この記事のポイント
- 決裁者が稟議書の「リスク」項目をなぜ最重要視するのか、その気持ち
- ビジネスで起こりうる危険をモレなく見つけ出し、どれが危険か順番をつける簡単な方法
- 決裁者の「心配」を「信頼」に変える、説得力のあるリスクと対策の書き方
- 稟議を通す確率をグッと上げる「根回し」のコツ
はじめに:なぜ稟議書で「リスクの書き方」があなたの評価を左右するのか?
概要
この記事では、稟議書を通すために一番大事な「リスク」の書き方を、誰にでも分かるように解説します。「この人なら信頼できる」と決裁者に思わせる、具体的なテクニックと考え方を学び、稟議書の成功率アップと、あなた自身の評価アップを目指しましょう。
詳細
新しい企画、システムの導入、ちょっと高価な備品の購入……。あなたが「会社を良くしたい!」という熱い思いで書いた稟議書が、上司の机でストップしてしまった経験はありませんか? その原因は、多くの場合「リスク」の項目にあります。
多くの人は、リスクの項目を「仕方なく書く、面倒な部分」だと思っています。でも、ハンコを押す決裁者にとっては、「この案件にOKを出したら、自分はどんな責任を負うことになるんだろう?」を判断するための、一番大事な部分なのです。
リスクの書き方がフワッとしていたり、「大丈夫でしょう」と楽観的すぎたり、対策が具体的でなかったりすると、決裁者は「この人は、物事を深く考えていないな」「何かマズいことを隠しているんじゃないか?」と、ものすごく不安になります。その結果、怖くてハンコが押せなくなってしまうのです。
逆に言えば、リスクの項目を上手に書くことは、あなたの「先を読む力」「分析力」「問題解決能力」を見せる絶好のチャンスです。「この人は、起こるかもしれない問題をちゃんと予測して、その準備までできている。安心して任せられる!」——決裁者にそう感じさせることができれば、ゴールはもう目の前です。
この記事は、難しい言葉を並べたマニュアルではありません。決裁者の気持ちを理解し、ビジネスに潜む危険を整理し、そして何よりも決裁者の「不安」を「この人になら任せられる」という「信頼」に変えるための、具体的なコミュニケーション術を解説します。この技術を身につければ、あなたの稟議書は、ただの紙から「自然と承認される、説得力バツグンの提案書」に生まれ変わります。
第1章 稟議書のキホンと決裁者のホンネ
概要
この章では、稟議書がただの事務的な紙ではなく、日本の会社でスムーズに話を進めるための大事な「話し合いの道具」であることを解説します。そして、決裁者がなぜリスクをそんなに気にするのか、そのホンネの部分を探ります。この基本を知ることが、稟議書マスターへの第一歩です。
1-1. 稟議書って何?ハンコをもらうだけじゃない、本当の役割
稟議書とは、自分一人の権限では決められないことについて、「こうしたいのですが、いいですか?」と関係者にお伺いを立てて、承認をもらうための公式な書類です。でも、その本当の役割は、ただハンコを集めることではありません。
日本の会社で大切な、みんなで話し合って決める(合意形成)というプロセスをスムーズに進め、「組織として、こう決めました」という証拠を残すための、とても重要なコミュニケーションツールなのです。
稟議書には、主にこんな役割があります。
- 会議のかわり: 関係者全員を集めて会議をする手間を省けます。
- 正確な情報共有: 「言った・言わない」のトラブルを防ぎ、計画の目的やお金の話を正確に伝えられます。
- 暴走ストップ: 担当者が一人で勝手に進めて失敗するのを防ぎ、色々な人に見てもらうことでミスを減らせます。
- 責任のシェア: 一人に責任が集中するのを防ぎ、みんなで「いいね!」と言った案件として、組織全体で応援する形を作ります。
この仕組みは、日本の「ハンコ・稟議」文化と深く結びついています。この「みんなで納得して進めよう」という考え方を理解することが、稟議書をうまく使うコツです。
▶︎ 関連記事:『なぜ日本企業では稟議・ハンコ文化が根強いのか?その歴史的背景とDX時代の向き合い方』
