稟議を早く通すための「根回し」の技術|事前交渉を成功させる5つのステップ

目次

この記事のポイント

  • 「根回し=悪」という誤解がなくなり、その戦略的な重要性を深く理解できる。
  • 稟議という公式プロセスと、根回しという非公式プロセスの関係性が分かり、なぜ事前交渉が必要なのかを論理的に説明できる。
  • 稟議承認を勝ち取るための具体的な5つのステップを学び、計画的に合意形成を進められる。
  • 決裁者や関係者のタイプを見極め、相手の心に響くコミュニケーションを実践できる。
  • リモートワークなど、新しい働き方における根回しの勘所が分かる。

この記事では、日本企業特有の文化とされながらも、その本質が理解されていない「根回し」について、その定義から具体的な実践テクニックまでを網羅的に解説します。読み終える頃には、あなたは以下のスキルを習得しているはずです。

はじめに

本記事は、稟議書を作成した後の「承認プロセス」を円滑に進めるための「根回し」に特化しています。もし、承認される稟議書そのものの「書き方」や、決裁者を動かす論理構成術について体系的に学びたい方は、まず以下の記事で全体像を掴んでいただくことを強くお勧めします。

▶︎まずはこちらから:【例文テンプレート付】承認される稟議書の書き方|決裁者を動かす論理・心理テクニックとデータ活用術

優れた「稟議書の書き方」と、本記事で解説する「根回しの技術」は、いわば車の両輪です。両方をマスターすることで、あなたの提案は驚くほどスムーズに組織を動かし始めます。

第1章:根回しの誤解を解く―それは「裏工作」ではなく「戦略的対話」である

概要

この章では、「根回し」という言葉にまとわりつくネガティブなイメージを払拭し、その本質が組織の合意形成を円滑にするための高度な戦略的対話であることを明らかにします。根回しの語源や心理的な効果、そして「健全な根回し」の条件を理解することで、前向きな気持ちでこの重要なビジネススキルに取り組むための土台を築きます。

1-1. 根回しの本当の意味とは?語源と文化的背景

「根回し」と聞くと、「密室での談合」「不透明な裏工作」といったネガティブな印象を持つ人も少なくないかもしれません。しかし、ビジネスにおける効果的な根回しは、そうした不誠実な活動とは一線を画します。

根回しの本質は、公式な意思決定の前に、非公式な対話を通じて関係者の理解を得て、合意形成の土台を築く「事前交渉」であり「下準備」です。

その語源は園芸にあります。樹木を移植する際、いきなり掘り起こすのではなく、一年ほど前から主根の周りの土を掘り、太い根を切って細い根(細根)の発生を促す作業を「根回し」と呼びます。この丁寧な下準備によって、樹木は新しい土地にもしっかりと根付き、健全に成長できるのです。

ビジネスにおける根回しもこれと全く同じです。新しい提案(移植する樹木)が、組織(新しい土地)にスムーズに受け入れられ、力強く成長(成功)するためには、関係各所への丁寧な事前説明と意見聴取(根の準備)が不可欠なのです。

1-2. なぜ人は変化に抵抗するのか?根回しの心理学的効果

根回しがなぜ有効に機能するのか。その鍵は、人間の「変化に対する心理的抵抗」を和らげる効果にあります。

人間は、現状を維持しようとする本能(現状維持バイアス)を持っており、特に自分の仕事の進め方や立場を脅かす可能性のある「突然の変化」に対しては、無意識に防衛的な反応を示します。提案内容がどれほど正しく、会社にとって有益であっても、唐突に提示されただけで「自分のテリトリーを侵された」と感じ、感情的な反発を招くリスクがあるのです。

根回しは、この心理的な衝撃を緩和するクッションの役割を果たします。事前に「実は今、こういうことを考えていまして…」と非公式に伝えることで、相手は心の準備をする時間ができます。そして、一方的な「提案」ではなく「相談」という形で意見を求めることで、相手は「尊重されている」と感じ、当事者意識を持って課題解決に協力してくれるようになります。

