQ、ノウハウ集などを共同で編集・蓄積する。
グループウェア/社内SNS: 日々の小さな気づきや成功事例を気軽に共有する。
FAQデータベースとチャットボット: 頻出の質問と回答をシステム化し、自己解決を促す。
文化醸成定期的な勉強会の開催: 各部署の成功事例や教訓を共有する場を設ける。
インセンティブ制度の導入: ナレッジの共有や活用を人事評価の項目に組み込む。
経営層・管理職による率先垂範: 経営層が自らツールを積極的に活用し、その重要性を示す。

「過去稟議のデータベース化」がもたらす戦略的価値

ナレッジ共有の中でも、稟議プロセスに特化した極めて強力な手法が、「過去稟議のデータベース化」です。これは、過去に承認・却下されたすべての稟議書を、検索・分析が可能な動的データベースとして管理することを意味します。

戦略的価値具体的な活用シーン
① 意思決定の高速化と質の向上新規稟議の起案時に、類似の過去案件を検索・参考にすることで、手戻りの少ない質の高い稟議書を迅速に作成できる。
② 判断基準の一貫性と公平性の確保類似案件に対して過去の判断と著しく異なる決裁が下されることを防ぎ、組織としての一貫性と公平性を担保する。
③ 経営分析への応用部署ごとの投資傾向や却下されやすい案件のパターンを分析し、予算配分の最適化や事業戦略の見直しに繋げる。
④ 実践的な研修教材としての利用成功事例と失敗事例が詰まった最高のケーススタディ集として、若手社員の教育に活用する。

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第4章:実践的アプローチ|ワークフローシステム導入がもたらす変革

 業務標準化とナレッジ共有を組織に実装し、その効果を最大化するためには、テクノロジーの活用が不可欠です。特に「ワークフローシステム」は、これまで述べてきた課題を解決し、稟議プロセスの脱・属人化を実現するための技術的な中核を担います。

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ワークフローシステムは、属人化問題をどう解決するのか?

ワークフローシステムとは、稟議や各種申請といった業務手続きの流れを電子化し、自動化・可視化するシステムのことです。このシステムは、属人化が引き起こす多くの問題を根本から解決します。

ワークフローがもたらす変革属人化問題への効果
① 意思決定の迅速化書類の回覧が不要になり、場所を問わず承認できるため、特定の承認者で業務が滞留するリスクを解消する。
② 業務プロセスの透明化稟議の進捗状況がリアルタイムで可視化され、業務のブラックボックス化を防ぎ、遅延の原因特定を容易にする。
③ 内部統制の強化事前に設定した承認ルート通りにしか回付されないため、個人の判断による不正な処理をシステム的に防止する。
④ ナレッジの蓄積・活用申請・承認の履歴がすべて電子データとして蓄積され、第3章で述べた「過去稟議のデータベース化」を容易に実現する。

失敗しないシステム選定と導入の要点

ワークフローシステムの導入効果を最大化するためには、自社のニーズに合ったシステムを慎重に選定することが重要です。

選定ポイント確認すべきこと
① 柔軟な承認ルート設定機能申請金額や部署、案件の種類といった条件に応じて、承認ルートを自動で分岐させることができるか?
② 直感的な申請フォーム作成機能現在使用している紙やExcelの申請書フォーマットを、専門知識がなくても簡単にシステム上のフォームとして再現できるか?
③ 強力な検索機能過去の稟議書をキーワード、申請者、日付など様々な条件で簡単に検索できるか?
④ 他システムとの連携機能会計システムや人事システムなど、既存の基幹システムと連携し、データの二重入力を防げるか?
⑤ 高度なセキュリティ機能役職や部署に応じた閲覧・編集権限を細かく設定できるか?第三者認証を取得しているか?