日本の会社ならではの文化を知ることで、もっとスムーズに話を進めるヒントが見つかります。
▶︎ 関連記事:『ワークフロー4.0の全貌|自律型AIチームが経営を加速させる未来【2025年最新版】』
稟議書のような日々の仕事が、AIの力でこれからどう変わっていくのか?未来の働き方を考えるヒントが満載です。
1-2. 決裁者はなぜ「リスク」にうるさいの?責任と不安のウラ側
決裁者が稟議書に押すハンコ。それは、ただの印ではありません。「この件で何かあったら、最終的な責任は私が取ります」という公式な約束のサインです。この気持ちを想像することが、稟議書を通す最大の秘訣です。
決裁者がリスクの項目を穴が開くほど見るのには、主に3つの理由があります。
- 責任を負うのが怖い: もしプロジェクトが失敗したら、OKを出した自分の立場が危うくなります。だから、危ない橋は渡りたくないのが本音です。
- 会社を守るのが仕事: 決裁者の仕事は、新しい挑戦を応援することよりも、会社を損害から守ること。だから、提案の「アラ探し」をするのは、ある意味で当然の仕事なのです。
- 「よく分からないこと」は「怖いこと」: 決裁者は現場の細かいことまで知りません。専門用語だらけだったり、説明が足りなかったりすると、その「よく分からない」ということ自体が、彼らにとっては「リスク」に感じられます。
つまり、リスクの説明が甘い稟議書は、決裁者に「この人は準備不足だな。こんな人に大事な仕事を任せて大丈夫か?」という疑いの気持ちを抱かせてしまいます。稟議書は、提案内容の良し悪しだけでなく、あなた自身が信頼できる人物かどうかを試す「テスト」でもあるのです。
1-3. 「稟議」「決裁」「起案」言葉の整理【これだけは知っておこう】
よく似た言葉ですが、意味が違います。正しく覚えて、スムーズに話を進めましょう。
用語 | 読み | 意味(ざっくり言うと) |
起案 | きあん | 計画の元ネタを考えて、稟議書という形にまとめる「作業」。 |
稟議 | りんぎ | できた稟議書を関係者に見せて、ハンコをもらう「一連の流れ」。 |
決裁 | けっさい | 最終的な権限を持つ人が「OK」か「NG」かを判断する「最後のハンコ」。 |
この「起案→稟議→決裁」の流れ全体を「ワークフロー」と呼びます。
【この章のポイント】
項目 | ポイント |
稟議書の役割 | ただの事務処理ではなく、みんなで納得して、責任を分かち合うための道具。 |
決裁者のホンネ | 最終責任者なので、とにかく失敗が怖い。よく分からないことは全部「危険」に見える。 |
あなたの心構え | 稟議書は、提案内容と同時に、自分自身の「信頼度」が試されるテストだと考える。 |
第2章 「起こるかもしれないイヤなこと」を全部見つけ出す方法
概要
良いリスク説明の第一歩は、考えられる「イヤなこと」をモレなく洗い出すことです。この章では、リスクをジャンル分けして考える簡単なフレームワークを紹介し、見落としを防ぐ方法を解説します。
2-1. ビジネスリスクの全体像:4つのジャンルで考えよう
リスクを思いつくままに書き出すと、大事なことを見逃しがちです。まずは、リスクを大きく4つのジャンルに分けて考えると、スッキリ整理できます。
リスクのジャンル | 内容(どんなこと?) | 具体例 |
① 戦略リスク | 会社の方向性や、ビジネス環境の変化に関わる、大きな話。 | ・新商品が、市場のニーズとズレてて売れないかも。 |
② 財務リスク | お金に関わる、直接的な問題。 | ・思ったよりお金がかかって、予算が足りなくなるかも。 |
③ オペレーショナル・リスク | 日々の仕事のやり方や、人、システムが原因で起こる問題。一番よくある。 | ・新しいシステムが、今使ってるやつと上手くつながらないかも。 |
④ ハザード・コンプライアンス・リスク | 地震などの災害や、法律違反に関わる問題。 | ・キャンペーンのやり方が、法律に引っかかるかも。 |
2-2. 見逃すと危険な「カタチのないリスク」:会社の評判と法律問題
