この記事のポイント
- 稟議が「権限移譲」の公式な手続きであるという本質的な意味
- 稟議と会議の戦略的な使い分け
- なぜ日本企業で稟議制度が根付いたのか、その歴史的・文化的背景
- 稟議書を作成し、承認を得て、決裁後の文書が保管されるまでの一連のプロセス
- どんな案件にも応用できる、稟議書の基本的な書き方と構成要素
- 稟議書が「証跡」として持つ法的な重要性と、内部統制(J-SOX)との深い関係
はじめに:なぜ今、改めて「稟議」を学ぶ必要があるのか?
【この記事の概要】
本記事は、日本のビジネス慣習の根幹をなす「稟議」について、その本質的な意味、歴史的背景、正しいプロセス、そして法的要件までを体系的に解説する、全ビジネスパーソン向けの「教科書」です。稟議を「なんとなく」の実務から「戦略的な業務プロセス」へと昇華させるための、確かな知識を提供します。
「稟議」は、日本の多くの企業にとって、日々の業務に深く根付いた、当たり前のプロセスです。監査法人や税務署からの要請に応える際にも、その記録は企業の正当性を証明する上で不可欠なものとなっています。
しかし、これほど重要な業務でありながら、多くのビジネスパーソンが「改めて稟議とは何か」を体系的に学ぶ機会はほとんどありません。多くの場合、OJTや前任者からの引き継ぎを通じて、具体的な手順は覚えながらも、「なぜこのプロセスが必要なのか」「この項目にはどのような意味があるのか」といった本質的な部分を深く理解しないまま、日々の業務を遂行しているのが実情ではないでしょうか。
その結果、稟議は本来持っていた「多角的な視点でのリスク検証」や「関係者間の円滑な合意形成」といった価値を失い、単なる形式的な手続き、すなわち「形骸化」してしまうリスクを常に抱えています。
この記事は、そうした課題意識を持つすべてのビジネスパーソンに向けて書かれた、稟議の「教科書」です。新入社員にとっては、これから向き合う業務の全体像を掴むための羅針盤として。中堅社員や管理職にとっては、自社のプロセスを見直し、より生産的で実効性のあるものへと改善していくための知識の基盤として。
この「教科書」を通じて、稟議に対する理解を深め、日々の業務の質を高める一助となれば幸いです。
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第1章:そもそも稟議とは何か?【WHY】
【本章の概要】
この章では、稟議が単なる社内手続きではなく、組織の意思決定を支える重要なプロセスであることを解説します。その基本的な定義と目的、そして日本独自の歴史的背景を理解することで、稟議が持つ本来の価値と現代における課題の本質を掴みます。
1-1. 稟議の定義:「権限移譲」の公式な手続き
まず、稟議の本質的な定義から押さえましょう。
会社という組織では、役職や役割に応じて、行使できる権限の範囲が「 職務権限規程 」などによって定められています。稟議とは、 担当者が自身の権限を超える事項について、より上位の権限を持つ役職者に意思決定を仰ぐ公式な手続き です。
例えば、「課長は100万円までの備品購入を決裁できる」というルールがある場合、150万円のPCを購入するには、部長や役員といった、より上位の決裁権者の判断を仰ぐ必要があります。このプロセスこそが稟議です。
この「権限移譲の手続き」という視点を持つことで、稟議がなぜ組織にとって不可欠なのか、そのガバナンス上の重要性が見えてきます。
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1-2. 稟議と会議の戦略的な使い分け
稟議は、会社におけるもう一つの主要な意思決定の場である「会議」とは、その性質や目的に大きな違いがあります。両者の特性を理解し、戦略的に使い分けることが、組織の生産性を高める鍵となります。
比較軸 | 稟議 | 会議 |
コミュニケーション | 非同期的・一対一 関係者一人ひとりと、文書を介して丁寧な認識合わせが可能。 | 同期的・多対多 参加者全員が同時に議論。発言力が強い人の意見に偏る可能性もある。 |
記録性 | 高い 文書として作成するため、誰が、いつ、何を承認したかの記録(証跡)が必ず残る。 | 変動あり 議事録を作成しない限り、議論の経緯や決定事項が記録として残らない場合がある。 |
