ワークフローシステム講座

日々の業務プロセスに課題を感じている方へ向けて、ワークフローシステムの選び方から業務改善の確かなヒントまで、完全網羅でお伝えします。

「野良ファイル」はなぜ生まれる?文書管理の属人化に潜む5つのリスクと対策

目次

はじめに:それは「整理整頓」の問題ではない。あなたの会社を静かに蝕む「病」の兆候

【概要】

「あのファイル、どこだっけ?」――この一言が、あなたの部署で日常的に聞こえてきませんか?総務や監査の責任者として日々奮闘されている皆様なら、一度ならず経験があるはずです。これは単なる現場の整理整頓の問題ではありません。無法地帯と化した「野良ファイル」の蔓延は、会社を静かに、しかし確実に蝕む「病」の兆候なのです。本記事では、この問題を経営課題として捉え、皆様と共にその原因と恐ろしさ、そして根本的な治療法を考えていきます。

「最新版だと思って社長に提出した企画書が、実は3つ前のバージョンだった…」

「急な監査が入り、3年前の契約書を探すよう指示されたが、退職した担当者のPCにしかなく、パスワードも分からない…」

「情報システム部が全く知らない間に、営業部が便利だからと個人契約のチャットツールで、顧客との見積もりをやり取りしていた…」

いかがでしょうか。思わず「ヒヤリ」とされた方も少なくないはずです。

こうした危機的状況を引き起こす元凶こそ、組織の公式なルールから逸脱し、誰にも管理されずに増殖していく「野良ファイル」です。

そして、この問題の根っこには、必ずと言っていいほど「業務の属人化」、つまり「あの人でなければ、この仕事は分からない」という、極めて脆弱な状態が存在します。これは、もはや単なる非効率ではありません。会社の公式な記録が失われ、ガバナンスが崩壊していく、経営における重大な欠陥なのです。

解説記事『文書ライフサイクル管理とは?ワークフローで実現する堅牢な内部統制システム構築ガイド』では、この問題の背景にある「プロセスとアーカイブの断絶」という構造的な課題を解説しました。本記事は、その内容をさらに一歩進め、総務・監査部門の責任者である皆様の視点に立って、この問題をより深く、より生々しく掘り下げます。

なぜ、真面目な社員たちが、結果として会社を危険に晒す「野良ファイル」を生み出してしまうのか?その「なぜ」に共感し、理解することから始めなければ、本当の解決策は見えてきません。これはIT部門に任せきりにできる問題ではないのです。会社のルールを作り、守り、そして組織全体のリスクを管理する皆様が、今こそリーダーシップを発揮すべき経営課題。さあ、一緒にその正体を探る旅に出ましょう。

第1章:なぜ「野良ファイル」は生まれるのか? 現場の“良かれと思って”が生む混沌のメカニズム

【概要】

野良ファイルや属人化は、特定の誰かが悪いわけではありません。むしろ「仕事を早く進めたい」という現場の善意や、会社の仕組みそのものが、意図せずして混沌を生み出しているのです。ここでは、「個人」「組織」「業務」という3つの視点から、その構造的なメカニズムを紐解いていきます。

1-1. 「野良ファイル」の正体:それは、統制を失った会社の“迷子”のデータ

まず、「野良ファイル」という、少しユーモラスな響きすらある言葉の本当の深刻さを共有させてください。

これは、単にファイル名が「あああ.xlsx」だったり、デスクトップにファイルが散乱していたりする状態を指すのではありません。その本質は、会社の公式な管理ルートから外れ、誰の許可も得ず、どこにあるかも分からなくなった“迷子”の重要データのことです。

皆様の会社のファイルサーバーや共有フォルダが、ルールも管理人もいない、雑然とした倉庫のようになっている状態を想像してみてください。

混沌としたファイルサーバーの実態具体例
書類のありかが不明「あの契約書はどこ?」という問いに、誰も答えられない。担当者が休むと業務が停止する。
偽物の書類が混在同じ名前のファイルが複数あり、どれが本当の最新版か不明。「(最終)」「(fix)」だけが頼り。
重要書類の無断持ち出し個人契約のクラウドストレージなど、会社の管理外に重要情報が許可なく保管される。
不要な書類でサーバーが満杯古い資料や書きかけのメモが容量を圧迫し、本当に必要な書類を探す邪魔になっている。

