【サンプル付】稟議規程の作り方|作成の目的から運用ルール、見直しのポイントまで

目次

この記事のポイント

  • 稟議規程が単なるルールではなく、企業のガバナンスを支える「戦略的資産」である理由
  • 総則から文書管理まで、稟議規程に盛り込むべき必須項目と具体的な条文例
  • 金額や案件に応じた承認ルート(ワークフロー)の正しい設計方法
  • 規程を形骸化させず、組織に定着させるための具体的な運用ルールと周知のコツ
  • 一般的なワークフローの限界と、文書ライフサイクル全体を統制する「統合型ワークフロー」の価値
  • 組織や環境の変化に対応し、規程を常に最新の状態に保つための見直し・改定プロセス

はじめに:稟議規程は、なぜ「守られないルール」になってしまうのか?

「うちの会社にも稟議規程はあるけど、形骸化している」「ルールが複雑すぎて、結局いつも自己流でやっている」

多くの企業で、稟議規程は形だけの存在となり、キャビネットの奥で眠っています。その結果、承認プロセスは属人化し、意思決定の遅延やガバナンスの低下を招いています。

稟議の基本的な意味や目的については、多くのビジネスパーソンが理解しているかもしれません。(▼基本的な内容に不安がある方は、まずはこちらの『稟議の教科書|意味・目的・歴史から書き方の基本まで、最初に読むべき一冊』からご覧ください。)

しかし、そのプロセスを支える「稟議規程」の重要性は、驚くほど軽視されがちです。なぜ、稟議規程は「守られないルール」になってしまうのでしょうか?その原因は、規程そのものが「作ること」を目的としてしまい、組織の実態や戦略と乖離していることにあります。

本記事は、単なる規程の雛形を紹介するものではありません。稟議規程が持つ戦略的な目的を解き明かし、自社の状況に合わせて実効性のある規程を策定・運用・改善していくための具体的な方法論を、サンプルや図表を交えながら網羅的に解説します。

この記事を読み終える頃には、稟議規程が「守るべき面倒なルール」から、企業の成長を支える「戦略的資産」へと変わるはずです。

第1章:なぜ稟議規程は必要なのか?その戦略的目的を理解する

【本章の概要】

この章では、稟議規程が単なる手続き上のルールブックではなく、組織の意思決定の質と速度、そしてガバナンスを支える戦略的な基盤であることを解説します。規程が持つ3つの重要な目的を理解することで、その策定・運用の意義が明確になります。

1-1. 稟議規程の定義:意思決定の「公式ルールブック」

稟議規程とは、組織内で行われる稟議に関する手続き、権限、責任を明文化した公式なルールブックです。

具体的には、「どのような案件を」「誰が起案し」「どのようなルートで承認を得て」「最終的に誰が決裁するのか」という、稟議プロセス全体のルールを定めます。この規程があることで、従業員は自己の判断に迷うことなく、統一された基準で意思決定プロセスを進めることができます。

1-2. 目的①:内部統制とコーポレートガバナンスの強化

稟議規程の最も重要な目的は、内部統制の実現です。稟議規程は、内部統制という概念を、日々の業務に落とし込むための具体的な実行手段と言えます。

  • 権限の逸脱防止:規程によって承認・決裁の権限が明確になるため、権限のない従業員が独断で契約を結んだり、高額な発注を行ったりすることを防ぎます。
  • 説明責任の担保:全ての意思決定が「いつ、誰が、何を、なぜ承認したか」という証跡(エビデンス)として記録されます。これにより、税務調査や監査の際に、取引の正当性を客観的に証明できます。
  • コンプライアンス遵守:承認ルートに法務部や経理部を組み込むことで、法規制や会計基準に準拠した、コンプライアンス上問題のない意思決定を保証します。

特に上場企業やその準備企業にとって、整備された稟議規程とその運用実績は、J-SOX(内部統制報告制度)対応において不可欠な要素です。

1-3. 目的②:衆知の結集によるリスクの低減

稟議プロセスは、一人の担当者では見落としがちなリスクを多角的に洗い出すための仕組みでもあります。

例えば、新しいシステムを導入する稟議を考えてみましょう。

  • 営業部は「顧客管理がしやすくなるか」という視点で評価します。
  • 情報システム部は「セキュリティや既存システムとの連携は問題ないか」を検証します。
  • 経理部は「費用対効果や会計処理は妥当か」を審査します。
  • 法務部は「契約内容に不利な点はないか」をチェックします。

