この記事のポイント
- 脱ハンコの本質は「ハンコをなくすこと」ではなく、承認や判断の構造を見直すことにある
- 脱ハンコが進まない原因は、制度やツールではなく業務設計の前提にある
- ツール選定の前に「誰が・何を・どこまで判断するのか」を明確にする必要がある
はじめに
コロナ禍で一気に広がった「脱ハンコ」
2020年のコロナ禍をきっかけに、「脱ハンコ」という言葉は一気に広まりました。
押印のためだけに出社する働き方が問題視され、電子承認やペーパーレス化に取り組む企業も増えました。しかし数年が経った今、「脱ハンコに取り組んだはずなのに、業務はあまり楽になっていない」と感じている現場も少なくありません。
ハンコ廃止が目的になってしまう違和感
よくあるのは、「とにかく紙をなくす」「ハンコを使わない」こと自体が目的になってしまうケースです。
その結果、書類は電子化されたものの、承認ルートは複雑なまま、確認や判断の負荷も変わらない。形だけデジタルになり、業務の詰まりどころは残ったまま、という状況が生まれます。
本記事のスタンス|ハンコを否定しない
本記事では、ハンコ文化そのものを否定する立場は取りません。
ハンコは本来、承認や責任の所在を明確にする役割を担ってきました。問題はハンコの有無ではなく、その役割を業務の中でどう引き継げているかです。
業務を前に進める視点で整理する
「脱ハンコ」とは何を変える取り組みなのか。
本記事では、紙や印鑑の是非ではなく、承認業務や業務設計という視点から、脱ハンコの本質を整理していきます。
2.なぜ脱ハンコは進まないのか

制度やツールだけでは説明できない停滞
脱ハンコが進まない理由として、よく「制度が追いついていない」「良いツールが見つからない」といった声が挙がります。しかし実際には、制度が整い、電子化に対応したツールも揃っているにもかかわらず、現場が変わらないケースが少なくありません。
これは、問題の本質が制度やツールそのものではなく、業務の前提や設計にあることを示しています。
よくある“進まない理由”を分解する
脱ハンコが停滞する現場を見ていくと、いくつか共通した構造が浮かび上がります。
・紙を前提にした承認フローが残っている
申請書が電子化されても、承認の考え方が紙のままでは効果は限定的です。
「印刷して確認する前提」「押印欄をそのまま画面に再現する設計」など、紙の運用を引きずったフローでは、デジタルの利点が活かされません。結果として、手間だけが増え、「紙のほうが早かった」という評価につながります。
・誰の承認なのか分からないルート
承認ルートが曖昧なまま運用されているケースも多く見られます。
役職ではなく個人名で承認者が設定されていたり、慣習的に回しているだけで判断責任が不明確だったりすると、電子化しても迷いや差戻しが頻発します。ハンコがなくなったことで、かえって「誰が決めるのか」が見えなくなることもあります。
・例外処理が属人化している
「このケースは口頭でOK」「急ぎだから後で承認をもらう」といった例外対応が常態化している現場では、脱ハンコは特に進みません。
こうした例外は、特定の担当者や上司の判断に依存しており、仕組みとして整理されていないため、電子化すると破綻しやすくなります。
・「上層部が抵抗している」では片付かない
脱ハンコが進まない理由を、「上層部が紙に慣れているから」と片付けてしまうのは簡単です。しかし、実際には承認者側にも事情があります。
判断材料が揃っていない、全体像が見えない、責任の範囲が曖昧なままでは、誰でも承認に慎重になります。これは抵抗ではなく、判断を求められる立場としての合理的な反応です。
承認者・決裁者の視点が抜け落ちている現実
多くの脱ハンコ施策は、申請者の効率化を中心に設計されています。その一方で、日々多くの判断を迫られる承認者や決裁者の視点が後回しにされがちです。
承認業務の負荷や判断のしやすさを考慮しないままでは、形だけの電子化に終わり、脱ハンコは定着しません。
これらの問題は、個別のツールや制度の話ではなく、
判断と承認の設計が整理されていないことに起因しています。
次の記事では、脱ハンコがうまくいかなくなる典型的な失敗パターンを、構造としてもう一段深く分解していきます。
3.立場によって異なる「脱ハンコの悩み」
脱ハンコの受け止め方は一様ではない
「脱ハンコ」に関心を持つ人たちは、同じ言葉を使っていても、見ている課題や悩みの深さは大きく異なります。
この違いを整理せずに情報を集めると、「話が難しすぎる」「それはもう検討済みだ」と感じてしまい、議論が前に進みません。まずは、脱ハンコをどう捉えているかという立場の違いを整理することが重要です。
状態1|違和感はあるが、問題の正体が見えていない
一つ目は、「何となく非効率だ」と感じている状態です。
承認に時間がかかる、紙が多い、押印のための作業が面倒だと感じてはいるものの、それが業務設計の問題なのか、運用の問題なのかまでは見えていません。脱ハンコという言葉を知り、「それが解決策かもしれない」と思っている段階です。
状態2|変えたい気持ちはあるが、どこで詰まるか分からない
二つ目は、脱ハンコを進めたい意識はあるものの、具体化の途中で止まっている状態です。