いかがでしょうか。これはもはや「散らかっている」というレベルではありません。会社が持つべき「情報資産の保管庫」としての機能が、完全に崩壊している状態なのです。

1-2. 原因① 個人の心理と「属人化の悪循環」:頑張る人ほど、抱え込んでしまう皮肉

では、なぜ従業員たちは、こうした混沌を生み出してしまうのでしょうか。驚くべきことに、その多くは怠慢や悪意からではありません。むしろ、会社や自分の仕事に対して真面目であることの裏返しであることが多いのです。

  • 「とにかく、早く終わらせたい」という善意: 目の前の業務に追われていると、文書をルール通りに整理する時間は「もったいない」と感じてしまいます。「後でやろう」と思っているうちに、どんどん野良ファイルが溜まっていく。これは、責任感が強い人ほど陥りがちな罠です。
  • 「自分がいないと、この仕事は回らない」という自負と不安: 自分の知識や経験が、会社にとって不可欠であるという自負。それは時として、「このやり方を知っているのは自分だけ」という状況に安心感を覚えてしまう、という心理に繋がります。これは、自分の立場を守りたいという、ごく自然な自己防衛本能とも言えるでしょう。
  • 「新しいやり方は、面倒くさい」という本音: 人は誰しも、慣れ親しんだやり方を変えることには抵抗を感じるものです。新しいルールやシステムが導入されても、「前の方が早かった」「自分のやり方の方が効率的だ」と感じ、無意識のうちに古いやり方を続けてしまうのです。

これらの心理が絡み合うと、組織は「属人化の悪循環」という、抜け出すのが非常に困難なスパイラルに陥ります。

【図解】属人化の悪循環

  1. 過重労働: 特定の優秀な社員に業務が集中する。
  2. 情報共有の時間不足: 多忙のため、情報の整理やマニュアル作成が後回しになる。
  3. 知識のブラックボックス化: ノウハウや情報がその個人の中にしか存在しない状態(属人化)になる。
  4. 新人の育成困難: 引き継ぐべき資料がなく、OJTの負担も増大し、新人が育ちにくい。
  5. ベテランへの依存度UP: 「あの人でなければ分からない」状況が固定化され、さらに業務が集中する。(1に戻る)

このサイクルは、誰か一人が悪いわけではありません。組織の構造そのものが引き起こしている「病」なのです。

1-3. 原因② 組織の欠陥と「リーダーシップの不在」:ルールはある。でも、誰も守らないのはなぜか?

個人の心理だけに原因を求めるのは、あまりに酷な話です。多くの場合、従業員がルールを守れないのは、会社側に問題があるからです。

  • 「そもそも、公式な道具箱が空っぽ or 使い物にならない」問題: 会社が公式な文書管理システムを用意していない。あるいは、用意はされているものの、あまりに古くて使いにくく、申請一つ出すのにも膨大な手間がかかる。これでは、従業員が個人で契約している便利なクラウドストレージを使いたくなるのも無理はありません。
  • 「誰も本気にしていない」形骸化したルール: 何年も前に作られた文書管理マニュアルが、更新もされずに放置されている。ルールを破っても、特に何も言われない。こうなると、ルールはもはや「あってないようなもの」です。
  • 「やっても、やらなくても同じ」なら、誰もやらない: 情報共有を頑張っても、特に評価されるわけでもなく、自分の仕事が楽になるわけでもない。これでは、誰も時間と労力を割いてまで、整理整頓をしようとは思わないでしょう。

そして、これらすべての問題の根底にあるのが、リーダーシップの不在です。総務や監査の責任者である皆様が、「このルールは会社を守るために絶対に必要なんだ」と本気で訴え、経営層や管理職が自ら模範を示さなければ、どんな立派なルールも絵に描いた餅で終わってしまいます。