このように、稟議規程に基づいて稟議書が関連部署を回覧されることで、様々な専門的知見が集約されます。その結果、提案内容がブラッシュアップされ、潜在的なリスクが事前に特定・軽減され、組織全体としてより精度の高い意思決定が可能になるのです。

1-4. 目的③:業務プロセスの標準化と効率化

稟議規程は、意思決定プロセスを標準化し、非効率を排除する役割も担います。

規程がなければ、「この案件は誰に承認をもらえばいいのか?」と担当者が毎回悩んだり、人によって承認ルートが異なったりと、無駄な時間とコミュニケーションコストが発生します。

明確な規程があれば、全従業員が同じルールに従って行動するため、プロセスがスムーズに流れます。また、会議を開くまでもない定型的な案件は稟議で処理することで、関係者のスケジュール調整の手間を省き、会議コストを削減する効果も期待できます。

1-5. 職務権限規程との関係性:規程の両輪

稟議規程を策定する上で、切っても切れない関係にあるのが「職務権限規程」です。

  • 職務権限規程:「誰が」「どの範囲まで」の事項を最終的に決定できるか(決裁権)を定めた、いわば権限の「地図」です。
  • 稟議規程:その地図に示された目的地(決裁)に至るための具体的な「交通ルール」や手続きを定めたものです。

この二つは、いわば車の両輪です。職務権限規程で「部長は100万円までの物品購入を決裁できる」と定められていれば、稟議規程では「100万円までの物品購入稟議の最終決裁者は部長とする」と規定し、そこに至るまでの承認ルートを定義します。この二つの規程が正確に連携して初めて、実効性のある意思決定プロセスが確立されるのです。

【この章のまとめ】

目的具体的な効果
内部統制の強化不正・ミスの防止、説明責任の担保、コンプライアンス遵守
リスクの低減多角的な視点での検討、潜在リスクの事前発見、意思決定の精度向上
プロセスの効率化業務の標準化、無駄なコストの削減、意思決定の迅速化

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第2章:【条文例付】稟議規程に盛り込むべき必須項目

【本章の概要】

この章では、実用的な稟議規程を策定するための具体的な条文例を、項目ごとに詳しく解説します。これらのサンプルをベースに、自社の実情に合わせてカスタマイズすることで、網羅的で分かりやすい規程を作成できます。

2-1. 総則(目的、適用範囲、用語の定義)

総則は、規程全体の基本的な考え方と枠組みを定義する重要な部分です。

  • 第1条(目的):この規程が何のために存在するのかを宣言します。【条文例】
    第1条(目的)
    本規程は、株式会社〇〇(以下「当社」という。)における稟議に関する手続きを定め、もって業務の適正かつ効率的な執行を図ることを目的とする。
  • 第2条(適用範囲):この規程が誰に適用されるのかを明確にします。【条文例】
    第2条(適用範囲)
    本規程は、当社の全ての役員および従業員(契約社員、パートタイマーを含む)に適用する。
  • 第3条(用語の定義):規程内で使われる言葉の意味を統一し、解釈のズレを防ぎます。【条文例】
    第3条(用語の定義)
    本規程において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
    (1) 稟議:自己の権限に属さない事項について、所定の手続きに基づき決裁権者の決定を求めることをいう。
    (2) 稟議書:稟議に用いる所定の様式の文書(電磁的記録を含む)をいう。
    (3) 起案:稟議書を作成し、回付を開始することをいう。
    (4) 回付:起案された稟議書を承認ルートに従って次の承認者へ送付することをいう。
    (5) 承認:稟議案件の内容を正当と認め、同意の意思表示をすることをいう。
    (6) 決裁:決裁権限者が稟議案件に対して最終的な可否を決定することをいう。
    (7) 差戻し:承認者が稟議書の内容に不備または疑義がある場合に、起案者または前の承認者へ修正や再検討を求めることをいう。

2-2. 稟議事項の定義(稟議が必要なケース)

「どのような場合に稟議が必要か」を具体的に定めます。この定義が曖昧だと、現場が混乱する最大の原因となります。

【条文例】

第〇条(稟議事項)

