稟議書に個人情報が含まれる場合の注意点|マスキング等の適切な取り扱い

目次

この記事のポイント

  • 稟議書に含まれる情報のうち、何が「個人情報」「要配慮個人情報」にあたるのか。
  • 個人情報保護法が企業に課す「安全管理措置」の具体的な内容。
  • 違反した場合の罰則(特に法人に対する1億円以下の罰金)と事業リスク。
  • 採用稟議を例に、プロセスの各段階に潜む情報漏えいリスク。
  • アクセス制御やマスキングなど、技術的にリスクを低減する具体的な方法。
  • ヒューマンエラーや内部不正を防ぐための、人的・組織的な対策。

はじめに:なぜ今、稟議書の「個人情報」管理が重要なのか?

【この記事の概要】

本記事は、企業のコンプライアンスや情報セキュリティに関わるすべての担当者様に向けて、稟議書、特に採用稟議などで扱われる個人情報の適切な取り扱い方法を、法的要件から具体的な技術的・組織的対策まで網羅的に解説します。個人情報保護法への準拠と、事業リスクの低減を実現するための実践的な知識を提供します。

企業の意思決定プロセスの中核をなす「稟議」。そのプロセスは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流の中で、紙から電子ワークフローへと急速に移行しています。この変化は業務効率を飛躍的に向上させる一方で、情報、特に個人情報の取り扱いに関するリスクの性質を根本的に変化させました。

物理的な制約があった紙媒体とは異なり、デジタル化された情報は、適切な管理がなければ瞬時に広範囲へ拡散する可能性があります。特に、従業員や採用候補者の氏名、経歴、評価、給与、健康情報といった機微な個人情報が凝縮された採用稟議書などは、情報漏えいが発生した場合のダメージが計り知れない、極めてリスクの高い文書です。

この状況において、個人情報保護法は、企業の規模を問わず、個人情報を取り扱うすべての事業者に対して、安全な管理体制の構築を厳格に義務付けています。これは単なる努力目標ではありません。もし違反すれば、法人に対して最大1億円以下の罰金が科される可能性もある、これは紛れもない重大な経営リスクです。

企業のコンプライアンスとガバナンスを維持する上で、稟議プロセスにおける個人情報の管理体制をチェックし、強化することは、避けては通れない喫緊の課題と言えるでしょう。

本記事では、稟議書に含まれる個人情報を安全に管理するための包括的なフレームワークを提示します。法的義務の正しい理解、堅牢な技術的・手続的保護措置の導入、そして従業員の意識改革まで、実務で直面するであろう課題に寄り添い、具体的な解決策を解説していきます。

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第1章:法的枠組み|個人情報保護法が企業に課す絶対的義務

【本章の結論ファースト】

稟議書に含まれる個人情報の取り扱いは、個人情報保護法によって厳しく規制されています。特に健康情報などの「要配慮個人情報」は、本人の明確な同意なく取得・閲覧するだけで法律違反になり得ます。企業は、法律が定める「安全管理措置」を組織的・人的・物理的・技術的な4つの側面から講じる絶対的な義務を負っており、これを怠れば最大1億円の罰金を含む厳しい罰則の対象となります。

1-1. その情報、大丈夫?稟議書における「個人情報」の定義

個人情報保護法を遵守する第一歩は、何が「個人情報」に該当するのかを正確に理解することです。特に稟議書の文脈では、複数の情報が組み合わさることで個人情報に該当する場合が多く、注意が必要です。

表1:個人情報の3つの分類と稟議書における具体例

種類定義と具体例(稟議書における)
個人情報生存する個人に関する情報で、氏名、生年月日、住所、顔写真などにより特定の個人を識別できる情報。重要なのは「他の情報と容易に照合でき、それにより個人を識別できるもの」も含まれる点です。例えば、稟議書内の「営業第一部 候補者A」という記載だけでは個人を特定できなくても、添付の履歴書と組み合わせることで容易に個人が特定できるため、全体として個人情報となります。
個人識別符号それ単体で特定の個人を識別できる情報。運転免許証番号、パスポート番号、マイナンバー、指紋・顔認証データなどが該当します。採用時の身元確認で得た運転免許証の情報などが稟議書に含まれる場合、それは個人識別符号を含むことになります。
要配慮個人情報不当な差別や偏見が生じないよう、特に配慮が必要な情報。人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、健康診断の結果、心身の障害に関する情報などが含まれます。採用稟議では、健康診断結果や既往歴などが含まれる可能性が非常に高く、取得には原則として本人の事前同意が必須となります。

要するに、ビジネスにどう問題なの?