1-4. 原因③ 業務の壁と「専門性の罠」:「この仕事は特別だから」が引き起こす断絶

経理、法務、研究開発など、高度な専門性が求められる業務には、特有の難しさがあります。

  • 「素人には、どうせ説明しても分からない」という壁: 専門家が持つ高度な知識や複雑な判断プロセスは、マニュアル化すること自体が非常に困難です。
  • 「マニュアル化すると、質が落ちる」という懸念: 「この業務の機微は、経験を積んだ人間にしか分からない。誰でもできるように単純化すれば、必ずミスが起きる」という、品質への強いこだわりが、標準化への抵抗を生むことがあります。

こうした「専門性の罠」は、決して悪意から来るものではありません。しかし、その結果として業務がブラックボックス化し、組織全体から孤立した「サイロ」となってしまうのです。

【この章のまとめ】野良ファイルを生む構造的メカニズム

原因の分類具体的な要因責任者への示唆(共感のポイント)
個人の心理「早く終わらせたい」善意、自己防衛、変化への抵抗現場は、与えられた環境の中で最善を尽くそうとしているだけかもしれない。
組織の欠陥使いにくいツール、形骸化したルール、インセンティブの欠如「ルールを守れ」と言う前に、守りやすい環境を整えているだろうか?
業務の特性高度な専門性、品質へのこだわり「特別扱い」が、意図せずして組織に壁を作っていないだろうか?

第2章:これは対岸の火事ではない。属人化がもたらす「5つの深刻なシナリオ」

【概要】

「まあ、うちの会社は大丈夫だろう」――もし、そう思われているなら、少しだけお時間をください。属人化と野良ファイルが引き起こすのは、単なる「非効率」などという生易しいものではありません。業務麻痺、情報漏洩、コンプライアンス違反…。それは、ある日突然、あなたの会社を襲う「5つの深刻なシナリオ」なのです。

2-1. シナリオ① 業務麻痺と生産性の崩壊:「あの人がいないと、何も進まない」という時限爆弾

これは、最も身近で、そして最も起こりやすい深刻なシナリオです。

発生する問題具体的な業務インパクト
生産性の低下本来の業務時間を「ファイル探し」に浪費し、人件費が無駄になる。
事業継続リスク特定の担当者の退職・休職で、業務が完全に停止する。
品質の劣化業務プロセスがブラックボックス化し、改善の機会が失われ、ミスが多発する。

  • あなたの部下の給料が、「ファイル探し」に消えていく: 本来、企画を考えたり、顧客に対応したりすべき優秀な社員が、一日の多くの時間を「あのファイルどこだっけ?」という不毛な探索に費やしている。これは、目に見えない人件費の垂れ流しに他なりません。
  • 「バス係数1」の恐怖: 少し物騒な言葉ですが、IT業界には「バス係数」という指標があります。これは、「もし、その人がバスに轢かれてしまったら(=突然、会社に来られなくなったら)、仕事が回らなくなるか?」を示す人数です。もし、あなたの会社の重要業務のバス係数が「1」だとしたら?その担当者の突然の退職や休職は、業務の完全停止を意味します。それは、一人の労働力を失うだけでなく、会社に帰属すべき知的財産と顧客との関係性を丸ごと失う、危機的な事態です。
  • バックオフィスの機能不全: 契約処理、経理、人事労務といった、ミスが許されない管理部門の業務が属人化した場合、その影響は全社に及びます。一人の担当者の都合で請求書の発行が遅れ、会社のキャッシュフローに影響が出る。そんな笑えない事態も、現実に起こりうるのです。

2-2. シナリオ② 壊滅的なセキュリティ侵害:会社の信用を一夜にして失うリスク

総務・監査の責任者として、これほど避けたいシナリオはないでしょう。管理されていない野良ファイルは、情報漏洩という危機への扉を、会社のあらゆる場所に開いてしまいます。