上の4つのリスクが原因で、もっと危険な「カタチのないリスク」が生まれることがあります。特にこの2つは要注意です。
- レピュテーションリスク(評判リスク)
会社のイメージや信用がガタ落ちするリスクです。例えば、ちょっとしたミスがSNSで「炎上」して、会社の評判が地に落ちるようなケースです。 - 法務・コンプライアンスリスク
法律や会社のルールを破ってしまい、罰金や訴訟に発展するリスクです。良かれと思ってやったことが、実は法律違反だった、なんてこともありえます。
これらのリスクは、一度起こると回復が大変なので、常に頭の片隅に置いておきましょう。
▶︎ 関連記事:『ワークフローで実現するJ-SOX対応|3点セット作成を効率化するポイント』
会社の信頼を守るためのルール「J-SOX」。コンプライアンスリスクを考える上で、基本となる知識です。
2-3. 【実践】稟議の種類別・リスク発見チェックリスト
稟議の内容によって、特に気をつけるべきリスクは変わります。代表的な例でチェックリストを作ってみました。
ITシステムを入れる時の稟議
- 今のやり方やシステムと、ちゃんと連携できる?
- 予算オーバーしない?後から追加でお金がかかったりしない?
- 大事な情報が漏れたり、攻撃されたりする危険はない?
- 契約内容に、不利な条件が隠れていない?
新しい事業を始める時の稟議
- 「いける!」と思ってるけど、本当に市場はある?ライバルは手ごわくない?
- 思わぬ出費はない?計画通りにお金が入ってくるまで会社はもつ?
- その国の法律やビジネスの習慣、ちゃんと調べてる?
- 文化の違いで、現地の人を怒らせたりしない?
【この章のポイント】
項目 | ポイント |
リスクの見つけ方 | 「戦略」「お金」「日々の仕事」「法律・災害」の4つのジャンルで考えると、モレなく洗い出せる。 |
見えないリスク | 「会社の評判」と「法律違反」のリスクは、二次的に発生して大きな損害になるので特に注意。 |
実践的な考え方 | 稟議の内容に合わせて、「特にこのジャンルのリスクが危険だな」とアタリをつけるクセをつける。 |
第3章 リスクの「危険度」に順番をつける方法
概要
見つけ出したリスクをただ並べるだけでは、決裁者は「で、どれが一番危険なの?」と混乱してしまいます。この章では、リスクの危険度を客観的に評価し、一目で分かるように整理する便利な道具「リスクアセスメント・マトリクス」の使い方を紹介します。
3-1. リスクの地図を作る?「リスクアセスメント・マトリクス」とは
リスクアセスメント・マトリクスとは、たくさんのリスクを地図のように整理して、どのリスクがどのくらい危険なのかを一目でわかるようにするためのツールです。
縦の軸に「もし起こったら、どれくらい大変か(影響度)」を、横の軸に「どれくらい起こりそうか(発生可能性)」を設定し、それぞれのマスに点数を割り振ります。
危険度(リスクレベル) = 影響度 × 発生可能性
この掛け算で点数を出すことで、どのリスクから先に対策すべきか、優先順位がハッキリします。この「リスクの地図」を見せることで、「私たちは感情ではなく、ちゃんと筋道を立てて危険度を評価しました」と決裁者にアピールできるのです。
3-2. 点数の付け方:「もし起こったら、どれくらい大変?」と「どれくらい起こりそう?」
この地図をうまく使うコツは、点数の基準をはっきりさせておくことです。会社のみんなが「なるほど」と納得できるような、具体的な基準を作りましょう。
表1:点数付けの基準(5段階評価の例)
点数 | 影響度(もし起こったら、どれくらい大変?) | 発生可能性(どれくらい起こりそう?) |
5点 (非常に大きい) | ・事業がストップするレベル ・1億円以上の損害 | ほぼ確実(81%~) |
4点 (大きい) | ・事業の一部が数日停止 ・1千万円以上の損害 | 可能性が高い(61~80%) |
3点 (中くらい) | ・仕事の進め方に大きな支障 ・100万円以上の損害 | 可能性がある(41~60%) |
2点 (小さい) | ・少し仕事が非効率になる ・100万円未満の損害 | あまりない(21~40%) |