効率性 | 議論の効率化 事前の情報共有と論点整理が済んでいるため、会議で議論すべき点を重要な案件に絞れる。 | 時間の制約 参加者全員のスケジュール調整が必要。議論が発散し、時間内に結論が出ないこともある。 |
最適な案件 | ・証跡を残すことが重要な契約 ・購買案件 ・関係者の事前合意を丁寧に進めたい案件 ・定型的な承認プロセス | ・創造的なアイデア出し(ブレインストーミング) ・複雑な問題に対する多角的な議論 ・最終的な意思決定前の、関係者の顔を合わせたコンセンサス形成 |
重要な決定は「稟議+会議」で実行する
実務上、最も効果的なのは両者を組み合わせることです。例えば、重要なプロジェクトを進める際、まず稟議書を回覧して関係者への事前説明と基本的な合意形成を行います。これにより、論点が整理され、各関係者の懸念事項も明確になります。その上で、最終的な意思決定や、残された論点について議論するための会議を開催するのです。
このハイブリッドなアプローチにより、
- 会議の議題が明確になり、議論が深まる。
- 会議の時間が短縮され、効率化が図れる。
- 稟議書と議事録の両方で、決定プロセスが明確に記録される。
といった相乗効果が生まれ、意思決定の質とスピード、そして透明性を同時に高めることが可能になります。
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1-3. なぜ日本に稟議・ハンコ文化は根付いたのか?その歴史的DNAを解明
稟議は、海外の企業ではあまり見られない、日本特有の意思決定プロセスです。なぜ、これほどまでに日本社会に深く根付いたのでしょうか。その背景には、武家社会から続く歴史と、日本人の価値観が深く関わっています。
文化的源流:武家社会の「合議制」
稟議の文化的ルーツは、江戸時代の武家社会における合議制に遡ると言われています。藩主という絶対的なトップは存在しつつも、重要な意思決定は重臣たちの合意によって行われることが多くありました。トップの独断ではなく、家臣団で議論を尽くして合意を形成するこのスタイルが、組織の和を重んじ、一枚岩で物事にあたるための知恵として、日本の組織文化の基層を形成しました。
制度の確立:明治政府の「官僚制」と「ハンコ文化」の結合
現代に直接つながる稟議制度が確立されたのは明治時代です。欧米列強に追いつくべく近代国家建設を急ぐ明治政府が、効率的な行政運営のためにプロイセン(ドイツ)の官僚制を参考に、その意思決定プロセスとして稟議制を導入しました。
そして、この稟議プロセスを国民レベルで機能させる上で決定的な役割を果たしたのがハンコ(印鑑)です。1873年の太政官布告により印鑑登録制度が導入され、ハンコは法的・社会的な自己証明に必須のツールとなりました。
この二つが結びついたのは必然でした。
- 稟議 が、合意形成の「プロセス」を提供し、
- ハンコ が、そのプロセスにおける各個人の承認という「物理的証拠」を提供する。
この両輪ががっちりと噛み合ったことで、欧米のトップダウン型とは異なる、 責任の所在を分散させつつ、組織全体の総意であることを可視化する 、日本独自の強固なボトムアップ型承認文化が形成されたのです。
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1-4. 日本型合議制の功罪とは?稟議制度のメリット・デメリット
長年維持されてきた稟議制度、すなわち日本型の合議制は、単純な「善」でも「悪」でもありません。その仕組みが持つ本来の強みと、現代において機能不全に陥っている弱点の両側面を、より深く掘り下げてみましょう。
側面 | メリット(本来の強み) | デメリット(現代の課題) |
意思決定の質 | ①質の高い合意形成と実行力の向上 稟議書の回覧プロセスは、関係者一人ひとりと丁寧なコミュニケーションを図る機会となります。これにより、実行フェーズに入ってから「話が違う」といった認識の齟齬が生まれるのを防ぎ、プロジェクト全体の手戻りを最小限に抑えます。 | ①意思決定の遅延 多くの承認者を経る必要があり、スピード感が求められる現代のビジネス環境では致命的なボトルネックとなり得ます。特に承認者の不在は、プロセス全体を停滞させます。 |
組織運営 | ②多角的な視点でのリスク検証 複数の部門や役職の人が関わることで、一つの視点では気づかなかったリスクや問題点を事前に洗い出すことができます。 | ②責任の曖昧化 多くの人が承認に関わることで、「誰が最終的な責任者なのか」が曖昧になりがちです。「みんなで承認したから」という意識が働き、無責任な判断につながる可能性があります。 |