脅威の種類具体的な手口・原因
内部からの脅威悪意ある従業員による機密情報の持ち出し、不満によるデータ破壊・漏洩。
偶発的な漏洩クラウドストレージの共有設定ミス、メールの宛先間違いなどのヒューマンエラー。
外部からの攻撃ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)が、管理の甘い共有フォルダから侵入・拡散。
  • 「うっかり」が引き起こす、最悪の事態:
    • クラウドの設定ミス: 「便利だから」と従業員が使い始めたクラウドストレージ。もし、その共有設定が一つでも「インターネット上の誰でもアクセス可能」になっていたら?あなたの会社の機密情報が、今この瞬間も、世界中に公開されているかもしれません。これは、システムの欠陥ではなく、明確な管理体制の不備、すなわち内部統制の崩壊です。
    • 単純なヒューマンエラー: 宛先を間違えた一本のメール。その添付ファイルが、全従業員の個人情報リストだったら…?考えるだけでも恐ろしいですが、ファイルがどこにでも無秩序に存在すれば、こうした事故の確率は必然的に高まります。

2-3. シナリオ③ 「シャドーIT」の蔓延:善意から始まる、統制不能な無法地帯

「シャドーIT」――この言葉を、どうか覚えておいてください。これは、会社の公式な許可なく、従業員が業務に利用しているITツールやサービス全般を指します。

「公式のファイルサーバーは使いにくいから、チームの共有は無料のクラウドストレージでやろう」

「会社のメールは面倒だから、急ぎの連絡は個人のチャットアプリで」

こうした現場の「良かれと思って」から、シャドーITは静かに、しかし確実に蔓延します。従業員に悪気がないことが、この問題をさらに根深く、厄介なものにしています。

総務・監査の視点から見た、シャドーITの本当の恐ろしさ。それは、会社の管理が一切及ばない「無法地帯」で、会社の重要情報がやり取りされてしまう点にあります。

シャドーITがもたらすリスクなぜ危険なのか?
セキュリティリスクのブラックボックス化そのツールが安全なものか、誰も検証していない。情報漏洩の温床になる。
情報資産の散逸会社を辞めた後も、個人のアカウントに会社の重要データが残り続ける。
コンプライアンス上の把握不能監査の際、「会社として情報をどう管理しているか」という問いに、誰も正確に答えられない。

「野良ファイル」問題を放置することが、このより深刻な「シャドーIT」問題の引き金になる。この関係性を、ぜひご理解ください。

2-4. シナリオ④ コンプライアンス違反と法的危機:ある日突然、会社が被告になる事態

不適切な文書管理は、社内の問題では収まりません。それは、会社の信頼を失墜させ、多額の罰金を科され、最悪の場合、経営者自身が責任を問われる事態へと発展します。

  • 「知らなかった」では済まされない、文書の保存義務:
    • 会社法法人税法では、会計帳簿や契約書といった重要書類に、7年〜10年という長い保存期間を定めています。
    • 労働基準法でも、従業員の名簿や賃金に関する書類の保存が義務付けられています。
    • これらの法律で定められた文書が、野良ファイルとしてどこにあるか分からなくなってしまえば、それは明確な法令違反です。
  • 個人情報保護法という厳しい現実: もし、管理不備によって顧客や従業員の個人情報が漏洩すれば、法人には最大1億円という、事業の存続を揺るがしかねない高額な罰金が科される可能性があります。
  • 監査や訴訟で「証拠」を出せないという致命的な状況: 監査官から「3年前の、この取引に関する稟議書をすべて提出してください」と言われた時。あるいは、訴訟で裁判所から関連文書の提出を命じられた時。もし、あなたの会社が「どこにあるか分かりません」「担当者が退職してしまい、探せません」としか答えられなかったら、どうなるでしょうか?それは、会社として説明責任を果たせないことを意味し、極めて不利な立場に置かれることになるのです。