1点 (ごく小さい) | ・少し不便なだけ ・お金の損はほぼない | めったにない(~20%) |
3-3. 「リスクの地図」の作り方と、その目的
「リスクの地図」を作る目的は、漠然とした「不安」を、具体的な「課題」に変えることです。決裁者は、たくさんのリスクを一度に見せられると「なんだかよく分からないけど、とにかく危険そうだ」と感じてしまいます。この地図は、その不安を解消し、論理的な話し合いを始めるためのスタート地点となります。
作成の目的
- 優先順位の明確化: どのリスクが最も危険で、今すぐ対策が必要なのかが一目でわかります。
- 議論の効率化: 「あれもこれも危険だ」という発散した議論ではなく、「まずはこの赤色のエリアのリスクから考えましょう」と、焦点を絞った話し合いができます。
- 論理的な思考の証明: 「私たちは感情ではなく、客観的な基準でリスクを評価しています」という姿勢を示すことで、決裁者からの信頼を得られます。
簡単な作成方法【3ステップ】
- リスクを書き出す: まずは第2章の方法で、考えられるリスクをすべてリストアップします。
- 点数を付ける: リストアップした各リスクについて、「影響度」と「発生可能性」をそれぞれ5段階で採点します。(採点基準は上の表1を参考にしてください)
- 地図に配置する: 「影響度」と「発生可能性」の点数が交差するマスに、リスクの名前(例:R-01)を書き込みます。これで、どのリスクが地図のどの位置にあるかが明確になります。
この3ステップで、漠然としていたリスクが整理され、どこから手をつけるべきかがはっきりとした「課題の地図」が完成します。
【この章のポイント】
項目 | ポイント |
リスクの順番付け | 「影響度」と「発生可能性」で評価する「リスクの地図」が便利。 |
客観的な点数 | 点数の基準は「100万円の損害」のように、誰が見ても分かる具体的な数字で決める。 |
見える化の効果 | リスクの危険度を「見える化」することで、決裁者がパッと見て理解でき、話が早くなる。 |
第4章 決裁者の「信頼」を勝ちとるリスクの書き方
概要
リスクの整理が終わったら、いよいよ「どう伝えるか」が勝負です。この章では、リスク報告を「マズいことの報告会」ではなく、「あなたの能力のアピールの場」に変えるための、考え方のコツと具体的な言葉選びを解説します。
4-1. 「リスク」を「先読み能力のアピール」に変える考え方
多くの人がやってしまう失敗は、リスクの項目を「こんなに問題があります」というリストにしてしまうことです。これでは、決裁者を不安にさせるだけです。
稟議を通すための発想の転換は、リスクの項目を「私たちは、ここまで準備万端ですよ」というアピールの場と考えることです。
- ダメな伝え方: 「こんなにたくさんの問題点があります。どうしたらいいでしょうか?」
- イケてる伝え方: 「私たちは、これらの問題が起こる可能性を予測し、すでに対処する準備ができています。」
この考え方に切り替えるだけで、リスクの項目は、あなたの「先を読む力」「準備周到さ」「問題解決能力」を見せつける最高のステージに変わります。リスクを正直に話すことは、弱みを見せることではなく、むしろ「自分は正直で、デキる人間です」という強さのアピールになるのです。
4-2. 不安をあおらない!客観的で正直な言葉えらび
決裁者を無駄に不安にさせず、信頼してもらうためには、言葉の選び方がとても大切です。
- 大げさな言葉は使わない:
- NG: 「プロジェクトが壊滅的な失敗に終わるリスク」
- OK: 「プロジェクトの納期に大幅な遅れが出るリスク」
- 具体的に、数字で話す:
- NG: 「予算が足りなくなるかもしれません。」
- OK: 「材料費の値上がりで、コストが10~15%(約50万円)オーバーする可能性があります。」
- 正直に話す姿勢を見せる:
- 文章の最初に「考えられる主なリスクと、それぞれの対策は以下の通りです。」と一言添えるだけで、「この人は誠実だな」という印象を与えられます。