ガバナンス | ③コーポレートガバナンスの実現:『なぜ、この支出は会社にとって必要なのか』を証明する公式な意思表示 会社の経費として何が認められ、損金算入できるか。そこに100%の絶対的なルールは存在しません。例えば、ギャンブル費用は通常経費とは見なされませんが、もしあなたの会社がギャンブル専門誌の出版社であれば、それは記事作成に不可欠な取材費となり得ます。逆に、一見すると事業用途に見える支出でも、公式な予算や稟議プロセスを経ていなければ、それは個人的な流用と見なされかねません。このように、稟議書とは、その支出が個人の利益のためではなく、株主、顧客、従業員といった全てのステークホルダーの利益に資する 事業目的であることを、組織として公式に意思決定し、客観的に証明するための記録 です。これは、健全な企業統治(コーポレートガバナンス)を支える 内部統制 の根幹をなす活動なのです。 | ③形骸化のリスク 現代における最大の問題点です。本来の目的である「質の高い合意形成」は忘れ去られ、内容を十分に検討せず、単にハンコを押すこと自体が目的化した「儀式」と化しているケースが少なくありません。これが、企業の変革を阻む大きな要因となっています。 |
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第2章:稟議で使われる用語の正しい意味とは?
【本章の概要】
この章では、「稟議」「決裁」「承認」といった、稟議のプロセスで使われる紛らわしい用語の違いを、図や表を用いて誰でも理解できるように整理します。これらの言葉を正確に使い分けることが、円滑なコミュニケーションの第一歩です。
2-1. 【図解】稟議・決裁・承認・起案、その決定的な違い
稟議の文脈で最も混同されやすいのが、「稟議」「決裁」「承認」「起案」の4つの言葉です。これらは意思決定プロセスにおける 役割 を示しています。
用語 | 読み方 | 役割・意味 | 視点・責任 | 担当者(例) |
起案 | きあん | 稟議にかける案件を 発案 し、稟議書を作成すること。プロセスのスタート地点。 | 「この案件を実行したい」 | 担当者、現場社員 |
承認 | しょうにん | 起案された稟議書の内容が、ルールや実務上、妥当であるかを 確認・同意 する中間的な判断。 | 「この内容は正しいか?」 | 課長、部長などの中間管理職 |
決裁 | けっさい | 複数の承認を経て上がってきた稟議に対し、組織として最終的な 意思決定を下す 公式な行為。プロセスのゴール。 | 「この案件を実行すべきか?」 | 社長、役員などの最終的な決裁権者 |
稟議 | りんぎ | 起案から決裁までの一連の 手続き・プロセス全体 を指す言葉。 | – | 関係者全員 |
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2-2. 稟議の「流れ」を理解するアクション用語
稟議のプロセスでは、その「流れ」をコントロールするための様々なアクション(行動)を示す言葉が使われます。これらをグループで理解すると、より分かりやすくなります。
グループ | 用語 | 読み方 | 意味 |
プロセスを進行させるアクション | 回付 | かいふ | 稟議書を次の承認者へ 回す こと。 |
合議 | ごうぎ | 関係部署の 合意 を得るために、複数の部署に同時に回付すること。 | |
プロセスを中断・変更するアクション | 差戻し | さしもどし | 承認者が内容に不備や疑問点がある場合に、起案者や前の承認者に 差し戻す こと。 |
取下げ | とりさげ | 起案者が自らの意思で、提出した稟議を 取りやめる こと。 | |
情報共有・事後確認のためのアクション | 回覧 | かいらん | 承認の権限はないが、 プロセス中に情報共有 を目的として内容を確認してもらうこと。 |
後閲 | こうえつ | 緊急時や代理決裁が行われた際に、本来の決裁権者が プロセス後に内容を確認・追認 すること。 |
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第3章:稟議はどのような流れで進むのか?