2-5. シナリオ⑤ 企業知識の陳腐化:会社が「学習能力」を失う、静かなる衰退

これまでの4つのシナリオが、突然会社を襲う「急性疾患」だとすれば、これは会社を静かに、しかし確実に蝕んでいく「慢性疾患」です。

  • 人が辞めるたびに、会社が“記憶喪失”になる: 優秀な社員が退職する。それは仕方のないことかもしれません。しかし、その人の頭の中にしかなかった業務ノウハウ、顧客との交渉の歴史、過去の失敗から得た教訓までが、一緒に会社から失われていくとしたら?それは、長年かけて投資してきたはずの、会社の貴重な知的資産が、跡形もなく消え去っていくのと同じことです。
  • 「勘と経験」から抜け出せない経営: 本来であれば、過去の販売データや顧客からのクレーム、成功したプロジェクトの議事録などを分析し、次の戦略に活かすべきです。しかし、それらの貴重なデータが、担当者のPCの中にあるアクセス不能なExcelファイル(野良ファイル)に閉じ込められていては、いつまで経ってもデータに基づいた的確な意思決定はできません。
  • 気づいた時には、手遅れに: これらすべてのリスクが積み重なった結果、あなたの会社の競争力は、静かに、しかし確実に削がれていきます。非効率で、情報漏洩に脆弱で、法律も守れず、過去から学べない組織。そんな会社に、未来はあるでしょうか。

【この章のまとめ】5つの深刻なシナリオとその業務インパクト

リスク分類業務への具体的な影響(責任者の視点)要するに、何が問題なのか?
業務麻痺担当者不在で業務停止。ファイル探しで人件費が溶けていく。会社の事業継続計画(BCP)に、致命的な穴が開いている状態。
セキュリティ侵害情報漏洩で信用の失墜、莫大な損害賠償。事業停止命令も。IT部門任せでは済まない。会社の存続を揺るがす経営マターそのもの。
シャドーIT会社の公式な目が届かない「闇市場」で、重要情報が取引される。内部統制が、現場レベルで完全に崩壊している証拠。
コンプライアンス違反法的制裁、罰金、監査対応の失敗。経営者の責任問題に発展。「知らなかった」では済まされない。管理体制の不備は、経営責任を問われる。
知識の陳腐化人材の流出が、そのまま会社の知的資産の流出に直結する。組織としての「学習能力」を失い、成長が止まってしまう、静かなる衰退。

第3章:無法地帯に秩序を!「野良ファイル」問題を解決する三位一体の改革

【概要】

ここまで、野良ファイルと属人化がもたらす深刻なシナリオについてお話ししてきました。では、この混沌としたファイル管理の状況を、私たちはどうすれば改善できるのでしょうか。答えは、小手先の整理術や精神論ではありません。会社の「ルール」「仕組み」「文化」を三位一体で変革していく、力強く、そして継続的な取り組みだけが、この根深い問題を解決できるのです。

3-1. 対策① ガバナンスの確立:会社を守る「ルール」を、血の通った言葉で定める

どんなに立派なシステムを導入しても、組織としての明確なルール、すなわち会社の「法律」がなければ、必ず現場は混乱します。まず着手すべきは、この法律を、現場の誰もが「これなら守れる」と思える、血の通った言葉で定めることです。

  • ステップ1:文書の「一生」に寄り添うルールを作る
    解説記事『文書ライフサイクル管理とは?ワークフローで実現する堅牢な内部統制システム構築ガイド』でも詳しく解説していますが、文書には生まれてから(作成)、承認され(処理)、活用され(保管)、法的に保持され(保存)、そして安全に消される(廃棄)までの一生があります。この各段階で、「誰が」「何を」「どうすべきか」を具体的に決めていきます。
  • ステップ2:情報に「身分証明書」を与える(データ分類とアクセス制御)
    すべての情報が同じ価値ではありません。会社の情報を、例えば以下のようにシンプルに分類します。
    • レベル1:公開情報(プレスリリースなど)
    • レベル2:社内限定情報(社内報、一般的な議事録など)
    • レベル3:部外秘情報(人事情報、未公開の財務情報など)
    • レベル4:極秘情報(M&Aに関する情報、基幹技術情報など)

そして、この分類に基づき、「経理部の課長は、レベル3までの情報にアクセスできる」といった形で、役職や役割(ロール)に応じたアクセス権限を定めます。これが、情報セキュリティの鉄則である「最小権限の原則(知る必要のある人だけが、必要な情報にだけアクセスできる状態)」を実現する第一歩です。