採用稟議書に書かれた健康診断の結果や過去の病歴は、法律上最も厳格に扱われるべき「要配慮個人情報」です。これを知らずに、通常の稟議書と同じように扱ってしまうと、本人の同意なく情報を取得・閲覧したとして、それだけで法律違反になる危険性があります。 まずは自社の稟議書に、こうした特に注意すべき情報が含まれていないかを確認することが、すべての始まりです。

1-2. 法律が求める「安全管理措置」とは?4つの柱を理解する

個人情報保護法第23条は、事業者に対し、「取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない」と定めています。

これは努力義務ではなく、法的に課された明確な義務です。個人情報保護委員会のガイドラインでは、この「必要かつ適切な措置」を、以下の4つの柱に分類して具体化しています。

表2:稟議書管理における安全管理措置4つの柱の具体例

概要稟議書管理への適用例
組織的安全管理措置会社のルールや責任体制を明確にすること。・「稟議書における個人情報取扱規程」を策定し、周知徹底する。
・採用稟議データの取扱責任者として人事部長などを任命する。
・漏えい発生時のインシデント対応計画を策定し、報告ルートを明確にする。
・稟議ワークフローのアクセスログを定期的に監査し、取扱状況を把握・見直しする。
人的安全管理措置従業員への教育や監督を徹底すること。・承認プロセスに関わる全従業員に対し、個人情報保護に関する研修を年1回以上実施する。
・雇用契約書や誓約書に、稟議等で知り得た情報の秘密保持義務を盛り込む。
・取扱規程に違反した場合の懲戒手続きを就業規則に明記する。
物理的安全管理措置書類やPC、サーバーなどを物理的に守ること。・個人情報を含む紙の稟議書を施錠可能なキャビネットや書庫で保管する。
・機密書類が放置されないよう、クリーンデスクポリシーを導入・徹底する。
・保管期限を過ぎた紙の稟議書は、証明書が発行される溶解処理サービス等で廃棄する。
・電子稟議システムをホストするサーバー室への入退室管理を徹底する。
技術的安全管理措置ITシステムを使って情報を守ること。・電子ワークフローシステムで、役割に基づいた詳細なアクセス権限を設定する。
・システムへのアクセスに、多要素認証(MFA)を導入する。・稟議書データを保管するデータベースと、アクセス時の通信経路を暗号化する。
・外部からの不正アクセスを防ぐファイアウォールや、ウイルス対策ソフトを導入・更新する。

要するに、ビジネスにどう問題なの?

「必要かつ適切な措置」という言葉は、「うちの会社はできる限りの対策をしました」という客観的な証拠を、ルール・人・モノ・ITの4つの側面から、バランス良く示せる状態にしておくべき、ということです。万が一事故が起きた際に、「ルールはあったが、教育していなかった」「PCのセキュリティは万全だったが、紙の書類は放置されていた」という状態では、安全管理義務を果たしていないと判断され、企業の責任が厳しく問われます。

▼関連記事:企業全体の法的責任を理解する

本章で解説した安全管理措置を含む、情報セキュリティに関する企業の法的責任について、総務・法務部門の視点から網羅的に学びたい方は「総務・法務が知るべき情報セキュリティの基本と企業の法的責任」をご覧ください。

1-3. 「知らなかった」では済まされない。コンプライアンス違反がもたらす結末

個人情報保護法への違反は、単なるコンプライアンス上の問題にとどまらず、企業に深刻かつ具体的なダメージを与える可能性があります。

表3:個人情報保護法違反がもたらす三重のリスク

リスクの種類内容
行政措置個人情報保護委員会による報告徴収や立入検査、指導・助言、勧告、そして最終的には法的拘束力を持つ「命令」が出される可能性があります。
刑事罰個人に対して: 委員会の命令に違反した場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金。不正な利益を図る目的で個人情報データベース等を提供・盗用した場合は、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。<br>・法人に対して(両罰規定): 最も警戒すべきは、従業員が業務に関して違反行為を犯した場合、法人に対しても最大で1億円以下の罰金という極めて高額な罰金が科される可能性があることです。
民事上の損害賠償情報漏えいの被害者から、損害賠償を求める民事訴訟を提起されるリスクがあります。過去の判例では、被害者一人あたり数千円から数万円の賠償が認められており、大規模な漏えい事故では賠償総額が莫大になる可能性があります。稟議書の漏えいは影響人数が少ない場合でも、給与や健康情報といった機微性の高い情報が含まれるため、一人あたりの賠償額が高額化するリスクを内包しています。