【本章の概要】
この章では、稟議が「起案」されてから、最終的に「決裁」され、その文書が「保管」されるまでの一連の流れを7つのステップに分けて解説します。各ステップの目的と、伝統的な紙運用における課題を理解することで、自社のプロセスを見直すきっかけになります。
3-1. 【全体像】起案から文書保管までの7ステップ
一般的な稟議プロセスは、以下の7つのステップで構成されます。
ステップ | 目的・ゴール | 伝統的な紙運用での主な課題 |
Step1: 起案 | 提案の目的を明確化し、根拠情報を収集する | 必要な情報がどこにあるか分からず、探すのに時間がかかる |
Step2: 稟議書作成 | 会社の規定フォーマットに従い、分かりやすく文書を作成する | フォーマットが古かったり、人によって書き方がバラバラで手戻りが多い |
Step3: 回付・回覧 | 定められた承認ルートに従い、関係者に稟議書を回す | 承認ルートが不明確。物理的に書類を持って承認者の机まで行く必要がある |
Step4: 承認・差戻し | 各承認者が内容を審査し、次のステップに進めるか判断する | 承認者が不在だとプロセスが完全に停滞する。進捗がブラックボックス化する |
Step5: 決裁 | 最終決裁権者が組織としての意思決定を下す | どこで稟議が止まっているのか分からず、進捗確認に手間がかかる |
Step6: 結果通知・実行 | 決裁内容を関係者に通知し、具体的なアクションを開始する | 決裁された書類が手元に戻ってくるまで時間がかかり、アクションが遅れる |
Step7: 文書保管・管理 | 決裁済み稟議書を、後から参照・監査できるよう適切に保管する | キャビネットでの保管は場所を取り、検索が困難。「証跡」としての価値が失われがち |
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第4章:承認される稟議書の「型」とは?【HOW】
【本章の概要】
この章では、承認されやすい稟議書の「型」を学びます。決裁者が判断に必要な情報を網羅した基本構成要素と、説得力を高めるための各項目の書き方のポイントを、具体的な例文を交えながら解説します。
4-1. 稟議書に必ず含めるべき基本構成要素
稟議書のフォーマットは会社によって異なりますが、一般的に以下の項目が含まれています。これらの要素を漏れなく記載することが、承認への第一歩です。
- 宛名 : 最終的な決裁者を記載します。(例:代表取締役社長 殿)
- 起案日・起案部署・起案者 : いつ、誰が起案したかを明確にします。
- 件名 : 内容が一目で分かるように、簡潔かつ具体的に記載します。
- 結論 : 提案したい内容の結論を先に述べます。(例:「〇〇導入の件、ご承認いただきたくお願い申し上げます。」)
- 目的 : なぜこの稟議を上げる必要があるのか、その背景や現状の課題を説明します。
- 内容 : 提案する内容の詳細(購入する物品の品名・数量・金額、契約内容など)を5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を意識して具体的に記載します。
- 費用・予算 : かかる費用とその内訳、会計上の処理科目などを記載します。
- 効果 : 提案が承認された場合に期待できる効果(コスト削減、売上向上など)を、可能であれば具体的な数値で示します。
- リスク・課題 : 想定されるリスクや課題、それに対する対策を記載します。
- 添付資料 : 見積書や契約書案、参考データなど、判断の根拠となる資料を添付します。
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4-2. 決裁者を動かす!各項目の書き方ポイントと例文
決裁者は多忙です。長文を読まなくても要点が伝わるように、分かりやすく書くことを心がけましょう。
項目 | 良い書き方(Do) | 避けるべき書き方(Don’t) |
件名 | 目的と内容が一目でわかるように具体的に書く<br>(例:【営業部】ノートPC増設による営業効率化に関する稟議) | 「備品購入の件」など、内容が不明瞭で曖昧な表現 |
目的・背景 | 会社のメリットや課題解決に繋がることを示す<br>(例:報告業務の時間を削減し、顧客対応時間を創出する) | 「自分が楽になるから」「あった方が便利だから」といった個人的な理由 |
内容 | 箇条書きを活用し、情報を整理して見やすくする<br>(例:購入物品:ノートPC Model-XYZ、数量:5台) | 文章でだらだらと説明し、要点が分かりにくい |
効果 | 定量的な表現(数値)で具体的に示す<br>(例:月平均5時間の業務時間削減が見込まれる) | 「効率が上がると思う」といった主観的で曖昧な表現 |
リスク | 想定されるリスクと、その対策を正直に記載する | リスクを隠したり、楽観的な見通しのみを記載したりする |
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第5章:稟議に関わる法律とルール、知らないとどうなる?