4-3. 一発で「ダメだ」と思われるリスクの書き方、3つのワナ
決裁者が一瞬で「この稟議書はダメだ」と感じる書き方には、共通のパターンがあります。
- リスクを隠す、または小さく見せる:
決裁者が一番イヤがることです。彼らは経験豊富なので、不自然にリスクが少ないと「何か隠してるな」とすぐに見抜きます。そう思われた瞬間に、信頼はゼロになり、稟議が通ることはありません。 - 対策を書かずに、リスクだけを並べる:
「こんなリスクがあります」「あんな心配もあります」と問題点を並べるだけでは、ただの文句です。これは「対策はあなたが考えてください」と、決裁者に仕事を丸投げしているのと同じです。 - フワッとした、誰でも言えるリスク:
「市場のリスク」「競合のリスク」のような、どのプロジェクトにも言えるような書き方は、何も考えていないのと同じです。「具体的に、どの市場の、どのライバル会社が、どのように危険なのか」まで書いて初めて、意味のある分析になります。
【この章のポイント】
項目 | ポイント |
考え方の転換 | リスク報告を「問題の報告会」ではなく、「自分の能力のアピールの場」と考える。 |
言葉の選び方 | 大げさで曖昧な言葉はNG。客観的で、具体的で、数字を使った言葉で話す。 |
やってはいけないこと | 「隠す」「対策を書かない」「フワッとしたことしか書かない」は、信頼を失う三大NG行動。 |
第5章 「これなら安心だ」と思わせる「対策」の示し方
概要
リスクを整理し、正直に伝えたら、いよいよ本番の「対策」です。この章では、決裁者が「うん、これなら大丈夫そうだ」と安心してハンコを押せる、具体的で信頼できる対策の作り方と見せ方を解説します。
5-1. リスク対策の4つの基本パターン「減らす・任せる・受け入れる・避ける」
リスクへの対策は、世界共通で、だいたいこの4つのパターンに分けられます。このパターンに沿って説明すると、「この人はちゃんと考えてるな」と思われやすくなります。
パターン | やること | 具体例 |
① 減らす (Treat) | リスクが起こる確率や、起こった時の被害を小さくする。一番よく使う手。 | パスワードが盗まれるリスクを減らすため、二段階認証を入れる。 |
② 任せる (Transfer) | お金の損害を、保険会社など他の誰かに肩代わりしてもらう。 | 火事で損害が出るリスクは、火災保険に入って保険会社に任せる。 |
③ 受け入れる (Tolerate) | 小さなリスクは、対策するほうがお金や手間がかかるので、あえて何もしない。でも、監視は続ける。 | 新システム導入直後は少し効率が落ちるけど、そのくらいは受け入れる。 |
④ 避ける (Terminate) | 計画自体を変えて、リスクが起こる原因そのものをなくしてしまう。 | 危険な技術を使うのをやめて、安全な実績のある技術を使うことで、失敗のリスクを避ける。 |
5-2. 「ちゃんとやる」はNG!説得力のある対策の3点セット
決裁者を安心させる対策には、必ずこの3つの要素が入っています。
- 具体的に(何を、どうするのか)
対策は、「頑張ります」といった気持ちではなく、具体的な「行動」でなくてはなりません。
- NG: 「新システムをみんなが使えるように、しっかり教育します。」
- OK: 「全社員向けに3回コースの研修を導入1ヶ月前から行い、導入後1ヶ月は専用の質問窓口を作ります。」
- 担当者(誰がやるのか)
誰がその対策をやるのかハッキリさせることで、計画がただの夢物語ではないことを示せます。
- NG: 「みんなで協力してやります。」
- OK: 「研修は人事部が、質問窓口はIT部が担当します。」
- 期限(いつまでにやるのか)
いつまでにやるのかを明記することで、計画の現実味がグッと増します。
- NG: 「なるべく早くやります。」
- OK: 「研修は〇月〇日までに終わらせ、質問窓口はシステム利用開始と同時に開きます。」
5-3. 【上級テク】「原因」と「対策」をセットにすると、もっと伝わる