第2章:採用稟議を例にしたリスク分析|情報のライフサイクルに潜む脆弱性

【本章の結論ファースト】

稟議書は、作成・回付・保管・廃棄というライフサイクルの全段階で情報漏えいのリスクに晒されます。「念のため」で集めた不要な情報、「知る必要のない人」への安易な回付、そして保管期間を過ぎた情報の放置は、すべて企業の法的リスクを増大させる時限爆弾です。特に個人情報が凝縮された採用稟議は、厳格な管理が不可欠です。

2-1. 採用稟議書の解剖|なぜ高リスクな「情報のハニーポット」となるのか

採用稟議書は、一人の人間の人物像を詳細に描き出す、多種多様な個人情報の集合体です。

  • 基本識別情報: 氏名、住所、電話番号、メールアドレス、生年月日、顔写真
  • 職務経歴・評価情報: 履歴書・職務経歴書の詳細、学歴、資格、面接での評価、リファレンスチェックの結果
  • 雇用条件(機密情報): 提案される役職、所属部署、入社予定日、そして極めて機微な提案給与や福利厚生の詳細
  • 潜在的な要配慮個人情報: 健康診断の結果、既往歴、扶養家族に関する情報、その他身元調査で得られた情報

このように、採用稟議書は個人のアイデンティティ、専門性、評価、そして経済的状況を一つの文書に集約します。この情報の集約性の高さこそが、稟議書を内部・外部の攻撃者にとって非常に価値の高い「ハニーポット(蜜の壺)」に変えてしまう要因です。

2-2. ライフサイクルにおけるリスク分析|作成から廃棄までの落とし穴

採用稟議書は、作成から廃棄までの各段階で特有のリスクに晒されます。

表4:稟議書のライフサイクルに潜むリスクと法的問題点

ライフサイクル潜むリスク要するに、ビジネスにどう問題なの?
1. 作成・収集過剰な情報収集。
承認判断に不要な情報まで収集してしまう。
「念のため」で集めた情報が、会社の法的リスクを増大させます。 例えば、最終候補でもない段階で健康診断書を求めることは、法律違反と見なされる可能性があります。
2. 回付・承認不必要なアクセスと権限の範囲逸脱。
承認ルート上の全員が、すべての詳細情報を閲覧できてしまう。
承認者が増えるほど、情報漏えいの「容疑者」が増えるのと同じです。 部門長は人員増の承認は必要でも、候補者の詳細な給与額まで知る必要はないかもしれません。無関係な人に見せること自体がリスクです。
3. 保管・アーカイブ不適切な保管と無期限の保管。施錠されていないキャビネットや、アクセス制限のない共有フォルダに保管。不採用者の情報を無期限に保管し続ける。不要な情報を持ち続けることは、時限爆弾を抱え続けるようなものです。 特に不採用者の情報をいつまでも保管していると、万が一漏洩した場合、「なぜ消さなかったのか」と企業の管理責任を厳しく追及されます。
4. 廃棄不適切な廃棄。
紙をシュレッダーにかけず一般ゴミに捨てたり、デジタルファイルを完全に消去せず単に削除したりする。
ゴミ箱に捨てた書類やPCのデータは、専門家が見れば簡単に復元できます。 不適切な廃棄は、意図せず会社の機密情報を街中にばらまくのと同じ行為です。

▼関連記事:情報のライフサイクルを体系的に管理する

本章で解説した情報のライフサイクル管理を、法的な「記録」という観点から体系的に学びたい方は「レコードマネジメントとは?文書管理との違いと導入の4ステップ」が役立ちます。