つまり、根回しは純粋な正論だけでは人は動かないという人間心理の機微を理解した、極めて高度なコミュニケーション技術なのです。

1-3. 「健全な根回し」と「不健全な根回し」を分ける決定的な違い

とはいえ、すべての根回しが善であるわけではありません。私たちは、その目的とプロセスによって「健全な根回し」と「不健全な根回し」を明確に区別する必要があります。

項目健全な根回し(アクセル)不健全な根回し(ブレーキ)
目的組織全体の目標達成、意思決定の質の向上個人的利益の追求、既得権益の維持
プロセス透明性が高く、多様な意見を取り込む密室で行われ、正当な反対意見を封じ込める
結果質の高い意思決定、円滑な変革推進稚拙な意思決定、組織の停滞

本記事で解説するのは、もちろん「健全な根回し」です。変革の推進者が、事前に懸念事項を洗い出して解消し、賛同者を増やし、組織をより良い方向へ導くための「アクセル」としての根回しの技術です。この違いを認識することが、あなたが組織から信頼されるビジネスパーソンになるための第一歩となります。

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【この章のまとめ表】

ポイント詳細
根回しの本質「裏工作」ではなく、合意形成の土台を築く「戦略的な事前交渉」である。
心理学的効果変化に対する人間の心理的な抵抗を和らげ、円滑なコミュニケーションを促す。
健全性の条件組織全体の利益を目指し、透明性の高いプロセスで行うことが絶対条件。

第2章:なぜ稟議に根回しは不可欠なのか?―公式プロセスの潤滑油

概要

この章では、日本企業における公式な意思決定プロセスである「稟議」と、非公式な「根回し」が、いかに密接に結びついているかを解説します。根回しが稟議制度を円滑に機能させるための「潤滑油」であり、ソフトウェアであることを理解すれば、「いきなり稟議を回す」ことがなぜ悪手なのかが明確になります。

2-1. 稟議制度の本質:ボトムアップ型の公式的合意形成プロセス

まず、稟議制度そのものを理解しましょう。稟議とは、担当者が作成した提案書(稟議書)を、関係部署の管理者や役員に回覧し、順次承認(捺印または電子承認)を得ていく、ボトムアップ型の意思決定プロセスです。

すべての案件で会議を開くことなく、文書の回覧によって組織としての公式な合意を形成し、その記録を残すための合理的な仕組みといえます。

しかし、このプロセスには一つの特徴があります。それは、組織構造は「階層型」でありながら、実際の意思決定は「合意形成型」で行われるという点です。公式な役職の序列(ヒエラルキー)が承認ルートを決定する一方で、組織の和を重んじる文化が、決定そのものが組織内に対立を生むことを嫌います。

2-2. 「いきなり稟議」が失敗する理由―根回しは稟議のソフトウェア

ここで根回しの重要性が浮かび上がります。根回しは、この稟議という公式な「ハードウェア」を円滑に機能させるための、不可欠な非公式の「ソフトウェア」なのです。

多くの場合、稟議書とは、ゼロから議論を始めるための討議資料ではありません。根回しによって既に形成された非公式な合意を、事後的に追認し、公式な記録として残すための文書としての役割を担っているのです。

この実態を知らずに、事前の根回しなしに稟議書を提出する行為は「いきなり稟議を回す」と表現され、承認プロセスが停滞したり、否決されたりする最大の原因となります。

なぜなら、それは承認者に対して、何の前触れもなく、公式な判断のプレッシャーの中で複雑な案件への即断を迫る行為だからです。承認者は、内容を十分に理解・検討する時間がないまま決断を迫られることに不快感を覚え、提案の良し悪し以前に、そのプロセス自体に反発を感じてしまうのです。

【稟議と根回しの関係性】

観点稟議根回し
位置づけ公式な意思決定プロセス(ハードウェア)非公式な合意形成プロセス(ソフトウェア)
目的合意の記録・公式化合意の土台作り・事前調整
会議、ワークフローシステム廊下、1on1、チャット
理想的な状態すべての論点は解消済みで、儀礼的に承認される場活発な意見交換、懸念の解消、実質的な議論が行われる場