業務執行にあたり、次の各号の一に該当する事項については、本規程に定める手続きにより、事前に稟議を行わなければならない。ただし、別途定める職務権限規程により自己の権限内で処理できるものを除く。

(1) 契約に関する事項

  • 取引先との契約の新規締結、更新および解約
    (2) 購買・支出に関する事項
  • 1件あたりの金額が10万円以上の物品の購入、製造委託、業務委託
  • 固定資産の取得および処分
    (3) 人事に関する事項
  • 正社員の採用、異動、昇進、解雇
    (4) 組織に関する事項
  • 組織の設置、変更、廃止
    (5) その他
  • 新規事業の開始および撤退
  • 訴訟の提起および和解
  • その他、取締役会が特に必要と認めた事項

2-3. 承認ワークフローの設計(承認ルート)

起案された稟議書が、どのような順序で、誰の承認を得るべきかを定義します。ここは規程の心臓部であり、企業の意思決定のスピードと質を左右します。

【条文例】

第〇条(承認ルート)

  1. 稟議書の承認ルートは、原則として起案者から所属部署の長を経て、決裁権者に至るまで、職制ラインに沿って下位の役職者から順次行うものとする。
  2. 稟議事項の種類および金額に応じた具体的な承認ルートおよび決裁権者は、別途定める「職務権限一覧表」による。
  3. 稟議の内容が他の部署の業務に関連する場合は、当該部署の長に合議しなければならない。特に、以下の案件については、それぞれ指定された部署の合議を必須とする。
    (1) 契約に関する稟議:法務部
    (2) ITシステム・ツールに関する稟議:情報システム部
    (3) 採用に関する稟議:人事部

【図表】承認マトリクス(金額・案件種別)のサンプル

この表のように、案件の種類と金額によって決裁者や合議部署を一覧化し、「職務権限一覧表」として規程の別表とすることが一般的です。

案件種別10万円未満10万円以上~100万円未満100万円以上~500万円未満500万円以上
IT関連物品購入課長決裁部長決裁
(情報システム部 合議)
本部長決裁
(情報システム部 合議)
社長決裁
(情報システム部 合議)
広告宣伝費課長決裁部長決裁本部長決裁社長決裁
新規取引先との契約部長決裁
(法務部 合議)
本部長決裁
(法務部 合議)
社長決裁
(法務部 合議)

2-4. 最終権限者の指定(決裁権者)

稟議プロセスのゴールである「決裁」を行う権限者を明確に指定します。

【条文例】

第〇条(決裁権者)

稟議事項の最終的な決裁は、別途定める職務権限規程に規定された決裁権者が行う。

2-5. 手続きに関する運用ルール(差戻し・緊急時など)

プロセスの円滑な運用を担保するための、具体的な処理ルールを定めます。

【条文例】

第〇条(差戻し・否決)

承認者は、稟議書の内容に疑義がある場合、または不適当と判断した場合は、その理由を明記して起案者に差し戻すことができる。決裁権者が不適当と判断した場合は、稟議を否決することができる。

第〇条(緊急稟議)

緊急やむを得ない理由により、本規程に定める手続きを経る時間的余裕がない場合は、決裁権者の口頭または電子メールによる事前承認を得て業務を執行することができる。ただし、事後速やかに本規程に定める稟議手続きを行わなければならない。

第〇条(稟議の有効期間)

決裁された稟議事項は、決裁日から3ヶ月以内に実行されない場合、原則としてその効力を失う。再度実行するには、改めて稟議手続きを要する。

2-6. 文書および記録の管理(保管期間・方法)

意思決定の証跡である稟議書を、適切に管理するためのルールを定めます。

【条文例】

第〇条(文書管理)

  1. 決裁済みの稟議書(原本または電子データ)は、総務部が保管するものとする。
  2. 稟議書の保管期間は、会社法、法人税法等の関連法令に基づき、別途定める「文書管理規程」によるものとする。
  3. 稟議書の閲覧は、原則として関連部署の役職員に限るものとし、機密保持に十分留意しなければならない。

2-7. 規程の改廃

規程を陳腐化させず、常に実態に即したものに保つための手続きを定めます。

【条文例】

第〇条(改廃)