2-3. 情報漏えいの具体的なシナリオ

稟議書からの情報漏えいは、内部の人的要因と、外部・システム的要因の両方から発生し得ます。

表5:稟議書からの情報漏えいシナリオ

発生要因シナリオの類型具体例
内部の人的要因過失による漏えい・稟議書を添付したメールを、誤った宛先に送信してしまう。(誤送信)
・印刷した採用稟議書を、共有プリンターや会議室に放置してしまう。(置き忘れ)
・個人情報を含む稟議書が入ったノートPCやUSBメモリを紛失する。(紛失)
悪意による漏えい(内部不正)・待遇への不満を持つ従業員が、同僚の給与情報が含まれる稟議書を盗み出し、外部に漏らす。
・退職が決まった社員が、アクセス権限が削除される前に、顧客情報を含む稟議書データを持ち出す。
外部・システム的要因外部からの攻撃・ワークフローシステムの脆弱性を突かれ、サーバーに保管されている全ての稟議書データが窃取される。
・従業員のPCがマルウェアに感染し、PCからアクセス可能な稟議書ファイルが外部に送信される。
サプライチェーンリスク・稟議システムを開発・運用しているクラウドサービス事業者から情報が漏えいする。
・文書の電子化や廃棄を委託している業者から情報が流出する。

第3章:実践的な対策(技術的アプローチ)|漏えいを防ぐ具体的な処方箋

【本章の結論ファースト】

稟議書の個人情報漏えいを防ぐ技術的な対策の核心は二つです。一つは「アクセス制御」で、ITシステムを使い「業務に関係ない情報は絶対に見せない・触らせない」ことを強制します。もう一つは「マスキング」で、文書内の一部の機微な情報だけを、技術的に正しく(元データごと削除して)隠蔽します。この二つを組み合わせることが、鉄壁の防御の基本です。

3-1. 最小権限の原則|アクセス制御で「知る必要のない人」から守る

最小権限の原則」とは、ユーザーに業務遂行上、必要最小限のアクセス権限のみを付与するという、情報セキュリティの基本原則です。

要するに、どう対応すれば良いの?

「業務に関係ない情報は、絶対に見せない・触らせない」というルールを、ITシステムを使って強制することです。これが、内部不正や「うっかりミス」による情報漏えいを防ぐ最も効果的な対策です。

最新のワークフローシステムでは、以下のような高度なアクセス制御が可能です。

  • 役割ベースのアクセス制御 (RBAC – Role-Based Access Control)
    「申請者」「部門長」「人事部長」「役員」といった役割(ロール)を定義し、それぞれに異なる権限(閲覧、編集、承認、差戻しなど)を割り当てます。これにより、「誰が」文書にアクセスできるかを制御します。
  • 条件分岐ルート
    稟議書の内容に応じて承認ルートを動的に変更する機能です。例えば、「提案給与が800万円を超える採用稟議の場合のみ、社長決裁ルートを追加する」といった設定が可能です。
  • 項目単位の権限設定(フィールドレベルセキュリティ)
    稟議書の項目ごとに「見せる/見せない」を細かく設定する機能です。これは最も詳細で強力な制御方法です。
  • 一次承認者(部門長): 職務経歴や面接評価は閲覧できるが、「提案給与」「健康診断結果」の項目は非表示にする。
  • 人事部長: 全ての項目を閲覧・編集できる。
  • 経理担当者: 決裁後、「氏名」と「決定給与」の項目のみを閲覧できる。

▼関連記事:アクセス制御の核心「RBAC」を深く知る

アクセス制御の要となるRBAC(ロールベース・アクセス制御)について、その基本原則から具体的な導入ステップまでを詳しく知りたい方は「RBAC(ロールベース・アクセス制御)とは?内部統制を強化する権限管理の基本と実践」をご覧ください。

3-2. マスキング|「見せるべきでない情報」を技術的に隠蔽する

マスキングとは、文書を処理する上で、その情報を知る必要のない人物に対して、特定の個人情報を黒塗りなどで隠蔽する手法です。アクセス制御が「誰が」を見られないようにするのに対し、マスキングは「何が」を見られないようにする技術であり、両者は補完関係にあります。

【重要】デジタルマスキングの陥りやすい罠と正しい方法

要するに、ビジネスにどう問題なの?