もっと説得力を上げたいなら、「リスクの原因」と「対策の方法」をセットで考えるのが効果的です。
- お金のリスク(数字)には、お金の対策(数字)を
- リスク: 「予算が10%(500万円)足りなくなるかも」
- ズレた対策: 「予算内に収まるよう頑張ります。」
- ピッタリな対策: 「もしもの時のために、予備のお金として500万円を確保しておきます。」
- 評判のリスク(評判)には、仕組みの対策(仕組み)を
- リスク: 「新サービスについて、SNSで悪口を書かれるかも」
- ズレた対策: 「良いサービスになるよう頑張ります。」
- ピッタリな対策: 「SNSを監視するチームを作り、悪口が書かれたら24時間以内に対応するルールを決めます。」
このように「原因」と「対策」がピッタリ合っていると、決裁者は「この人はリスクの本質を分かっているな」と強く納得してくれます。
【この章のポイント】
項目 | ポイント |
対策のパターン | 「減らす・任せる・受け入れる・避ける」の4つのパターンで考えると、整理しやすい。 |
説得力の3点セット | どんな対策にも「何を(具体的に)」「誰が(担当者)」「いつまでに(期限)」を入れる。 |
上級テクニック | 「お金のリスクにはお金の対策」のように、原因と対策の種類を合わせると、説得力が爆上がりする。 |
第6章 「ゼロにはならないリスク」を認める正直さが、逆に信頼される
概要
どんなに頑張っても、リスクをゼロにすることはできません。「ここまでやりましたが、これだけのリスクは残ります」と正直に認め、それがなぜ「許容範囲」なのかを説明すること。この正直さが、決裁者の最後の信頼を勝ち取るカギになります。
6-1. 「残存リスク」って何?なぜ正直に言うべきなの?
残存リスクとは、色々な対策をした後でも、どうしても残ってしまうリスクのことです。
「リスクは全部対策したので、もう大丈夫です!」と言い切ってしまうと、頼もしく聞こえるかもしれません。でも、経験豊富な決裁者からすると、「この人は物事を単純に考えすぎているな、危ないな」というサインに見えてしまいます。
どんな計画も完璧ではないことを認めて、「やれることは全部やりましたが、これだけのリスクは残ります」と正直に伝えること。それは、あなたが問題をトコトン考え抜いた証拠であり、絶大な信頼につながります。
6-2. 「これくらいならOK」と思ってもらう伝え方
残ったリスクをただ伝えるだけでは、「やっぱりこの案件は危険だ」と思われてしまいます。大事なのは、なぜそのリスクを受け入れても大丈夫なのか、その理由をちゃんと説明することです。
そのためのカギは、「リスク」と「得られるメリット」を天秤にかけることです。
- ダメな伝え方: 「SNSで少し悪口を書かれるリスクは、どうしても残ります。」
- イケてる伝え方: 「SNSで少し悪口を書かれるリスクは残りますが、これは評価上『低リスク』です。このサービスで年間2,000万円の利益が見込めることを考えれば、この程度のリスクは取る価値があると判断します。」
このように、「残ったリスクは小さいですよ」ということと、「それ以上に大きなメリットがありますよ」ということをセットで示すことで、決裁者は安心して「よし、行こう!」と判断できるのです。
【実践】リスクと対策のまとめシート
これまでの話を一枚のシートにまとめたものが、稟議書のリスク部分の完成形です。これを見れば、誰でもリスクと対策の全体像が一目で分かります。
表3:包括的リスク・対策管理表の例
ID | リスク内容 | 初期評価 (危険度) | 対策案 | 担当/期限 | 対策後の評価 (危険度) | なぜOKなのか? |
R-01 | 材料費が上がって予算が300万円オーバーするかも | 中 | 【減らす】 予備費300万円を確保。毎週コストをチェックする。 | 経理部/開始時 | 低 | 予備費があるので安心。期待できる利益(2,000万円)を考えれば、このリスクは受け入れ可能。 |