本規程の改廃は、総務部が起案し、経営会議の審議を経て、取締役会の承認を得るものとする。

【この章のまとめ】

必須項目規程で定めるべき主要な内容
総則規程の目的、適用範囲、用語の定義
稟議事項どのような場合に稟議が必要かを具体的にリストアップ
承認ルート誰が、どのような順序で承認するか(承認マトリクスが有効)
決裁権者誰が最終的な意思決定を行うか(職務権限規程と連携)
運用ルール差戻し、緊急時、有効期間などの例外・詳細ルール
文書管理決裁後の文書の保管部署、保管期間、アクセス権限
改廃規程を見直すための正式な手続き

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第3章:稟議規程を機能させるための運用ルール設計

【本章の概要】

規程は「作って終わり」ではありません。この章では、策定した稟議規程を形骸化させず、組織全体に浸透させ、円滑に機能させるための具体的な運用方法について解説します。

3-1. 従業員への周知と教育の徹底

新しい規程を導入したり、既存の規程を改定したりした際に最も重要なのが、全従業員への周知と教育です。これが不十分だと、規程は誰にも使われない「絵に描いた餅」になってしまいます。

  • 全社説明会の実施:なぜ規程を変更したのか、その背景や目的から丁寧に説明します。単に「ルールが変わりました」と伝えるだけでなく、「この変更によって、意思決定がこれだけ早くなります」「リスク管理が強化され、会社と皆さんを守ります」といったメリットを伝えることが重要です。
  • マニュアルの整備:規程の条文だけでなく、具体的なケーススタディやQ&Aを盛り込んだ分かりやすい業務マニュアルを作成し、いつでも誰でもアクセスできる場所に保管します(社内ポータルなど)。
  • 継続的な教育:新入社員研修や階層別研修のカリキュラムに稟議規程に関する内容を組み込み、定期的に知識をアップデートする機会を設けます。

3-2. 承認プロセスの標準作業手順(SOP)の確立

従業員が迷いなく稟議プロセスを遂行できるよう、具体的な行動ステップをまとめた標準作業手順(SOP: Standard Operating Procedures)を定義し、共有します。

  1. 準備 (Preparation):起案者は、稟議書を作成する前に、必要な根拠資料を収集する。(例:物品購入なら3社以上の相見積もり、契約なら相手企業の信用調査情報など)
  2. 起案 (Drafting):会社の定めるフォーマットに従い、稟議書を作成する。第4章で解説するポイントを踏まえ、説得力のある内容を心がける。
  3. 根回し (Informal Consultation):日本の組織で円滑な合意形成を図る上で有効なステップです。正式な回付の前に、主要な承認者(特に直属の上司や関連部署のキーパーソン)に口頭で概要を説明し、事前に感触を確かめておくことで、手戻りを防ぎます。
  4. 回付 (Circulation):規程で定められた承認ルートに従って、正式に稟議書を回付する。
  5. 承認・差戻し (Approval/Rejection):各承認者は、稟議書の内容を速やかに確認し、承認または理由を明記して差戻しの判断を行う。滞留させないことが重要。
  6. 決裁 (Final Decision):最終決裁者が可否を判断する。
  7. 実行と保管 (Execution & Archiving):決裁後、起案者は内容に基づき業務を実行し、決裁済み稟議書は規程に従って保管する。

3-3. 例外処理(緊急稟議・代理承認)の明確化

ビジネスでは、規程通りの手続きを踏んでいる時間がない緊急事態が発生することもあります。そうした例外ケースの処理方法をあらかじめ明確に定めておくことで、現場の混乱を防ぎ、ガバナンスを維持できます。

  • 緊急稟議:第2章の条文例にもあるように、「事後稟議」のルールを定めます。重要なのは、「どのような場合に緊急と認められるか」の基準(例:人命に関わる場合、事業継続に重大な影響を及ぼす場合など)もある程度示しておくことです。
  • 代理承認:承認者や決裁者が長期出張や休暇で不在の場合に、誰がその権限を代行するのかを「代決規程」などで定めておきます。役職に応じて「第一代決者:〇〇部長、第二代決者:△△課長」のように具体的に指定しておくことが望ましいです。