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ワークフローシステムの費用対効果(ROI)とは?計算方法と最大化するポイント

システム導入の意思決定には、費用対効果の明確化が不可欠です。稟議の属人化解消がもたらす効果を定量的に測定し、経営層を説得するための具体的なROI計算方法を紹介します。

第5章:変革を成功に導く導入計画と、予測される障壁の克服法

脱・属人化は、単なるシステム導入プロジェクトではなく、組織全体の業務慣行と文化を変える経営改革です。成功のためには、周到な導入計画と、予測される従業員の抵抗への戦略的な対処が不可欠となります。

成功確率を高める「段階的導入ロードマップ」の策定

全社的な変革を一度に断行しようとするアプローチは、現場の混乱を招き、失敗するリスクが高いです。小さな成功体験を積み重ねていく「スモールスタート」の原則に基づいた、段階的な導入ロードマップを策定することが賢明です。

  1. パイロット導入

    まず、変革に協力的で、かつ標準化による効果が見えやすい特定の部署や業務(例:経理部の経費精算)をパイロットとして選定します。対象を絞り、そこで確実に成功事例を作ることを目指します。

  2. 水平展開

    パイロット導入の成功事例と、そこで得られた知見を基に、他部署へと展開範囲を広げていきます。成功体験が社内に共有されることで、他部署の協力も得やすくなります。

  3. システム連携

    ワークフローシステムが定着した段階で、会計システムや人事システムといった他の基幹システムとの連携を進め、組織全体の業務プロセスをシームレスに繋ぎます。

  4. 継続的改善

    システムに蓄積されたデータを分析し、業務プロセスのボトルネックを継続的に洗い出し、改善していくことで、組織は常に自己変革を続ける「学習する組織」へと進化します。

なぜ従業員は変化に抵抗するのか?その心理と効果的な対処法

新しいシステムの導入や業務プロセスの変更には、従業員からの抵抗がつきものです。この抵抗を単なる障害と捉えるのではなく、変革を成功させるための重要なフィードバックとして活用する視点が求められます。

抵抗の背景にある心理効果的なチェンジマネジメント戦略
① 学習コストへの懸念
「新しいやり方を覚えるのが面倒だ」
十分な教育とサポート体制:
操作研修を十分に行い、導入後も気軽に質問できるヘルプデスクやマニュアルを用意する。特にITリテラシーに不安のある従業員には手厚いサポートを提供する。
② 既存業務への愛着・慣れ
「今までのやり方で問題なかった」
「Why」の徹底的な共有:
なぜ今、変革が必要なのか、現状の何が問題なのか、そして新しい仕組みが従業員一人ひとりにとってどのようなメリットをもたらすのかを、具体的かつ繰り返し説明する。
③ 価値低下への恐れ
「自分の専門性が不要になるのでは?」
現場の巻き込みと役割の再定義:
システム選定や業務フロー設計の初期段階から現場の従業員を巻き込む。ベテラン社員には、新たなプロセスにおけるトレーナーや改善提案者といった新しい役割を担ってもらう。

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まとめ:属人化解消は、俊敏で強靭な組織への変革の第一歩

本記事では、稟議プロセスの属人化という「静かなる危機」がもたらす深刻なリスクと、その根本的な解決策について詳述してきました。

この根深い課題を解決する鍵は、「業務標準化」と「ナレッジ共有」という二つの柱を両輪として、体系的かつ継続的に推進することにあります。

  • 業務標準化は、ワークフローシステムという強力なツールによって、属人的なプロセスを客観的で透明性の高いルールベースのプロセスへと転換させます。
  • ナレッジ共有は、標準化されたプロセスから生まれる質の高いデータや、ベテラン社員の暗黙知を組織全体の知的資産へと昇華させます。

この二つの取り組みが、組織にどのような変革をもたらすのか、以下の表に総括します。

【総括】属人化の課題と解決策の対応表

属人化が引き起こす課題解決の柱具体的なアクション
業務の停滞・品質のばらつき業務標準化業務プロセスの可視化、ECRS原則による最適化、SOP作成、承認基準の明確化
知的資産の流出・育成停滞ナレッジ共有暗黙知の形式知化、過去稟議のデータベース化、共有ツールの活用、メンター制度
プロセスの不透明性・非効率ワークフローシステム導入承認ルートの自動化、進捗の可視化、ナレッジの一元的な蓄積・活用