R-02 | 新システムに社員が慣れず、一時的に仕事が遅くなるかも | 中 | 【減らす】 3回コースの研修と、1ヶ月限定の質問窓口を設置。 | 人事部/導入後1ヶ月 | 低 | 研修とサポートで影響は小さい。長い目で見れば仕事が20%速くなるので、このリスクは受け入れ可能。 |
【この章のポイント】
項目 | ポイント |
正直さが大事 | 対策しても残るリスクを正直に言うことで、逆に「ちゃんと考えてるな」と信頼される。 |
OKな理由を説明する | 「リスクの小ささ < 得られるメリットの大きさ」ということを示し、なぜそのリスクを受け入れても大丈夫なのかを説明する。 |
まとめシート | 「リスク→対策→残ったリスク→なぜOKか」を一枚のシートにまとめると、決裁者が最高に分かりやすい。 |
第7章 稟議書を出す前の「根回し」が最強のリスク対策である理由
概要
どんなに完璧な稟議書を作っても、人間関係や部署間の力関係でダメになることがあります。この章では、稟議書を公式に出す前に、非公式に話をつけておく「根回し」が、なぜ最強の「人間関係リスク」対策になるのか、その賢い進め方を解説します。
7-1. なぜ「根回し」は必要なの?
「根回し」というと、少しズルいイメージがあるかもしれません。でも、日本の会社でうまく仕事を進めるためには、とても合理的で大切なコミュニケーションです。
何の相談もなしに、いきなり稟議書を突きつけるのは、決裁者からすると「ケンカを売られている」ように感じることさえあります。初めて見る複雑な話に、彼らは身構えてしまい、いつもより慎重に(つまり、NOと言いやすく)なってしまうのです。
根回しは、決裁者が事前に話を聞いて、落ち着いて質問し、「自分もこの話に関わっているんだ」と感じるための時間を作ってあげる行為です。これによって、決裁者は「関所の番人」から「一緒に進める仲間」に変わってくれるのです。
7-2. 賢い根回しの進め方【4ステップ】
上手な根回しは、ただのおしゃべりではありません。ちゃんとした作戦です。
- キーパーソンを見つける
ハンコを押す人全員、特に一番偉い決裁者、そして「この人が『いいね』と言えば話が早い」という陰の実力者、最後に「この人は反対しそうだな」という人をリストアップします。
- 話す順番を考える
Step 1: まずは味方になってくれそうな人に話をしに行き、応援してもらいながら、提案内容をより良くしていきます。
Step 2: 次に、反対しそうな人のところへ行きます。目的は説得ではなく、なぜ反対なのか、その理由をじっくり聞くことです。「なるほど、〇〇が心配なのですね。その点は、△△という対策を追加することで、ご安心いただけないでしょうか?」と、反対意見を稟議書を良くするためのヒントにします。
Step 3: 最後に、主要なメンバーから「OK」をもらったという事実を武器に、一番偉い決裁者に話を持っていきます。 - 相手に合わせて話を変える
話す相手によって、アピールするポイントを変えます。経理部長には「これだけ儲かりますよ」という話を、IT部長には「セキュリティは万全です」という話を、営業部長には「お客様がこんなに喜びますよ」という話を重点的にします。
- ゴールは「本音の聞き出し」
根回しの本当の目的は、同意をもらうことだけではありません。「この件で、ぶっちゃけ、一番心配な点はどこですか?」と聞いて、決裁者が口には出さない「本当の不安」を聞き出すことが一番大事です。その答えこそが、稟議書のリスクの項目で、何を書けば相手の心に響くかを教えてくれる、最高の情報源なのです。
根回しで事前にOKがもらえていれば、稟議書を出すことは「さあ、議論を始めましょう」ではなく「先日お話しした件、これで公式にOKにしましょうね」という確認作業(セレモニー)に変わります。
【この章のポイント】
項目 | ポイント |
根回しの目的 | いきなり稟議書を出して相手をビックリさせるのを避け、決裁者を「番人」から「仲間」に変えること。 |
賢い進め方 | 話す相手と順番をしっかり計画し、相手が聞きたいであろう言葉で話す。 |
本当のゴール | 同意をもらうこと以上に、決裁者の「口に出さない不安」を聞き出して、稟議書に反映させること。 |