【この章のまとめ】

  • 周知・教育: 規程を機能させるには、目的やメリットを含めた説明会を実施し、継続的な研修を行うことが不可欠です。
  • 標準化: 起案から保管までの一連の流れをSOPとして文書化し、全社で共有することで、業務の属人化を防ぎます。
  • 例外対応: 緊急時や承認者不在時のルールをあらかじめ明確に定めておくことで、現場の混乱を防ぎ、ビジネスを停滞させません。

第4章:【サンプル付】稟議規程で定める稟議書の書き方

【本章の概要】

この章では、規程というルールから、実践的な文書そのものに焦点を移します。規程で定められたフォーマットに従い、いかにして承認者の理解を得て、スムーズに決裁までたどり着くための効果的な稟議書を作成できるか、具体的なサンプルと書き方のコツを紹介します。

4-1. 承認されやすい稟議書の基本構造

決裁者は多忙です。稟議書は、「結論ファースト」で、「客観的な根拠」に基づき、「分かりやすく」書くことが鉄則です。稟議規程でフォーマットが定められていても、以下の構成要素を意識することが承認への近道です。

(▼稟議書の基本的な書き方については、こちらの『稟議の教科書』の第4章もご参照ください。)

  • 件名:内容が一目で分かるように「【〇〇部】△△導入による業務効率化に関する稟議」のように具体的に書く。
  • 結論:「何を承認してほしいのか」を冒頭で明確に述べる。
  • 目的・背景:なぜこの稟議が必要なのか、現状の課題と結びつけて説明する。
  • 内容:5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を意識して具体的に記述する。
  • 費用・予算:正確な金額と、その根拠となる見積書を必ず添付する。
  • 期待される効果:承認された場合の効果を、「コストを〇〇円削減」「作業時間を月間〇時間短縮」のように、可能な限り定量的に示す。
  • リスク・対策:想定されるリスクと、その対策を正直に記載することで、信頼性を高める。

4-2. 【サンプル①】物品購入稟議書

PCやソフトウェア、事務機器などの購入時に使用します。

物品購入稟議書

起案日2025年XX月XX日起案番号2025-XYZ-001
所属部署営業部起案者山田 太郎
件名営業部用ノートパソコンの増設について

下記の通り、物品の購入についてご承認をお願いいたします。

  1. 結論
    ABC株式会社製 ノートPC「Model-X Pro」を3台、合計495,000円(税込)で購入する。
  2. 目的・背景
    現在使用中のPC3台が購入から5年を経過し、頻繁なフリーズやバッテリーの劣化により、提案書作成やオンライン商談に支障が出ており、営業活動の機会損失に繋がっているため。最新機種への入れ替えにより、営業担当者の業務効率を向上させ、顧客対応の迅速化を図る。
  3. 購入物品
  • 品名・型番: ABC株式会社製 ノートPC Model-X Pro
  • 数量: 3台
  • 単価: ¥150,000 (税抜)
  • 合計金額: ¥495,000 (税込)
  1. 期待される効果
  • 処理速度の向上により、提案書作成時間を1人あたり平均で月間5時間短縮。
  • オンライン商談中のトラブルが減少し、商談の質が向上。
  1. 購入先選定理由
    3社から相見積もりを取得した結果、最も安価であり、かつ納品実績が豊富であるため。(相見積書は別紙参照)
  2. 添付資料
  • 資料1:株式会社テックサプライ発行の見積書
  • 資料2:競合2社の見積書(比較表)

4-3. 【サンプル②】契約稟議書

業務委託契約やサービス利用契約などを新規に締結する際に使用します。

契約稟議書

起案日2025年XX月XX日起案番号2025-ABC-002
所属部署マーケティング部起案者鈴木 花子
件名Webサイト分析ツール「Analytics Master」の新規導入契約締結について