PDF上で文字の上に黒い四角を置いただけの「なんちゃってマスキング」は、全く意味がありません。 見た目は隠れていても、下の文字データは残っており、コピー&ペーストすれば簡単に見えてしまいます。これは情報を裸で放置しているのと同じで、重大なセキュリティ事故に直結します。

  • 危険な方法(やってはいけないマスキング):
    PDFやWord文書上で、テキストの上に黒い四角形オブジェクトを重ねるだけの方法。
  • 安全な方法(やるべきマスキング):
  • 画像化: マスキングを施した最終文書を、テキスト情報を含まない画像形式(例:TIFF、PNG)に変換する。
  • ラスタライズ(フラット化): PDFの機能で、オブジェクトやテキスト情報を完全に一枚の画像として統合してしまう処理を行う。
  • 専用の墨消し(Redaction)ツール: 見た目を黒くするだけでなく、元となるデータを恒久的に削除する機能を持つソフトウェアを使用する。

3-3. 安全な保管と廃棄|ライフサイクルの終点を管理する

稟議書のライフサイクルの終点である保管と廃棄のプロセスも、技術的なセキュリティ対策が不可欠です。

表6:安全な保管と廃棄のための技術的対策

対策項目要するに、どう対応すれば良いの?
データ保持ポリシーの策定とシステム適用「いつまで保管し、いつ捨てるか」というルールを明確に決め、それをシステムで自動実行させます。 例えば、「不採用者の採用稟議は1年後に自動で完全消去する」と設定すれば、管理の手間なく、不要な情報を持ち続けるリスクをゼロにできます。
保管データの暗号化 (Encryption at Rest)データを金庫にしまうだけでなく、中身を暗号という特殊な鍵でロックしておくことです。 これにより、万が一データが盗まれても、中身を解読されることを防ぎます。
アクセスログの記録と監視「誰が、いつ、どの情報を見たか」という記録をすべて残し、監視することです。 これを支援するのがSIEM (Security Information and Event Management) のような仕組みで、複数の機器からの警告を自動で集めて分析し、「怪しい動き」を知らせてくれる監視カメラシステムのようなものです。
安全なデータ消去PCのゴミ箱を空にするだけでは不十分です。復元不可能な方法で、データを完全に消し去る必要があります。 専用ツールでのデータ上書きや、物理的な破壊が確実な方法です。

第4章:人的要因への対策|組織の「第一防御線」を強化する

【本章の結論ファースト】

どんなに優れたITシステムも、使う「人」が弱点では意味がありません。対策の核心は、ヒューマンエラーを個人の責任にせず「仕組み」で防ぐこと、そして内部不正が物理的にできない、あるいは必ず発覚する「機会」を潰すことです。これらは、継続的な従業員教育とセットで初めて機能し、組織の防御力を最大化します。

4-1. ヒューマンエラーの理解と軽減|「うっかりミス」をプロセスで防ぐ

情報漏えいの大部分は、悪意ではなく意図しない「ヒューマンエラー」によって引き起こされます。

要するに、どう対応すれば良いの?

「気合や注意喚起だけではミスはなくならない」と認識し、ミスが起きにくい「仕組み」を作ることです。 これを製造業の現場では「ポカヨケ」と呼びます。例えば、メール送信ボタンを押してもすぐには送られないようにする、といった小さな工夫が、大きな事故を防ぎます。

表7:ヒューマンエラー防止プロセスの設計例

対策の種類具体的な方法
システムによるチェックDLP(Data Loss Prevention)、つまり会社の「門番」のようなシステムを導入します。重要な情報がメールなどで外に出ていこうとするのを自動で見つけて止めてくれます。
・メールの送信ボタンを押してから一定時間(例:1分間)送信を保留し、その間にキャンセルできる機能を設定する。
業務プロセスによるチェック・特に機微な情報を扱う際は、第三者による宛先や内容のダブルチェックを義務化する。
・機密情報を含む文書やメールには、「【部外秘 – 要配慮個人情報】」といった件名やヘッダーを付けることをルール化し、視覚的に注意を促す。

4-2. 内部不正の検知と抑止|「不正のトライアングル」を崩す

意図的な不正行為は、「不正のトライアングル」という3つの要素(動機・機会・正当化)が揃ったときに発生しやすくなると言われています。

要するに、どう対応すれば良いの?

