この記事のポイント
- なぜ稟議システムがサイバー攻撃の標的になるのか、その理由が分かります。
- 稟議システムに潜む「外部脅威」と「内部脅威」の具体的な手口と、それが業務に与える影響を理解できます。
- 情報漏洩を防ぐために、稟議システム選定時に確認すべきセキュリティ機能のチェックリストが手に入ります。
- 安全なシステムを導入した後に、組織として取り組むべき運用・教育体制の構築方法が学べます。
はじめに:その稟議システム、会社の「アキレス腱」になっていませんか?
稟議プロセスの電子化は、意思決定の迅速化やペーパーレス化によるコスト削減など、多くのメリットをもたらします。しかし、その利便性の裏側で、新たなリスクが静かに増大していることにお気づきでしょうか。
稟議システムには、人事情報、財務データ、顧客との契約内容、新規事業計画といった、企業の根幹をなす機密情報が日々蓄積されています。いわば、会社の「頭脳」とも言える重要な情報が一元管理されているのです。この情報の集約性は、業務効率化の源泉であると同時に、一度情報漏洩が発生した場合の被害を甚大なものにする、諸刃の剣でもあります。
多くの企業が抱える「稟議が遅い」という課題の根本原因が「情報とプロセスの分断」にあるように、セキュリティリスクもまた、この分断によって増幅されます。承認プロセスだけを断片的に電子化し、その後の文書管理やシステム連携の視点が欠けていると、そのシステムは効率化ツールどころか、企業の信頼を根底から揺るがす「アキレス腱」になりかねません。
本記事では、単なる脅威の解説に留まらず、企業の機密情報を守り、持続的な成長を支えるための本質的な対策を提示します。外部からのサイバー攻撃や内部不正といった具体的なリスクを徹底的に解明し、安全な稟議システムを選び抜くための実践的なチェックリスト、そして導入後に組織として取り組むべき運用体制の構築まで、網羅的に解説していきます。
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稟議の遅延や形骸化といった問題の根本原因を深掘りし、その本質的な解決策としての「統合型ワークフロー」の価値を解説します。
→『「稟議が遅い」はなぜ起きる?プロセスの分断を解消する「統合型ワークフロー」という本質的解決策』
第1章:なぜ稟議システムは狙われるのか?機密情報の「重要ハブ」という現実
【本章の要点】 稟議システムは、企業のあらゆる機密情報が集まる「重要ハブ」であるため、サイバー攻撃者にとって非常に価値の高い標的です。導入形態(オンプレミスかクラウドか)の選択は、セキュリティの責任分界点を決定する最初の重要な経営判断となります。
1-1. 稟議システムとは、企業の意思決定を支えるデジタル基盤
現代の企業活動において、稟議システムは組織の意思決定プロセスを電子化し、効率化するための中心的な役割を担っています。一般的に「ワークフローシステム」や「電子決裁システム」とも呼ばれ、日常的な経費精算から、企業の将来を左右する大規模な設備投資やM&Aの意思決定まで、多岐にわたる案件を処理します。
稟議システムの導入は、企業に以下のような大きなメリットをもたらします。
メリット | 具体的な効果 |
迅速化と効率化 | 物理的な書類の回覧が不要になり、承認者は場所を問わずスマートフォンなどから承認できるため、意思決定のスピードが劇的に向上します。 |
透明性の向上 | 「誰が、いつ、何を承認したか」というプロセスが全て電子的に記録(監査ログ)されます。これにより、プロセスの透明性が確保され、内部監査や外部監査への対応も容易になります。 |
内部統制の強化 | 事前に設定された承認ルートと社内規程に則った運用をシステムが強制するため、不正なプロセスや権限の逸脱を防ぎ、組織全体のコンプライアンスを強化します。 |
コスト削減 | ペーパーレス化により、用紙代、印刷費、保管スペースといった物理的なコストを大幅に削減できます。 |