優れた根回しが行われた後の稟議は、驚くほど静かです。白熱した議論や予期せぬ反対意見が噴出する稟議は、根回しが不十分であった証拠に他なりません。目指すべきは、ドラマのない、静かな稟議プロセスであり、それこそが卓越した根回しの成果なのです。

【この章のまとめ表】

ポイント詳細
稟議と根回しの役割稟議は公式な「記録」の場、根回しは非公式な「実質的議論」の場である。
両者の関係性根回しは、稟議というハードウェアを円滑に動かすソフトウェアの役割を担う。
「いきなり稟議」のリスク相手に心理的負荷をかけ、提案内容以前にプロセス自体への反発を招くため避けるべき。

第3章:稟議承認を勝ち取る!戦略的根回しの5ステップ・フレームワーク

概要

根回しは、場当たり的な交渉や説得ではありません。明確な目標設定から始まり、周到な分析、シナリオ構築、段階的な実行、そして合意の定着化に至る、一連の戦略的プロセスです。この章では、その複雑な活動を、再現性と実用性の高い5つのステップに分解したフレームワークを提示します。

ステップ1:ゴールの設定と戦略的マッピング

すべての戦略は、明確な目的地の設定から始まります。根回しに着手する前に、何を達成したいのかを具体的かつ多角的に定義することが不可欠です。

  1. あるべき姿(To-Be)の定義:
    まず、提案が実現した後の理想的な未来像を具体的に描きます。成功の姿を鮮明に言語化することで、関係者にビジョンを共有しやすくなります。
  • 例:「新しいCRMシステムの導入により、第4四半期までに営業効率が15%向上し、顧客満足度も10ポイント上昇する」
  1. 具体的な行動目標の設定:
    次に、その理想像を実現するための、今回の根回しにおける具体的な行動目標を定めます。これは、稟議プロセスにおける明確なゴールとなります。
  • 例:「CRMプロジェクト導入のため、予算5,000万円の稟議承認を獲得する」
  1. タイムラインの逆算:
    最終的な承認日から逆算して、簡易的な線表(タイムライン)を作成します。これにより、いつまでに誰への説明を終え、いつ稟議書を提出すべきかといった、重要なマイルストーンが明確になります。この逆算思考が、計画的な根回しを可能にします。

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ステップ2:包括的なステークホルダー分析

根回しの成否は、誰に、何を、どの順番で話すかにかかっています。そのためには、関係者(ステークホルダー)を正確に特定し、その力学と心理を深く分析することが極めて重要です。

  1. 全ての「登場人物」の特定:
    分析の対象は、公式な承認ルート上の人物だけではありません。提案によって影響を受けるすべての人々(承認者、キーパーソン、協力者、反対者、実行者)をリストアップします。
  2. 影響力ネットワークの可視化:
    次に、ステークホルダー「間」の関係性を把握します。誰が誰を信頼しているのか?誰が最終決裁者に影響力を持っているのか?組織図の裏に存在する、非公式なパワー・ストラクチャーを読み解くことが肝要です。
  3. 動機・懸念・性格の分析:
    特定した各ステークホルダーについて、以下の点を深く掘り下げて分析します。これらの情報は、日頃のコミュニケーションや信頼できる同僚からの情報を基に収集します。
  • 立場と利害: 彼らのKPIは何か?提案は彼らの目標達成にどう貢献する(または妨げになる)か?
  • 潜在的な損失: 提案が通ることで、彼らが失うものは何か?(予算、権限、慣れ親しんだプロセスなど)
  • 価値観と性格: データを重視する論理派か、人間関係を重んじる協調派か?(詳細は第4章で後述)

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ステップ3:シナリオの構築と交渉材料の準備

周到な分析に基づき、説得のためのシナリオと武器を準備します。この準備の質が、実際の交渉の場で優位に立つための鍵となります。

  1. コア・ナラティブの作成:
    自社の経営戦略や企業理念といった、より大きな文脈と自分の提案を結びつける、一貫性のある説得的な物語(ナラティブ)を構築します。
  2. 「証拠ファイル」の収集:
    客観的なデータ、費用対効果(ROI)の試算、社内外の成功事例、専門家の意見や顧客の声などを収集し、説得の裏付けとなる「証拠ファイル」を準備します。
  3. 反論の想定と対策の準備:
    ステークホルダー分析に基づき、想定されるすべての反論や懸念事項をリストアップし、それぞれに対する丁寧な回答、代替案、あるいは解決策を事前に用意しておきます。これは、相手の懸念を真摯に受け止めている姿勢を示すことになり、信頼醸成に繋がります。