従業員の「動機」や「正当化」をなくす努力(公正な評価など)と同時に、不正が物理的にできない、あるいは必ずバレる「機会」を潰すことが最も重要です。 過剰な権限を与えず、すべての操作ログを監視していると明確に伝えることが、最大の抑止力になります。

表8:内部不正の「機会」を潰し、予兆を検知する対策

対策の方向性具体的な方法
技術的監視による抑止・第3章で解説した最小権限の原則を徹底し、業務に不要な情報へのアクセス権限を与えない。
・稟議システムへのアクセスログを常時監視し、不審なアクティビティ(通常の勤務時間外のアクセス、担当外のデータへのアクセス試行、大量のデータダウンロードなど)を検知・警告する仕組みを導入する。
人的管理による抑止・公正な人事評価制度や円滑なコミュニケーションを通じて、従業員の不満(動機)や不正の正当化を抑制する。
・情報取扱規程への違反は、懲戒処分や法的措置を含む厳しい結果を招くことを明確に周知し、心理的な抑止力を醸成する。

▼関連記事:システム全体のセキュリティリスクを理解する

稟議システムが直面する内部不正や外部攻撃のリスクについて、より包括的に学びたい方は「ワークフローシステムのセキュリティ|7つのリスクと鉄壁の防御策」がおすすめです。

4-3. 効果的な従業員教育の設計図|「ヒューマン・ファイアウォール」の構築

従業員教育は、人的安全管理措置の中核をなす法的要請であると同時に、セキュリティ体制を実効的なものにするための不可欠な投資です。

効果的な従業員教育のポイント

  • 義務的かつ継続的な実施: 新規採用者研修での徹底、および全従業員を対象とした年1回以上の定期研修を義務化する。
  • 多様な教育手法の活用:
  • eラーニング: 全社展開が容易。理解度テストを組み込み、合格を必須条件とする。
  • 対話型ワークショップ: 実際のインシデント事例を基に、グループディスカッションを行う。
  • 標的型攻撃メール訓練: 疑似的な攻撃メールを送付し、従業員の対応力をテスト・向上させる。
  • 稟議書取扱者向けの必須コンテンツ:
  • 業務で扱う個人情報・要配慮個人情報の具体例。
  • アクセス制御やマスキング、廃棄に関する社内規程と、その背景にある「なぜ」(法的罰則や事業リスクなど)の説明。
  • インシデント発生時の具体的な報告手順(誰に、いつ、何を報告するか)。

従業員は、セキュリティチェーンにおける最も弱い環にも、最も強力な防御壁(ヒューマン・ファイアウォール)にもなり得ます。

第5章:堅牢なガバナンスフレームワークの構築

【本章の結論ファースト】

実効性のあるセキュリティ体制を築くには、「稟議書における個人情報取扱規程」という明確なルールブックを策定し、全社で共有することが不可欠です。そして、そのルールが守られているかを定期的な監査で厳しくチェックする仕組みを構築しなければなりません。これは、企業の規模を問わず、すべての組織に求められるガバナンスの基本です。

5-1. 「稟議書における個人情報取扱規程」の策定

全社的な情報セキュリティ基本方針とは別に、高リスクなプロセスに特化した「稟議書における個人情報取扱規程」を策定することが、明確で遵守しやすいルール作りの鍵となります。

規程に盛り込むべき主要構成要素

  1. 目的と適用範囲
  2. 役割と責任
  3. ライフサイクル各段階の取扱ルール(作成、回付、保管、廃棄)
  4. マスキングルール
  5. インシデント対応手順
  6. 教育と監査
  7. 罰則

この規程は、作成して終わりではなく、事業内容の変化や法改正に応じて、定期的に見直しを行うことが重要です。

5-2. 監査で問われるポイントと、企業規模別の実践的提言

内部監査や外部監査(J-SOX監査など)において、稟議書の個人情報管理は重要なチェックポイントとなります。

表9:監査で重点的にチェックされるポイント

監査の視点主なチェック項目
規程の存在と周知・個人情報の取り扱いに関する規程が整備され、従業員に周知されているか。
アクセスの妥当性・実際のアクセスログと規程を照合し、権限のない従業員によるアクセスがないか。
・職務権限規程と実際の承認ルートが一致しているか。
証跡の完全性・「誰が、いつ、何を承認したか」という証跡が、改ざん不可能な形で完全に記録・保管されているか。
教育の実施記録・従業員に対する個人情報保護教育が、計画通りに実施されているか(受講履歴、テスト結果など)。