  • ステップ3:このルールの「責任者」を明確にする
    このルールがどの部署の、どの文書に適用されるのかを明確にします。そして最も重要なのが、このルールを維持・更新していく責任を持つ担当者や委員会(例:文書管理委員会)を、公式に指名することです。責任者が曖昧なルールは、必ず形骸化します。
ポリシー構成要素要するに、何をどう決めるのか?責任部署・担当者(例)
適用範囲「このルールは、誰が、どの文書で守る必要がありますか?」を明確にする。経営層、IT部門、総務部門
命名規則「ファイル名は、この書き方で統一しましょう」というルールを決める。各部門、プロジェクトマネージャー
バージョン管理「どれが最新版か、誰でも一発で分かるようにしましょう」というルール。文書作成者、IT部門
アクセス制御「この情報は、どの役職の人まで見ることができますか?」を決める。IT部門、人事部門
保存期間「この文書は、法律で何年間、保管しなければいけませんか?」を明確にする。法務部門、経理部門、総務部門
廃棄手順「保存期間が過ぎた文書は、誰の許可を得て、どうやって捨てますか?」を決める。各部門、IT部門
禁止事項「会社の情報を守るために、これだけは絶対にやめてください」という約束事。IT部門、セキュリティ委員会
施行と罰則「ルールが守られているか、誰がどうやってチェックしますか?」を決める。人事部門、コンプライアンス部門

3-2. 対策② テクノロジーの活用:正しい行動を「楽」にする「仕組み」を整える

人間は、面倒なことよりも、楽なことを選ぶ生き物です。であるならば、ルールを守る方が、守らないよりも圧倒的に「楽」な仕組みを、テクノロジーの力で作り上げてしまえば良いのです。

  • なぜ、ただのファイル置き場ではダメなのか?
    野良ファイル問題の解決を目指すなら、単なるファイル置き場であるクラウドストレージ(Google Drive, Dropboxなど)では、力不足です。なぜなら、それらはあくまで多目的な「箱」であり、企業の厳格なルールを自動的に実行する機能は弱いからです。
    本当に必要なのは、文書のライフサイクル全体を賢く管理するために設計された、文書管理システム(DMS: Document Management System)という、いわば「ルールを自動で守ってくれる、賢いファイリングシステム」なのです。
  • 総務・監査責任者が選ぶべき「賢いファイリングシステム」の必須機能
    • 機能①:驚くほど強力な検索機能
      ファイル名だけでなく、文書の中身の言葉(全文検索)や、「作成者:山田、契約日:2024年以降、金額:100万円以上」といった、文書のプロフィール情報(メタデータ:作成者、作成日、契約金額など、文書そのものではなく、文書に関する情報)で検索できる機能です。
      【業務インパクト】:監査で「関連資料を出して」と言われても、もう慌てる必要はありません。数秒で必要な証拠を提示でき、あなたの部署の信頼性は格段に向上します。
    • 機能②:「どれが最新版?」からの解放(バージョン管理)
      文書を上書き保存するたびに、システムが自動で古いバージョンを裏側に保管してくれる機能です。誰が、いつ、どこを変更したかの記録もすべて残ります。
      【業務インパクト】:「先祖返り」といった致命的なミスを防ぎ、変更経緯が明確になることで、無用な責任のなすりつけ合いがなくなります。
    • 機能③:決裁印が押されたら、自動でファイリング(ワークフロー連携)
      稟議書や申請書がワークフローで最終承認された瞬間、その文書が自動的に正しいフォルダに、正しいアクセス権限付きで保管される機能です。
      【業務インパクト】:これこそが、「プロセスとアーカイブの断絶」を解消する最強の武器です。従業員は何も意識する必要はありません。ただ決裁が終われば、文書はあるべき場所に収まるのです。野良ファイルが生まれる最大の原因を、根本から断ち切ります。
    • 機能④:すべてを見ている「監視カメラ」(監査ログ)
      誰が、いつ、どのファイルにアクセスし、何をしたか(閲覧、編集、削除、印刷、ダウンロード)を、24時間365日、すべて記録し続ける機能です。
      【業務インパクト】:これは、皆様にとって最強の防御策です。万が一、情報漏洩が起きても、原因究明と証拠保全が迅速に行えます。そして何より、この機能の存在自体が、内部不正に対する強力な抑止力となります。
主要機能ただのファイル置き場 (基本クラウドストレージ)少し賢いファイル置き場 (法人向けファイル共有)賢いファイリングシステム (DMS)
検索能力ファイル名で探すのがやっと。少しは賢いが、限界がある。驚くほど強力。どんな探し方でも、一瞬で見つかる。
バージョン管理間違って上書きしたら、おしまい。履歴は残るが、管理は手動。全自動。タイムマシンのように、いつでも過去に戻れる。
ワークフロー連携は苦手。手作業で移動。外部ツールとなら、なんとか。大得意。決裁と保管が一体化している。
アクセス制御大雑把。「見ていい人」「ダメな人」だけ。少し細かい設定はできる。超詳細。「部長だけが金額を編集できる」なども可能。
監査ログ監視カメラは、ほぼない。記録はされるが、見るのが大変。高性能な監視カメラ。すべて記録し、報告書も自動。