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ステップ4:実行フェーズ:戦略的・個別的エンゲージメント

準備が整ったら、いよいよ実行に移ります。ここでのポイントは、誰から、どのようにアプローチするかという戦術の巧みさです。

  1. アプローチの順序設定:
    一般的には、まず協力者となりそうな人物にアプローチして支持の輪を広げ、次に中立派を説得し、最後に抵抗が予想される反対者にアプローチするのが定石です。ただし、いかなる場合も直属の上司を飛び越えてはなりません。これは日本の組織における最大のタブーの一つであり、上司の顔に泥を塗る行為として、ほぼ確実に反発を招きます。
  2. 非公式チャネルでの信頼構築:
    最初の接触は、会議室のような公式な場ではなく、コーヒーブレイクや廊下での立ち話、チャットツールでの短いやり取りといった非公式な場を活用するのが効果的です。プレッシャーの少ない、継続的なコミュニケーションを通じて信頼関係を築きます。

ステップ5:支持の結集と合意の公式化

個別の根回しで得られた支持を一つの大きな流れにまとめ、公式な合意へと昇華させる最終段階です。

  1. 協力者の活用と社会的証明:
    支持者ができたら、その事実を効果的に活用します。「田中部長もこの方向性に賛同的です」といった一言は、態度を決めかねている中立的な人物の背中を押す力(社会的証明の原理)を持ちます。
  2. 「潮目」を読む:
    非公式な根回しから、公式な稟議提出へと移行するタイミングを見極めることが重要です。支持者が十分に増え、反対者の抵抗が和らいできたと感じる「潮目」を読む能力が求められます。
  3. 最終的な稟議書の作成:
    公式に提出する稟議書は、これまでの根回しプロセスを経て固まった、合意済みの計画を簡潔にまとめたものとなります。根回しの過程で出た意見や懸念がどのように反映されたかを明記することで、プロセスが形骸化していなかったことを示します。

【この章のまとめ表】

ステップアクションアウトプット(成果物)
1. ゴール設定目的と目標を明確にし、タイムラインを逆算する戦略マップ、行動計画
2. ステークホルダー分析関係者を特定し、力学と心理を分析するステークホルダーマップ、分析シート
3. シナリオ構築物語と証拠を準備し、反論を想定するコア・ナラティブ、証拠ファイル、FAQ
4. 実行適切な順序で、非公式な場からアプローチする個別の合意、信頼関係
5. 支持の結集支持を可視化し、タイミングを見計らい公式化する承認された稟議書

第4章:相手の心を動かす実践コミュニケーション術

概要

戦略的フレームワークを実際の行動に移すためには、具体的な「言葉」の技術が不可欠です。この章では、根回しの各場面で効果を発揮する会話スクリプト、反論に対応するための話法、そして相手のタイプに応じたアプローチ方法を具体的に解説し、戦略を血の通ったコミュニケーションへと昇華させます。

4-1. 「提案」ではなく「相談」から始める会話の極意

根回しの初期アプローチにおいて、最も重要なテクニックは、話を「提案」ではなく「相談」という形で持ちかけることです。

  • 提案(NG例): 「鈴木部長、新しいシステムの導入を提案します」
  • → 相手にYes/Noの判断を迫るため、身構えさせてしまいます。
  • 相談(OK例): 「鈴木部長、少しご相談したいことがあるのですが、今週どこかで15分ほどお時間をいただけないでしょうか。実は、チームの業務効率化について、いくつか考えていることがありまして、ぜひ部長のご意見を伺いたく…
  • → 相手の知見や助言を求める姿勢を示すことで、相手は問題解決の協力者としての当事者意識を持ち、心理的な壁が低くなります。

この「相談」の場で会話を展開する際は、「共通の課題認識 → 解決策のアイデア提示 → 相手への意見要請」という流れを意識するとスムーズです。相手を一方的な聞き手ではなく、経験豊富なアドバイザーとして巻き込むことが目的です。