これらの監査に対応するため、企業は規模やリソースに応じたアプローチを取る必要があります。

表10:企業規模別のアプローチ

企業規模推奨されるアプローチ
中小企業(SMEs)基本の徹底: 強固なパスワードポリシー、ソフトウェアの迅速なアップデート、ウイルス対策ソフトの導入といった、費用対効果の高い基本的な対策を優先する。
クラウドサービスの活用: 自社でシステムを構築・維持するよりも、本記事で解説したようなセキュリティ機能が標準搭載されたSaaS型のワークフロー製品を利用する方が、安全かつ効率的である場合が多い。
公的リソースの活用: 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)や個人情報保護委員会が提供する無料のガイドラインやチェックリストを積極的に活用する。
大企業先進技術への投資: 稟議書データの不正な持ち出しや転送を自動で検知・ブロックするDLPや、高度な脅威検知を可能にするSIEMといった、より高度なセキュリティツールを導入する。
専門ガバナンスチームの設置: 人事、法務、IT、コンプライアンスなど、部門横断的なチームを設置し、稟議プロセスを継続的に監督・改善する。
定期的かつ詳細な監査: ワークフローシステム、アクセスログ、従業員のコンプライアンス状況について、定期的な内部監査および第三者による外部監査を実施し、客観的な評価を得る。

▼関連記事:全社的なデータ統制の視点を学ぶ

稟議書管理を、より大きな「データガバナンス」の文脈で捉え、全社的な情報資産の統制方法を学びたい方は「データガバナンス入門:AI時代の企業経営に不可欠なデータ統制とは」が最適です。

まとめ:法・技術・人の統合による、エンドツーエンドの稟議書セキュリティ

本記事では、稟議書に含まれる個人情報の安全な取り扱いについて、法的枠組みからリスク分析、具体的な技術的・人的対策、そしてガバナンスの構築までを包括的に解説してきました。

稟議書の個人情報セキュリティは、単一の課題ではなく、

  • 法(Law): 個人情報保護法が定める義務の遵守
  • 技術(Technology): アクセス制御、マスキング、暗号化によるシステム的な保護
  • 人(People): 教育、文化、プロセス設計による人的リスクの管理

という三位一体の挑戦です。これら3つの要素が有機的に連携して初めて、堅牢で実効性のある保護体制が実現します。

稟議プロセスは、その企業全体のデータガバナンスに対する姿勢を映し出す縮図です。個人情報を含む稟議書の管理に真摯に取り組むことは、深刻な法的・金銭的リスクを軽減するだけでなく、組織全体のセキュリティ意識を高め、顧客や従業員からの信頼を醸成することに直結します。

これからの時代、稟議プロセスは単なる事務的なワークフローであってはなりません。ジュガールワークフローのような統合型ワークフローシステムは、本記事で解説した高度なアクセス制御や証跡管理を可能にし、文書のライフサイクル全体を安全に統制します。このようなテクノロジーを活用し、形骸化した作業から従業員を解放することで、本来の目的である「質の高い合意形成」に集中できる環境を整え、稟議を安全で法令を遵守した、重要なビジネス機能へと昇華させることが、現代の企業に求められる責務と言えるでしょう。

【巻末付録】自社の稟議書個人情報管理・簡易診断チェックリスト

本記事のまとめとして、自社の現状をすぐに確認できる簡易診断チェックリストをご用意しました。「いいえ」が一つでもついた項目は、潜在的なリスクを抱えている可能性があります。該当する章を読み返し、対策をご検討ください。