下記の通り、新規サービスの導入契約締結についてご承認をお願いいたします。

  1. 結論
    データドリブン株式会社と、Webサイト分析ツール「Analytics Master」の利用契約(年額2,400,000円)を締結する。
  2. 目的
    現在、無料ツールで行っているWebサイトのアクセス解析を高度化し、データに基づいたマーケティング施策の立案・改善サイクル(PDCA)を高速化するため。
  3. 契約概要
  • 契約相手方: データドリブン株式会社
  • 契約サービス名: Webサイト分析ツール「Analytics Master」
  • 契約期間: 2025年XX月1日 ~ 2026年XX月31日 (1年間、以降自動更新)
  • 契約金額: 年額 ¥2,400,000 (税抜)
  1. 選定理由
    競合ツール(B社、C社)と比較し、当社の必須要件(ヒートマップ分析、コンバージョン経路可視化)を網羅しつつ、コストパフォーマンスに優れるため。(機能比較表は別紙参照)
  2. リスクと対策
  • リスク: ツールを使いこなせず、投資対効果が得られない可能性。
  • 対策: 導入後1ヶ月間、提供元による週1回の定例トレーニング会を実施。部内にツール活用推進担当者を任命し、利用を促進する。
  1. 添付資料
  • 資料1:データドリブン株式会社発行の見積書
  • 資料2:契約書(案)
  • 資料3:競合ツールとの機能・価格比較表

4-4. 【サンプル③】採用稟議書

中途採用や新卒採用で、最終候補者の採用を決定する際に使用します。

採用稟議書

起案日2025年XX月XX日起案番号2025-JNJ-003
所属部署人事部起案者高橋 一郎
件名ソフトウェアエンジニア(即戦力)の採用について

下記の通り、中途採用候補者の採用についてご承認をお願いいたします。

  1. 結論
    佐藤 健一氏を、ソフトウェアエンジニアとして年俸7,500,000円の条件で採用する。
  2. 採用背景・理由
    新規プロジェクト「Project Phoenix」の発足に伴い、バックエンド開発人員の増強が急務となっている。特に、現行メンバーでは対応困難な大規模データ処理基盤の設計・構築スキルを持つ人材が必要不可欠であるため。
  3. 採用予定者
  • 氏名: 佐藤 健一(32歳)
  • 最終学歴: 〇〇大学大学院 情報科学研究科 修了
  1. 評価・合格理由
  • 前職にて5年間、類似の大規模システムの開発リード経験を有し、即戦力として活躍が期待できる。
  • 技術面接において、当社の技術スタックに対する深い理解と高い問題解決能力を示した。
  • 複数回の面接を通じて、当社の企業文化への適合性が高いと判断した。
  1. 雇用条件(案)
  • 採用予定日: 2025年XX月1日
  • 所属部署: 開発本部 第2開発部
  • 役職: シニアソフトウェアエンジニア
  • 給与: 年俸 7,500,000円
  1. 添付資料
  • 資料1:当該候補者の履歴書・職務経歴書

【この章のまとめ】

  • 稟議書は「結論ファースト」「客観的根拠」「分かりやすさ」が三原則。
  • 期待される効果は、可能な限り数値(定量的)で示すと説得力が増す。
  • リスクを隠さず、対策とセットで提示することで、決裁者の信頼を得られる。

第5章:稟議規程を陳腐化させない!見直しと改定のポイント

【本章の概要】

一度策定した稟議規程も、組織や外部環境の変化とともに陳腐化します。この章では、規程の実効性を維持するために不可欠な、定期的な見直しと改定のサイクルについて解説します。

5-1. 規程見直しのきっかけ(トリガー)とは?

「一度作ったら、そのまま」では、規程はすぐに実態と乖離してしまいます。以下のような変化は、稟議規程を見直すべき重要なサインです。

  • 定期的レビュー:年に一度など、あらかじめ計画に組み込んで定期的に見直すのが最も理想的です。
  • 組織変更:M&A、事業再編、大幅な組織図の変更、役職の新設・廃止などがあった場合は、承認ルートや決裁権限の見直しが必須です。
  • 事業戦略の転換:新規事業への参入や海外展開など、会社の戦略が大きく変わる際には、それに合わせて意思決定のスピードやリスク管理のあり方(=稟議プロセス)も見直す必要があります。
  • 法改正:会社法、電子帳簿保存法、各種業法などの改正に対応するため、規程の変更が必要になる場合があります。
  • 現場からのフィードバック:「この承認ルートは無駄が多い」「ルールが曖昧で判断に困る」といった従業員からの声や、内部監査での指摘事項は、規程が陳腐化している証拠です。