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4-2. 反論を味方につける「CER話法」

反論や懸念は、根回しにおいて避けて通れないものです。対立を避けつつ、建設的に議論を前進させるための強力なテクニックが「CER話法」です。これは、Cushion(クッション)、Example(具体例)、Reason(理由)の三段階で構成されます。

シナリオ:相手から「前例がないから無理だ」と反論された場合

  1. Cushion(クッション): まず相手の感情や立場を受け止める。
  • 「おっしゃる通りです。確かに私達の部署では前例のない、新しい取り組みになりますから、ご懸念はもっともだと思います」
  • (結論ではなく、相手の感情に寄り添うことがポイント)
  1. Example(具体例): 新しい客観的な事実やデータを提示する。
  • 「実は私も当初そう考えていたのですが、調べてみたところ、大阪支社が昨年同様のプログラムを実施し、残業時間を20%削減したという事例があるんです」
  • (感情論ではなく、反論しにくい事実で議論の土俵を変える)
  1. Reason(理由): 提案が相手自身のメリットにどう繋がるかを説明する。
  • 「もし私達がその半分でも成果を出せれば、部長が先日お話しされていた来期の予算削減圧力にも十分対応できるかと。これは部署の評価を高める大きなチャンスになるかもしれません」
  • (提案を自分事化してもらう)

4-3. 決裁者のタイプ別攻略法:4つのタイプに合わせたアプローチ

すべての決裁者に同じアプローチが通用するわけではありません。相手の性格や価値観を見極め、コミュニケーションを最適化することが、根回しの成功確率を飛躍的に高めます。

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あなたの会社の決裁者がどのタイプか、より詳しく分析し、具体的な対策を練りたい場合に役立ちます。本記事のマトリクスと合わせてお読みください。

【ステークホルダー説得マトリクス】

ステークホルダータイプ見分け方(言動の特徴)効果的なアプローチと会話術絶対に避けるべきこと
断定・行動型
(ブルドーザー)
単刀直入。結論から話す。ペースが速い。要点を、手短に、自信を持って。
結論から先に話す。「結論から申し上げますと…」「これにより〇〇という結果が期待できます」
長々と背景説明をする。優柔不断な態度を見せる。
分析・計画型
(アナリティカル)
慎重で論理的。「なぜ」「どのように」と質問が多い。事実とデータで証明する。
詳細なデータと客観的根拠を提供する。「データが示しているのは…」「想定されるリスクと、その対策案も準備しました」
感情的な議論を持ちかける。根拠が不十分なまま話す。
協調・安定型
(フレンドリー)
人間関係を重視する。聞き上手。対立を避ける。チームへの配慮を示す。
まず個人的な信頼関係を築く。「皆さんの負担にならないよう、進め方を工夫したいと考えています」
高圧的な態度を取る。「人」の側面を無視する。
直感・外交型
(エクスプレッシブ)
熱意があり、創造的。未来志向で大きなビジョンを語る。ビジョンで心を動かす。
「なぜ」やるのか、将来の可能性を語る。「もし、〇〇が実現できたらと想像してみてください」
細かい話で相手を退屈させる。新しいアイデアを否定する。

【この章のまとめ表】

ポイント詳細
会話の始め方「提案」ではなく「相談」から入ることで、相手の心理的抵抗を下げ、協力的な姿勢を引き出す。
反論への対応CER話法(クッション→具体例→理由)で、相手の感情に配慮しつつ、論理的に議論を前進させる。
アプローチの最適化相手のタイプ(行動型、分析型、協調型、直感型)を見極め、心に響く言葉と情報を選ぶ。

第5章:根回しの高度な論点と未来

概要

この最終章では、根回しを実践する上での落とし穴や倫理的な課題、そしてグローバル化やデジタル化といった環境変化にどう適応していくべきかという、より高度な論点について考察します。