表11:簡易診断チェックリスト

分類チェック項目はい/いいえ対応のヒント(参照章)
組織的対策稟議書に含まれる個人情報の取り扱いに関する公式なルール(規程)はありますか?第5章
個人情報を含む稟議書の管理責任者(部署)は明確に定められていますか?第1章
万が一、情報漏えいが発生した場合の報告・対応手順は決まっていますか?第1章
技術的対策稟議書へのアクセス権限は、役職や職務に応じて必要最小限に設定されていますか?第3章
承認者によっては、稟議書内の一部の項目(給与額など)を非表示にする仕組みがありますか?第3章
マスキング(黒塗り)は、下の文字がコピーできない、技術的に安全な方法で行われていますか?第3章
稟議書データは暗号化して保管されていますか?また、誰がアクセスしたかの記録(ログ)は残っていますか?第3章
人的対策全従業員を対象とした、個人情報保護に関する研修を定期的に(年1回以上)実施していますか?第4章
入社時に、業務で知り得た情報の秘密保持に関する誓約書等を取得していますか?第4章
就業規則などで、個人情報の不適切な取り扱いに対する罰則を明確に定めていますか?第4章
ライフサイクル管理個人情報を含む稟議書の保管期間は、法令や社内規程に基づいて明確に定められていますか?第3章
保管期間が過ぎた個人情報を含む稟議書を、安全かつ確実に廃棄する手順は決まっていますか?第3章

稟議書の個人情報取り扱いに関するFAQ

Q1. 稟議書の個人情報管理、何から手をつければ良いですか?

A1. まずは「現状の可視化」から始めることをお勧めします。特にリスクの高い「採用稟議」などを対象に、どのような個人情報が含まれ、どのようなルートで、誰が閲覧しているのかを洗い出します。その上で、本記事の第3章で解説した「アクセス制御」と「マスキング」のルールを、できる範囲から適用していくのが現実的な第一歩です。

Q2. 個人情報を含む稟議書をメールに添付して回付するのは問題ですか?

A2. 極めてリスクが高いため、原則として避けるべきです。メールは誤送信のリスクが常に伴い、一度送ってしまうと取り消しが困難です。また、誰がいつ閲覧したかの証跡(ログ)も残りません。アクセス制御やログ管理機能が備わった、セキュリティの高いワークフローシステムを利用することが強く推奨されます。

Q3. 個人情報を含む稟議書は、どのくらいの期間保管すればよいですか?

A3. 稟議書そのものに直接的な保存期間の定めはありませんが、関連する法律によって期間が決まります。例えば、契約に関する稟議書は会社法に基づき「10年」、採用された従業員の稟議書は労務関連記録として「5年(当面は3年)」などが目安となります。不採用者の情報は、利用目的が終了しているため、いたずらに長く保管せず、社内規程で定めた期間(例:1年)で廃棄すべきです。

Q4. 稟議書の個人情報取り扱いで、最もよくある間違いは何ですか?

A4. 第3章で解説した「不適切なデジタルマスキング」は、非常によく見られる重大な間違いです。PDF上でテキストの上に黒い四角を置いただけでは、下の情報は簡単にコピーできてしまいます。元データを確実に削除する「墨消し」機能を使うか、テキスト情報を含まない画像として保存する、といった技術的に正しい処理が必要です。

Q5. 中小企業でも、ここまで厳格な管理が必要なのでしょうか?Q5. 中小企業でも、ここまで厳格な管理が必要なのでしょうか?

A5. はい、必要です。個人情報保護法は企業の規模を問わず適用されます。むしろ、専門のIT・法務担当者が少ない中小企業こそ、手作業での管理には限界があり、ミスも起こりがちです。セキュリティ機能が充実したクラウド型のワークフローシステムなどを活用し、効率的かつ確実にルールを遵守できる仕組みを構築することが、結果的にリスクとコストを低減させることに繋がります。

引用文献

  • 個人情報保護委員会. 「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
  • 総務省. 「地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」
  • 独立行政法人情報処理推進機構(IPA). 「組織における内部不正防止ガイドライン」
  • 経済産業省. 「情報セキュリティ関連規程(サンプル)」
  • 厚生労働省. 「雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針の解説」
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記事監修

川﨑 純平

VeBuIn株式会社 取締役 マーケティング責任者 (CMO)

元株式会社ライトオン代表取締役社長。申請者(店長)、承認者(部長)、業務担当者(経理/総務)、内部監査、IT責任者、社長まで、ワークフローのあらゆる立場を実務で経験。実体験に裏打ちされた知見を活かし、VeBuIn株式会社にてプロダクト戦略と本記事シリーズの編集を担当。現場の課題解決に繋がる実践的な情報を提供します。