まとめ:リスクを語る力は、未来のリーダーの必須スキル
この記事で解説してきた「リスクの書き方」は、ただの書類作成テクニックではありません。それは、先の見えない未来を予測し、問題を整理し、解決策を考え、周りの人を巻き込んで話を前に進めていくという、まさにリーダーに必要な力そのものです。
決裁者の不安を先読みし、その不安をロジックと誠実さで解消してあげる。このプロセスを通じて、あなたはただの「担当者」から、事業の成功を任せられる「信頼される戦略家」へと成長できます。稟議書のリスクの項目は、面倒な壁ではなく、あなたの能力を証明するための絶好のチャンスなのです。
このような複雑なリスク分析や、多くの人との調整は、人間にとって大変な仕事です。ジュガールワークフローのような新しい時代のワークフローシステムは、AIの力を借りて、過去の似たような案件からリスクを自動で教えてくれたり、契約書に隠れた危険な一文を見つけてくれたり、といった高度な頭脳労働を手伝ってくれます。AIを賢い相棒にすることで、人間はもっと重要で、創造的な仕事に時間を使えるようになり、ビジネスの成長を加速させることができるのです。
この機会に、稟気書のリスクとの向き合い方を見直し、あなた自身のキャリアと会社の未来を、一歩前に進めてみませんか。
引用・参考文献
本記事の作成にあたり、以下の公的機関および調査会社の情報を参考にしました。
- 金融庁:「事業等のリスク」の開示例
上場企業が投資家に対してどのようにリスク情報を開示すべきかを示したガイドライン。リスクの網羅性や具体性の観点で非常に参考になります。
(URL: https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210322/02_4.pdf) - 厚生労働省:リスクアセスメント実施事例集
主に労働安全衛生の文脈ですが、リスクの特定、評価、優先順位付け、対策の策定という一連のプロセスを具体例で示しており、汎用的なフレームワークとして応用可能です。
(URL: https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei14/dl/130425-0.pdf) - 情報処理推進機構(IPA):AI白書
AI技術の動向や、AIを導入する際のリスク(倫理的、技術的リスクなど)について詳細な分析がなされており、特にIT関連の稟議におけるリスク分析に役立ちます。
(URL: https://www.ipa.go.jp/publish/wp-ai/index.html) - J-Net21(中小企業基盤整備機構):「リスク分析、評価をどのように進めればよいでしょうか。」
中小企業向けにリスク分析・評価の進め方をQ&A形式で分かりやすく解説しています。
(URL: https://j-net21.smrj.go.jp/qa/org/Q0736.html)
稟議書のリスクに関する、よくある質問(FAQ)
A1: 大事なのはバランスです。「対策のないリスク」をただ並べるのはNGですが、「ちゃんと対策がセットになった、管理できるリスク」を正直に話すことは、むしろ信頼につながります。決裁者は「リスクがゼロの案件」ではなく、「リスクをちゃんとコントロールできる案件」と「信頼できる人」を探しているのです。
A2: コツは2つあります。1つ目は、点数の基準を「100万円以上の損害」のように具体的な数字で決めること。2つ目は、過去の似たような案件のデータを見たり、他の部署の詳しい人に意見を聞いたりすることです。一人で悩まず、チームで評価すると客観性が高まります。
A3: まずは、なぜそう言われたのか、理由を具体的に聞くことが一番です。「どの部分の分析が、どうして甘いと感じたのですか?」と確認しましょう。その上で、第2章で紹介した4つのリスクジャンル(戦略、財務、日々の仕事、法律・災害)の視点で見落としがないかもう一度チェックし、第3章のリスクの地図(マトリクス)を使って評価をやり直してみるのがおすすめです。