5-2. 改定プロセスの進め方

規程の見直し・改定は、以下の体系的なステップを踏むことで、関係者の納得を得ながらスムーズに進めることができます。

  1. 現状分析と課題抽出
  • 従業員へのヒアリングやアンケートを実施し、現行プロセスの問題点を洗い出します。
  • ワークフローシステムを導入している場合は、承認にかかる時間(リードタイム)や差戻し率などのデータを分析し、ボトルネックを特定します。
  1. 改定案の作成
  • 主管部署(総務部、法務部など)が中心となり、抽出された課題に対する解決策を盛り込んだ改定案を作成します。
  1. 関係部署との協議
  • 作成した改定案を、影響を受ける可能性のある全部署に回覧し、意見を聴取します。現場の実務担当者の意見を聞くことが、実用的な規程にするための鍵です。
  1. 正式な承認
  • 最終的な改定案を、規程で定められた承認機関(経営会議、取締役会など)に付議し、正式な承認を得ます。
  1. 周知と教育
  • 改定プロセスの中で最も重要なステップです。改定内容と施行日を全従業員に明確に通知します。第3章で述べたように、変更の背景や目的も含めて丁寧に説明し、新しいルールの理解と定着を徹底します。

【この章のまとめ】

  • きっかけ(トリガー)を逃さない: 定期レビュー、組織変更、戦略転換、法改正、現場の声などを常に監視します。
  • 体系的なプロセスを踏む: ①現状分析 → ②改定案作成 → ③関係部署協議 → ④正式承認 → ⑤周知・教育というステップを確実に実行します。
  • 現場を巻き込む: ヒアリングや意見聴取を通じて、実態に即した実用的な規程に改定します。
  • 「なぜ変えるか」を伝える: 周知・教育の際は、変更の背景や目的を丁寧に説明し、全社の納得感を得ることが重要です。

第6章:稟議規程のDX:「統合型」ワークフローという最適解

【本章の概要】

伝統的な紙ベースの稟議プロセスは、現代のビジネススピードに対応しきれなくなっています。この章では、稟議規程の運用をデジタルトランスフォーメーション(DX)する上で、なぜ「統合型」のワークフローシステムが最適解となるのかを解説します。

6-1. なぜ紙・Excelでの稟議運用は限界なのか?

多くの企業がいまだに行っている、紙やExcelを使った稟議運用には、「生産性の低下」「ガバナンスの脆弱性」「経営スピードの鈍化」という3つの深刻な経営課題が潜んでいます。物理的な移動による時間的ロス、進捗の不透明性、ルール逸脱の容易さ、情報漏洩リスクなど、その問題は枚挙にいとまがありません。

6-2. 一般的なワークフローの限界:「プロセスとアーカイブの断絶」

これらの課題を解決する第一歩として、多くの企業がワークフローシステムを導入します。しかし、一般的なワークフローシステムは、文書が承認されるまでの「作成」から「処理」までを効率化することに特化しており、それだけでは不十分です。

決裁が完了した瞬間、承認済みの公式文書はシステムの管理下から外れ、担当者の手でファイルサーバーなどに移されます。この「プロセスとアーカイブの断絶」こそが、新たな非効率とリスクの温床です。承認の経緯という重要な文脈が失われ、決裁後の文書が統制不能な「野良ファイル」と化してしまうのです。

6-3. 真の解決策:「統合型ワークフロー」がもたらす価値

この「断絶」という根本課題を解決するのが、「統合型ワークフローシステム」です。

統合型ワークフローは、文書が生まれてからその役目を終えるまでの一連の流れ、すなわち文書ライフサイクル(作成→処理→保管→保存→廃棄)のすべてを、一つのプラットフォーム上で一元的に管理・統制します。

【図表】紙運用 vs 一般的なワークフロー vs 統合型ワークフロー

評価項目伝統的な紙運用一般的なワークフロー統合型ワークフロー
管理範囲全て手作業作成〜処理作成〜廃棄(全範囲)
承認スピード遅い速い速い
プロセス可視性低い高い高い
規程遵守属人的強制的強制的
決裁後の統制なし断絶一貫
監査証跡脆弱分断完全

統合型ワークフローを導入することで、稟議規程で定めたルールが、文書の一生を通じて自動的かつ強制的に適用されます。これにより、単なるペーパーレス化に留まらない、真のガバナンス強化と業務改革を実現できるのです。