承認ルートの整理や、現場との調整、例外対応の扱いなど、考えるほど論点が増え、「簡単ではない」と感じ始めます。ツールの話が出ても、「本当にこれで変わるのか」という疑問が残ります。
状態3|判断と選択が求められている段階
三つ目は、業務や対象範囲がある程度見えており、具体的な判断が必要な状態です。
電子承認の方法、法的な扱い、内部ルールとの整合など、選択を誤ると後戻りが難しい論点に直面します。この段階では、一般論よりも実務に即した情報が求められます。

多くの人が最初の二つに留まりやすい理由
多くの企業では、脱ハンコが体系的に整理されないまま議論されています。そのため、違和感はあっても整理の軸がなく、最初の二つの状態を行き来しがちです。
情報が断片的で、「自社の場合はどう考えるべきか」が見えにくいことが、その背景にあります。
本記事が扱う立ち位置の明確化
本記事では、「違和感はあるが、まだ整理できていない」「考え始めたが全体像が見えない」という状態を中心に扱います。
4. 脱ハンコで最初につまずく業務とは
なぜ稟議・申請・承認から話が始まるのか
脱ハンコの話題になると、多くの企業で最初に挙がるのが稟議や各種申請、承認業務です。
その理由は単純で、これらの業務が最も紙とハンコに依存してきた領域だからです。日常的に発生し、関係者も多いため、非効率さが目に見えやすく、違和感として認識されやすいのです。
つまずきやすい業務に共通する特徴
脱ハンコが進みにくい業務には、いくつかの共通点があります。
・承認者が多い
承認者が多い業務ほど、電子化の効果は出にくくなります。
誰の確認が必須なのかが整理されていないまま、慣習的に承認者が追加されていると、ハンコをなくしても回覧の手間は減りません。むしろ、確認待ちの状態が見えづらくなり、滞留が長期化することもあります。
・ルールが曖昧なまま運用されている
「金額によって判断が変わる」「ケースバイケースで対応する」といった曖昧なルールは、紙では暗黙知として処理されてきました。
しかし電子化すると、その曖昧さが露呈します。判断基準が明文化されていない業務ほど、脱ハンコの段階で止まりやすくなります。
・書式が部署ごとにバラバラ
同じ目的の申請でも、部署ごとに書式や記載内容が異なるケースは珍しくありません。
紙の運用では問題になりにくかった差異も、電子化では統一が求められます。この調整を後回しにすると、「一部の業務しか電子化できない」状態に陥ります。
「経費精算だけ電子化」ではなぜ足りないのか
よくある対応として、経費精算だけを先に電子化するケースがあります。
確かに入力や申請は楽になりますが、承認構造が整理されていなければ、最終的な確認や差戻しは変わりません。業務の一部だけを切り出しても、全体の詰まりは解消されないのです。
業務単位ではなく承認構造を見る
脱ハンコを進める上で重要なのは、「どの業務を電子化するか」ではなく、「誰が、何を、どこまで判断するのか」という承認構造を見直すことです。
承認の考え方が整理されて初めて、電子化は業務を前に進める手段として機能します。
5.ツールの前に考えるべきこと
いきなりツールを選ぶと失敗しやすい理由
脱ハンコを進めようとすると、最初に「どのツールを使うか」を考えがちです。しかし、ここから入ると失敗するケースは少なくありません。
理由は単純で、業務や承認の前提が整理されていない状態でツールを当てはめても、問題の形を変えているだけだからです。紙が画面に置き換わっただけで、詰まりどころはそのまま残ります。
本当に考えるべき問いとは何か
ツール選定の前に、立ち止まって考えるべき問いがあります。
誰が判断しているのか
承認ルートに名前が並んでいても、実際に判断している人は限られていることが多くあります。
形式的な承認と、意思決定としての判断を切り分けないままでは、脱ハンコは進みません。
何をもって承認とするのか
「確認した」のか、「内容に責任を持った」のか。
承認の意味が曖昧なままでは、ハンコをなくしても行為の重さは変わらず、形骸化したままです。
例外はどこで吸収しているのか
急ぎ対応や想定外のケースを、誰がどう判断しているのか。
この例外処理が属人化していると、電子化の段階で必ず壁にぶつかります。
承認業務を前提から見直すという考え方
最近では、承認業務そのものを「業務を止める工程」ではなく、「前に進めるための判断プロセス」として捉え直す動きが広がっています。
ジュガールも、ツールありきではなく、承認や判断の構造を整理することが先にあるという思想を大切にしています。脱ハンコは、その延長線上にある取り組みだと考えると、見え方が変わってくるはずです。
おわりに
本記事のまとめ
本記事では、「脱ハンコ」という言葉の表層ではなく、その裏側にある業務構造や承認の前提に目を向けてきました。
ハンコをなくすこと自体が目的ではなく、業務を前に進めるための判断や承認を、どう設計し直すかが本質である、という点が一貫したテーマです。
脱ハンコは入口に過ぎない
紙をなくしても楽にならない企業が多いのは、承認構造や判断の扱い方が変わっていないからです。
脱ハンコはゴールではなく、業務の流れや責任の置き方を見直すための「入口」にすぎません。
次に考えるべきステップ
次の段階では、
- 具体的にどこから設計を見直せばいいのか
- 何を誤ると、電子化が形骸化してしまうのか
といった、より実践的な論点に向き合う必要があります。