5-1. よくある失敗パターンと倫理的ジレンマ

根回しは強力な技術ですが、扱いを間違えると大きな失敗に繋がります。ここでは典型的な失敗パターンとその対策を表にまとめます。

【根回しの失敗パターンと対策】

失敗パターン具体的な行動なぜ問題か?対策
指揮命令系統の無視直属の上司を飛び越えて、その上の役職者に話を通す(上司飛ばし)。上司の面子を潰し、信頼を根本から破壊する。梯子を外される原因になる。必ず直属の上司から相談を始める。
プロセスの拙速信頼関係の構築を怠り、初対面に近い相手にいきなり合意を迫る。相手に警戒心と反発を抱かせる。提案内容以前に、進め方で拒絶される。短期的な接触を繰り返し、徐々に信頼関係を築く。
不健全な根回しへの逸脱特定の人物を意図的に議論から排除したり、不正確な情報を流したりする。組織全体の利益ではなく、自己利益のための他者操作となり、倫理的に問題がある。常に透明性を意識し、組織目標の達成を第一に考える。

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5-2. デジタル時代の根回し:リモートワークでどう信頼を築くか

リモートワークが普及し、コミュニケーションがデジタル中心となる現代において、根回しの原則は益々重要性を増しています。ただし、その手法は進化しなければなりません。

かつての喫煙所や飲み会が果たしていた非公式な情報交換や信頼醸成の機能は、デジタル空間で再構築される必要があります。

【デジタル時代の根回し手法】

目的デジタルツールでの代替案成功のポイント
「頭出し」
(最初の軽い接触)
チャットツールでのプライベートメッセージ相手の状況(ステータス等)を確認し、長文は避ける。「少しご相談したい件が…」と切り出す。
「相談」
(本質的な意見交換)
短時間(15〜30分)の1on1ビデオ会議必ずカメラをオンにする。アジェンダを事前に共有し、雑談の時間も意識的に作る。
フィードバック収集共有ドキュメント上でのコメント機能非同期で意見を集められる。コメントには必ず返信し、対話を促す。

ここでの課題は、テキストベースのやり取りでは伝わりにくい敬意や配慮を、より意識的に表現し、パーソナルな関係性を築く努力が求められる点です。ビデオ会議ではカメラをオンにする、チャットでは絵文字を活用して感情を伝えるといった小さな工夫が、デジタル時代の信頼関係構築の鍵を握ります。

【この章のまとめ表】

ポイント詳細
避けるべき失敗「上司飛ばし」や「拙速な合意形成」は信頼を損なうため厳禁。
倫理観常に組織全体の利益を目的とし、不透明な情報操作は行わない。
デジタル時代の適応意識的に非公式な対話の機会(1on1など)を設け、非対面での信頼関係を構築する。

まとめ:根回しは、組織を動かすリーダーシップの技術である

本記事では、「根回し」が単なる日本的な慣習や裏工作ではなく、組織という複雑な生態系の中で、変革を成功させ、合意を形成するための高度な戦略的技術であることを解説してきました。

その本質は、急な変化に対する人間の心理的抵抗を和らげ、多様な意見を統合し、意思決定の質を高めることにあります。そして、その最終的な目的は、稟議という公式なプロセスを円滑に進め、組織としての決定を迅速かつ確実に実行に移すことです。

提示した5ステップのフレームワークやコミュニケーション術は、この複雑なプロセスを航海するための羅針盤です。しかし、最も重要なのは、この技術を機械的に適用するのではなく、相手のタイプや状況に応じてアプローチを最適化する柔軟性と、人間に対する深い洞察力です。健全な根回しは、対立を恐れて意見を封殺するのではなく、健全な議論を非公式な場で促し、より良い結論へと昇華させるプロセスに他なりません。

この技術を習得することは、単に稟議を早く通すための小手先のテクニックではありません。それは、組織内で信頼を勝ち取り、人々を動かし、価値ある目標を達成するための、リーダーシップそのものなのです。

稟議承認のその先へ:ジュガールで業務プロセスを根底から変革する

本記事で紹介した「根回し」の技術は、あなたの稟議承認プロセスを劇的に改善するでしょう。しかし、それはあくまで「個人のスキル」に依存したアプローチです。組織全体の意思決定スピードを根本から向上させるには、属人的な努力だけでなく、業務プロセスそのものを見直す「仕組み」が必要です。

ジュガールワークフローは、単なる電子承認システムではありません。AIとBIを搭載し、文書の作成支援から承認、保管、そして蓄積されたデータの活用まで、企業の意思決定プロセス全体を統合・自動化するプラットフォームです。個人の「根回し」スキルと、組織の「仕組み」であるジュガールを組み合わせることで、あなたの会社の生産性は、次のステージへと進化するはずです。

稟議の根回しに関するよくある質問(FAQ)

Q1. 根回しはどの範囲の人まで行うべきですか?