3-3. 対策③ 文化の醸成:全従業員の「意識」を、心から変える

最高のルールと、最高の仕組みを整えても、それを使う人々の「心」が変わらなければ、改革は必ず失敗します。最も難しく、しかし最も重要なのが、この文化の変革です。

  • 「やらされ感」のある研修は、もうやめよう
    年一回、会議室に集められて、眠たいパワポを見せられる…。そんな情報セキュリティ研修に、意味はありません。
    • 「なぜ」を語る: 「ルールだから守れ」ではなく、「このルールが、いかに皆さんの仕事を楽にし、会社と皆さん自身をリスクから守るのか」という「なぜ(Why)」を、経営者や皆様自身の言葉で、情熱を持って語りかけることが重要です。
    • 物語で伝える: 「過去に、他社でこんな情報漏洩があって、会社が倒産の危機に陥ったそうです…」といった、具体的なストーリーは、人の心に深く刺さります。
    • 体験させる: 巧妙な「ニセのフィッシングメール」を送信する訓練などを通じて、「自分も騙されるかもしれない」という危機感をリアルに体験させることが、何よりの学びになります。
  • 「正直者が、馬鹿を見ない」会社にする
    • 根本原因にメスを入れる: 現場が慢性的な人手不足や過重労働に喘いでいるなら、どんなルールも形骸化します。経営層を巻き込み、業務プロセスの見直しや人員配置の適正化といった、根本原因の解決に本気で取り組む姿勢を示すことが、現場の信頼を得る第一歩です。
    • 褒める文化を作る: 情報共有を積極的に行ったチームや、業務標準化に貢献した個人を、朝礼や社内報で公式に称賛しましょう。これを人事評価に組み込めば、「知識を共有する人が、評価される」という、ポジティブなメッセージが全社に浸透します。
    • 「隗より始めよ」: どんな変革も、リーダーの行動から始まります。経営層や管理職が、率先して新しいシステムを使いこなし、その便利さを語る。上司がルールを破っているのに、部下にだけ「守れ」というのは、あまりに無責任です。

【この章のまとめ】野良ファイル問題への三位一体のアプローチ

アプローチ要するに、何をすべきか?責任者として、心に刻むべきこと
ガバナンス(ルール)会社を守るための、血の通った「法律」を作る。現場が守れないルールは、存在しないのと同じ。
テクノロジー(仕組み)正しい行動が「楽」になる「インフラ」を整える。人の善意に期待するな。仕組みで解決せよ。
文化(人材)全員が「自分事」として取り組む「心」を育む。最終的には「人」。最も時間と情熱を注ぐべき投資。

結論:文書管理を“お荷物”から“武器”へ。今こそ「文書統制」への転換を

ここまで、長い旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。

「野良ファイル」――この、どこか気の抜けた名前の裏に、業務麻痺、セキュリティ侵害、コンプライアンス違反といった、企業の存続を脅かすほどの深刻なリスクが潜んでいることを、ご理解いただけたのではないでしょうか。

そして、この問題は、決して現場の誰か一人の責任ではない、ということも。それは、日々の業務に忙殺される従業員の心理、会社の仕組みそのものの欠陥、そしてリーダーシップの不在といった、様々な要因が絡み合って生まれる、組織の「病」なのです。