【本章の概要】
この章では、稟議書が単なる社内文書ではなく、法的に重要な「証跡」としての役割を持つことを解説します。会社法やJ-SOX法といった法律が稟議にどう関わるのか、そして電子署名の法的効力など、担当者が知っておくべき必須知識を整理します。
5-1. 稟議書は法的な「証跡」。その保存期間と管理方法は?
決裁済みの稟議書は、単なる過去の書類ではありません。それは、 「誰が、いつ、何を、どのように判断したか」を証明するための、改ざん不可能な客観的証拠(エビデンス) 、すなわち「 証跡 」としての重要な役割を担います。
この証跡としての価値から、稟議書には法律に基づいた保存義務が生じます。
稟議書そのものに、法律で定められた直接的な保存期間はありません。しかし、稟議書が関連する取引の内容によって、他の法律(会社法や法人税法など)が定める文書の保存期間が適用される場合があります。
関連法規 | 対象となる稟議書の例 | 保存期間 | 根拠条文(参考) |
会社法 | 取締役会の承認を得た稟議書など、事業に関する重要資料 | 10年間 | 会社法 第432条、第976条 |
法人税法 | 物品購入や契約など、取引に関する稟議書 | 原則7年間 | 法人税法施行規則 第59条 |
これらの法律要件を満たすため、多くの企業では、後々のトラブルや税務調査、監査などに備え、決裁済みの稟議書を「永年保存」または「10年間保存」と定めているのが実情です。
重要なのは、単に保管するだけでなく、必要な時にすぐに取り出し、その正当性を証明できる状態で管理する「 証跡管理 」の視点です。
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稟議書だけでなく、会社で扱う様々な書類の保存期間を網羅的に確認したい方へ。最新の法改正に対応した一覧表で、文書管理の全体像を把握できます。
5-2. なぜJ-SOXで稟議が重要視されるのか?
内部統制 とは、企業の不正やミスを防ぎ、業務を効率的かつ適正に行うための社内ルールや仕組みのことです。特に上場企業には、金融商品取引法(通称J-SOX法)によって、この内部統制の体制整備と、その有効性を評価した「内部統制報告書」の提出が義務付けられています。
稟議制度は、この 内部統制を支える非常に重要な仕組み です。監査においては、内部統制が「設計」通りに「運用」されているかが厳しくチェックされます。
- 整備状況の評価 : 稟議規程などのルールが、リスクを低減するために適切に設計されているか。
- 運用状況の評価 : 設計されたルールが、 日常業務においてその通りに遵守されているか 。
監査で最も重要なのが、この「運用状況の評価」です。監査人は、特定の取引を抜き打ちで選び、「この稟議は、本当に規程通りの承認者によって、定められた手順で承認されていますか?」という証拠の提出を求めます。
この時、「メールで承認を得ました」といった曖昧な記録では通用しません。「誰が、いつ、どのような判断で承認したか」を示す、 客観的で改ざん不能な監査証跡 こそが、運用状況の有効性を証明する唯一の手段なのです。
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5-3. 電子印鑑・電子署名に法的な効力はあるのか?