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まとめ:稟議規程を「負担」から「戦略的資産」へ

本記事では、稟議規程の策定目的から具体的な条文例、そして実効性のある運用・改善方法までを網羅的に解説してきました。

不十分な設計の稟議プロセスは、業務の遅延と従業員の不満の原因となる「負担」でしかありません。しかし、明確な戦略的目的意識を持って策定され、組織の実態に合わせて継続的に見直され、そして最新のテクノロジーによって支えられた規程は、組織にとっての「戦略的資産」へと昇華します。それは、企業の健全な成長に不可欠な、ガバナンス、リスク管理、効率性を同時に実現する、強力な意思決定のフレームワークとなるのです。

稟議規程で定めたルールを、絵に描いた餅で終わらせず、組織の血肉として機能させるためには、そのルールを確実に実行する「仕組み」が不可欠です。一般的なワークフローシステムでは、決裁後の文書管理に課題が残りますが、ジュガールワークフローのような統合型ワークフローシステムは、文書の作成から廃棄に至るまでのライフサイクル全体を一元的に統制します。これにより、規程で定めたルールが形骸化することなく、日々の業務の中で確実に遵守される体制を構築できます。形骸化した規程を「生きた戦略的資産」へと変えたいとお考えなら、ぜひ一度ご相談ください。

この記事が、貴社の稟議規程を見直し、より強く、より速い組織へと進化するための一助となれば幸いです。

稟議規程に関するよくある質問(FAQ)

Q1. 稟議規程を作成する上で、最も難しい点は何ですか?

A1. 「承認ルートの設計」が最も難しく、かつ最も重要な点です。特に、案件の種類や金額に応じて承認者や合議部署を適切に設定する「条件分岐」の部分は、慎重な検討が必要です。現場の業務実態を無視して複雑にしすぎると形骸化の原因になりますし、逆に単純すぎるとガバナンスが低下します。関係部署と十分に協議し、効率性と統制のバランスを取ることが成功の鍵です。

Q2. どのくらいの頻度で稟議規程を見直すべきですか?

A2. 理想は年に1回の定期的な見直しです。しかし、必ずしも時間に縛られる必要はありません。M&Aや大幅な組織変更、事業戦略の転換といった大きな変化があった場合は、その都度、迅速に見直しを行うべきです。重要なのは「見直しのプロセス」を社内で確立しておくことです。

Q3. スタートアップや中小企業でも、詳細な稟議規程は必要ですか?

A3. はい、必要です。企業の規模が小さいうちは、口頭でのやり取りで済むことも多いかもしれません。しかし、組織が成長するにつれて、必ず意思決定の混乱や属人化の問題に直面します。将来の成長を見据え、早い段階でシンプルな規程だけでも整備しておくことが、スムーズな事業拡大とガバナンス体制構築の礎となります。

Q4. 稟議規程とワークフローシステムは、どちらを先に整備すべきですか?

A4. 「規程の整備」が先です。どのようなルールで業務を回したいのかという「あるべき姿(To-Be)」をまず規程として定義し、その規程を実現するためのツールとしてワークフローシステムを導入するのが正しい順序です。現状の非効率なプロセスをそのままシステム化しても、根本的な問題解決にはなりません。

Q5. 規程でガチガチに縛ると、現場の柔軟性やスピードが失われませんか?

A5.その懸念は、規程の作り方次第で払拭できます。例えば、一定金額以下の少額案件は現場の権限で迅速に処理できるようルールを緩和したり、「緊急稟議」のルールを明確に定めたりすることで、柔軟性を担保できます。優れた稟議規程は、「守るべき一線」を明確にしつつ、「任せるべき範囲」を広げることで、ガバナンスとスピードの両立を目指すものです。

引用文献

本記事の作成にあたり、以下の公的機関および調査会社の情報を参考にしています。

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記事監修

川﨑 純平

VeBuIn株式会社 取締役 マーケティング責任者 (CMO)

元株式会社ライトオン代表取締役社長。申請者(店長)、承認者(部長)、業務担当者(経理/総務)、内部監査、IT責任者、社長まで、ワークフローのあらゆる立場を実務で経験。実体験に裏打ちされた知見を活かし、VeBuIn株式会社にてプロダクト戦略と本記事シリーズの編集を担当。現場の課題解決に繋がる実践的な情報を提供します。