このサイクルが回り続けることで、組織は継続的な自己改善能力を持つ「学習する組織」へと変貌を遂げるのです。

ジュガールワークフローのような統合型ワークフローシステムは、まさにこの変革を実現するための基盤となります。単に稟議を電子化するだけでなく、業務プロセスの標準化を徹底し、過去の稟議を含むあらゆるナレッジを組織の資産として蓄積・活用する仕組みを提供します。これにより、企業は属人化のリスクから解放され、データに基づいた迅速かつ質の高い意思決定が可能になります。

属人化からの脱却は、単にリスクを回避するための守りの一手ではありません。それは、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体の力を結集させ、変化の激しい時代を勝ち抜くための「俊敏性」と「強靭性」を組織に実装する、極めて戦略的な経営改革なのです。

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本記事で解説した属人化の解消は、AIが業務を自律的に遂行する未来への第一歩です。AIが主役となる次世代のワークフローがどのようなものか、その全体像と技術の進化について詳しく解説します。

稟議の属人化に関するよくある質問(FAQ)

Q1: 業務が属人化することに、メリットは一切ないのでしょうか?

A1: 短期的には、特定の業務を熟知した担当者がいることで、業務がスピーディかつ高品質に処理されるというメリットはあります。しかし、本記事で解説した通り、その担当者が不在になった際の業務停止リスクや、ノウハウが組織に蓄積されないといったデメリットは、長期的に見ればメリットをはるかに上回ります。目指すべきは、個人の高い専門性を否定するのではなく、その専門知識を組織全体で共有し、誰でも活用できる仕組みを作ることです。

Q2: 属人化の解消は、具体的にどこから手をつければ良いのでしょうか?

A2: まずは、本記事の第2章で解説した「業務の可視化」から始めることを強くお勧めします。特に、全社的に発生頻度が高く、多くの従業員が「遅い」「面倒だ」と感じている業務(例:経費精算、稟議書など)を最初の対象として選ぶと良いでしょう。小さな成功体験を積み重ね、その効果を社内に示すことが、全社的な改革への理解を得るための近道です。

Q3: 属人化を解消すると、これまで頼りにされてきたベテラン社員のモチベーションが下がってしまいませんか?

A3: 非常に重要なご指摘です。だからこそ、変革の目的を丁寧に伝えることが不可欠です。属人化の解消は、ベテラン社員の価値を否定するものではなく、むしろ彼らを「日々の問い合わせ対応」という煩雑な業務から解放し、その貴重な経験と知識を「後進の育成」や「より高度な例外ケースの判断」「業務プロセスの改善提案」といった、本来の専門性が活きる仕事に集中してもらうための取り組みであることを伝える必要があります。彼らの役割を「プレイヤー」から「コーチ」や「コンサルタント」へと引き上げることが、モチベーションを維持・向上させる鍵となります。

Q4: マニュアルを作成しても、結局誰も読まずに形骸化してしまいます。どうすれば良いですか?

A4: マニュアルが読まれない最大の理由は、「必要な情報がどこにあるか分からない」「内容が古くて現状と合っていない」の2点です。これを解決するには、社内Wikiのように検索性が高く、誰もが簡単に更新できるツールを導入することが有効です。また、ワークフローシステムと連携させ、申請画面から直接関連マニュアルに飛べるようにするなど、「業務の流れの中で自然に参照される仕組み」を作ることが、形骸化を防ぐ上で非常に重要です。

引用文献

  1. DX白書2023 | 書籍・刊行物 | IPA 独立行政法人 情報処理推進機構
  2. 令和5年版 情報通信白書 |  総務省
  3. DXレポート2~中間取りまとめ~ | 経済産業省
  4. 中小企業白書 | 中小企業庁

川崎さん画像

記事監修

川﨑 純平

VeBuIn株式会社 取締役 マーケティング責任者 (CMO)

元株式会社ライトオン代表取締役社長。申請者(店長)、承認者(部長)、業務担当者(経理/総務)、内部監査、IT責任者、社長まで、ワークフローのあらゆる立場を実務で経験。実体験に裏打ちされた知見を活かし、VeBuIn株式会社にてプロダクト戦略と本記事シリーズの編集を担当。現場の課題解決に繋がる実践的な情報を提供します。