近年、ペーパーレス化の流れで稟議を電子化する企業が増えています。その際に重要になるのが、従来の「ハンコ」の代わりとなる 電子印鑑 や 電子署名 です。
結論から言うと、 電子署名法という法律により、本人の意思に基づいて行われたことが確認できる電子署名は、手書きの署名や押印と同等の法的効力を持つ と定められています。
ただし、単に印影を画像化しただけの「電子印鑑」には、法的な証明力はありません。法的に有効と認められるためには、「いつ」「誰が」押印したかを記録できる タイムスタンプ が付与されているなど、本人が作成したことを証明できる仕組み(非改ざん性、本人性の担保)が備わっている必要があります。ワークフローシステムなどに搭載されている電子署名機能は、これらの要件を満たしている場合がほとんどです。
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まとめ:本質を理解し、未来の稟議を考える
本記事「稟議の教科書」では、稟議の基本的な意味から歴史、プロセス、書き方の型、そして関連する法律まで、幅広く解説してきました。
多くのワークフローシステムが「稟議を楽にする」と謳っています。しかし、稟議の本質は、楽だからやる、大変だからやらない、という次元の話ではありません。その根底には、 企業の健全な成長を支えるガバナンス という、極めて重要なビジネス目的が存在します。
「ハンコ、文書、稟議」という 形式 は、今後ITやAIの力でさらに進化し、効率化されていくでしょう。しかし、なぜそのプロセスが必要なのか、すなわち「健全なガバナンス」や「質の高い合意形成」といった 本質 は、時代を超えて受け継がれていくべきものです。形骸化した業務に意味はなく、この本質的な目的を理解して初めて、テクノロジーは真の価値を発揮します。
ジュガールワークフロー は、まさにこの思想を体現する統合型ワークフローシステムです。単に紙の業務を電子化するだけでなく、文書の作成から承認、保管、廃棄に至るまでのライフサイクル全体を統制し、AIが判断を支援することで、稟議の「形式」を未来の形へと進化させます。これにより、従業員は形骸化した作業から解放され、「質の高い合意形成」という本来の目的に集中できるようになります。
この記事が、稟議の本質を見つめ直し、日々の業務をより戦略的なものへと昇華させる一助となれば幸いです。
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稟議に関するよくある質問(FAQ)
A1. 稟議は「記録を残し、個別の認識を合わせる」のに適しており、会議は「多角的な意見を出し合い、議論を深める」のに適しています。定型的な承認や、証跡が重要な契約などは稟議で行い、創造的なアイデア出しや複雑な問題解決は会議で行うのが基本です。最も効果的なのは、重要な案件で「稟議+会議」を組み合わせ、事前の情報共有と議論の深化を両立させることです。
A2. 「自分目線」で書いてしまうことです。例えば、「このツールを導入すれば、私の業務が楽になる」といった視点だけで稟議書を作成しても、決裁者の共感は得られません。決裁者が見ているのは、その投資が「会社全体にとってどのようなメリットがあるか」です。「自分の業務効率化が、結果として部署全体の生産性向上やコスト削減にどう繋がるのか」という、より高い視座で目的や効果を記述することが、承認を勝ち取るための最も重要なポイントです。
A3. まずは「現状プロセスの可視化」から始めることを強くお勧めします。特定の稟議(例:物品購入稟議)が、起案されてから決裁されるまでに「誰の承認に」「何日かかっているのか」を具体的に調査し、フロー図などに書き出してボトルネックを特定します。その上で、「この承認は本当に必要か?」「このステップは電子化できないか?」といった改善策を検討するのが効果的です。いきなり全社的な改革を目指すのではなく、特定の問題点を一つずつ解決していくアプローチが成功の鍵です。
引用文献
本記事の作成にあたり、以下の公적機関および調査会社の情報を参考にしています。
- 金融庁. 「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」
- デジタル庁. 「デジタル社会の実現に向けた重点計画」
- 法務省. 「押印についてのQ&A」
- 国税庁. 「電子帳簿保存法一問一答」
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA). 「DX白書」