この根深い病を治療する処方箋は、一つしかありません。本記事で繰り返しお伝えしてきた、「ガバナンス(ルール)」「テクノロジー(仕組み)」「文化(人材)」という三位一体の改革を、強い意志を持って、継続的に実行していくことです。

まず、会社としての明確な「法律」を定める。

次に、その法律を守ることが苦にならない、むしろ「楽」になる「仕組み」を整える。

そして最後に、全従業員がその重要性を理解し、自律的に行動する「文化」を育む。

総務・監査の責任者である皆様におかれましては、この改革を、単なる「コストのかかる面倒な仕事」と捉えないでいただきたいのです。これは、会社の重要情報を、リスクだらけの“お荷物”から、新たな価値を生み出す“武器”へと変える、極めて重要な戦略的投資なのです。

会社の情報を完全にコントロールできる組織だけが、予測不可能な未来を乗りこなし、持続的に成長していくことができます。

文書の作成から承認、保管、活用、そして廃棄まで、その一生をシームレスに連携させ、属人化のリスクを根本から排除したい。そう本気でお考えなら、統合型ワークフローが、その最も強力なパートナーとなります。ジュガールワークフローのような、文書ライフサイクル全体を「統制」できるシステムは、決裁された文書が野良ファイル化する隙を与えません。それは、皆様が会社の未来を守り、そして攻めに転じるための、最強の経営基盤となるでしょう。

「野良ファイル」と「属人化」に関するよくある質問(FAQ)

Q1: とにかく忙しくて、整理する時間がありません。何から手をつければ良いですか?

A1: まずは「すべてを完璧にやろう」と考えないことが重要です。最もリスクが高い情報(例:個人情報、契約書、財務情報)が、どこで、どのように管理されているかを把握することから始めましょう。そして、その情報だけでも、まずはアクセス権限を最小限に絞る、公式な保管場所を一つに決めるといった、小さなルールから徹底することが第一歩です。

Q2: 現場の従業員から「新しいシステムは面倒だ」と反対されそうで不安です。

A2: 現場の抵抗は、多くの場合「変化への不安」と「現状のやり方への慣れ」から生じます。新しいシステムが、いかに彼らの日々の業務を「楽」にするかを、具体的に示すことが重要です。「ファイルを探す時間がゼロになります」「面倒な承認申請がスマホで一瞬で終わります」といった、個人にとってのメリットを丁寧に伝え、一部の部署で試験的に導入して成功事例を作るのも有効な手段です。

Q3: 文書管理システムの導入には、どのくらいの費用と期間がかかりますか?

A3: システムの規模や種類(クラウド型か、自社サーバーに構築するオンプレミス型か)によって大きく異なります。近年主流のクラウド型であれば、初期費用を抑えて月額数万円から始められるサービスも多くあります。導入期間も、クラウド型であれば数週間から数ヶ月で稼働できる場合がほとんどです。まずは複数のベンダーから情報収集し、自社の規模と課題に合ったシステムを比較検討することをお勧めします。

引用

  • 金融庁. 「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」: 内部統制の目的や基本的要素について定義されており、文書管理のガバナンスを考える上での基礎となる公式文書。
  • 国税庁. 「電子帳簿保存法一問一答(Q&A)」: 文書の電子保存に関する法的要件の、信頼できる一次情報源。
  • 独立行政法人情報処理推進機構(IPA). 「情報セキュリティ白書」: 国内外の情報セキュリティに関する脅威やインシデントの動向、対策についてまとめた報告書。セキュリティリスクを理解する上で有益。
  • 一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC). 「企業IT利活用動向調査」: 企業におけるIT活用の実態や課題に関する調査。シャドーITなどの実態を把握する参考になる。

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記事監修

川﨑 純平

VeBuIn株式会社 取締役 マーケティング責任者 (CMO)

元株式会社ライトオン代表取締役社長。申請者(店長)、承認者(部長)、業務担当者(経理/総務)、内部監査、IT責任者、社長まで、ワークフローのあらゆる立場を実務で経験。実体験に裏打ちされた知見を活かし、VeBuIn株式会社にてプロダクト戦略と本記事シリーズの編集を担当。現場の課題解決に繋がる実践的な情報を提供します。