A1. まずは「承認ルート上の全員」と「提案によって業務に直接的な影響が出る部署のキーパーソン」が必須対象です。その上で、ステップ2のステークホルダー分析に基づき、非公式な影響力を持つ人物(例えば、決裁者が信頼を置いているベテラン社員など)がいれば、その人物にもアプローチすることが成功の確率を高めます。範囲を広げすぎると時間がなくなるため、影響力の高い人物に絞り込むことが重要です。

Q2. 反対派のキーパーソンには、どのタイミングでアプローチすべきですか?

A2. 最後のアプローチが基本です。まず、協力者や中立派から支持を取り付け、「この提案にはこれだけの賛同者がいる」という状況(社会的証明)を作ってから臨むのが定石です。これにより、反対者も無下に反対しにくくなります。ただし、その人物が直属の上司である場合は、順番を無視して最初に相談する必要があります。

Q3. リモートワークで根回しをする際の最大の注意点は何ですか?

A3. 非公式な雑談の機会が激減することです。オフィスであれば廊下や休憩室でできた偶発的なコミュニケーションが期待できないため、意識的に1on1の短いビデオ会議を設定するなどの工夫が必要です。「ちょっとご相談が」とチャットで送り、5分でも10分でも顔を見て話す機会を作ることが、信頼関係の構築に繋がります。テキストだけのやり取りで重要な根回しを完結させようとしないことが重要です。

Q4. 根回しに時間をかけすぎて、稟議のタイミングを逃してしまいました。どうすれば良いですか?

A4. まず、なぜ時間がかかったのかを分析しましょう。もし、多くの関係者から重要な懸念事項が多数出てきたのであれば、それは提案そのものに考慮漏れがあった証拠です。その場合は、一度提案内容を練り直す良い機会と捉えましょう。関係者には「いただいたご意見を反映させるため、一度持ち帰ります」と伝え、より完成度の高い提案にブラッシュアップしてから再挑戦する方が、結果的に早く承認されます。

引用・参考文献

  • グロービス経営大学院. (2022). 「健全な根回し」で効果的に仕事を進める方法.
  • URL: https://mba.globis.ac.jp/careernote/1034.html
  • 東洋経済オンライン. (2021). 「根回しがヘタな人」がわかっていない5つのコツ.
  • URL: https://toyokezai.net/articles/-/467908
  • 株式会社カオナビ. (2023). 根回しとは? 重要な理由、上手な人の特徴、コツわかりやすく – カオナビ人事用語集.
  • URL: https://www.kaonavi.jp/dictionary/nemawashi/
  • ハーバード・ビジネス・レビュー. (2019). 説得の4類型.
  • (※本記事のタイプ別アプローチは、ソーシャルスタイル理論やハーバード・ビジネス・レビューで紹介される説得類型などを参考に、ビジネスシーンに合わせて再構成したものです。)
  • PwC Japanグループ. (2023). 日本企業のDXの課題と成功の鍵.
  • (※組織の意思決定プロセスの課題として、日本企業のDX関連レポートを参照。直接的な引用ではないが、背景情報として活用。)
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記事監修

川﨑 純平

VeBuIn株式会社 取締役 マーケティング責任者 (CMO)

元株式会社ライトオン代表取締役社長。申請者(店長)、承認者(部長)、業務担当者(経理/総務)、内部監査、IT責任者、社長まで、ワークフローのあらゆる立場を実務で経験。実体験に裏打ちされた知見を活かし、VeBuIn株式会社にてプロダクト戦略と本記事シリーズの編集を担当。現場の課題解決に繋がる実践的な情報を提供します。