しかし、これらの業務を遂行する過程で、稟議システムは必然的に組織の最も機密性の高い情報が集積する場所となります。この情報の集約性こそが、稟議システムがサイバー攻撃者にとって非常に魅力的な標的となる最大の理由です。攻撃者から見れば、稟議システムを侵害することは、企業の神経中枢にアクセスし、価値ある情報を一網打尽にするための「最短経路」なのです。
1-2. オンプレミスかクラウドか?セキュリティの根幹を左右する最初の選択
稟議システムを導入する際、最初の戦略的判断は、その提供形態を「オンプレミス型」にするか、「クラウド(SaaS)型」にするかという選択です。この決定は、システムのセキュリティ設計、運用責任、コスト構造の根幹を左右する極めて重要な分岐点となります。
オンプレミス型モデル
自社のデータセンター内にサーバーを設置・運用する形態です。
- メリット: 最大限の「コントロール」が可能です。自社の厳格なセキュリティポリシーを隅々まで適用したり、システムを外部ネットワークから完全に隔離したりできます。
- デメリット: 高度なコントロールは、重い「責任」と「コスト」を伴います。システムの構築から、日々の監視、脆弱性への対応、物理的なセキュリティ確保まで、すべてを自社で担う必要があり、高度な専門知識を持つ人材と多額の投資が不可欠です。
クラウド(SaaS)型モデル
サービス提供ベンダーが管理するサーバー上で、システムをインターネット経由で利用する形態です。
- メリット: ベンダーの「専門知識」と「規模の経済」を活用できます。多くの場合、自社単独では実現困難な高レベルのセキュリティ対策が施されており、運用管理の負担も大幅に軽減されます。
- デメリット: 利便性の裏返しとして、「責任共有」と「ベンダー依存」という側面があります。インフラのセキュリティはベンダーが担保しますが、ID管理やアクセス権設定といったアプリケーションレベルのセキュリティは、利用者である企業の責任です。
どちらのモデルが優れているかは一概には言えません。自社のセキュリティ要件、IT人材のリソース、予算などを総合的に評価し、どちらが自社のリスク管理戦略に合致するかを慎重に判断する必要があります。
特徴 | オンプレミス型モデル | クラウド(SaaS)型モデル | 主要な検討事項 |
インフラセキュリティ | 顧客(自社)が全責任を負う | ベンダーが責任を負う | 自社にベンダーを上回るセキュリティ運用能力があるか? |
データ管理 | 完全に自社でコントロール | ベンダーのポリシーに依存 | データ保管場所に関する法規制や社内規定を遵守できるか? |
カスタマイズ性 | 高い | ベンダーの提供範囲に限定 | 自社の特殊な業務プロセスに標準機能で対応可能か? |
必要な専門知識 | 高度な社内専門人材が必須 | ベンダーの専門知識を活用 | セキュリティ人材を自社で確保・維持できるか? |
コスト構造 | 高額な初期投資(CAPEX) | 月額利用料(OPEX) | 予算は設備投資か運用費用か? |
保守・パッチ適用 | 顧客(自社)が全責任を負う | ベンダーが責任を負う | 迅速な脆弱性対応を自社で継続的に実施できるか? |
第2章:稟議システムに潜む脅威の全体像:外部からの攻撃と内部のリスク
【本章の要点】 稟議システムが直面する脅威は、技術的な脆弱性を狙う「外部脅威」と、組織内部の人間やプロセスに起因する「内部脅威」の二つに大別されます。これらは相互に関連し合っており、包括的な防御戦略が不可欠です。
2-1. 【外部脅威】システムの脆弱性や従業員を狙うサイバー攻撃
外部脅威とは、組織外の攻撃者が金銭や機密情報を目的として、システムの防御を突破しようとする攻撃です。以下の表で、主な攻撃手法とその影響を確認しましょう。
攻撃の分類 | 主な攻撃手法 | 手口の概要 | 業務への影響 |
アプリケーションの脆弱性 | SQLインジェクション | 検索窓などの入力フォームに不正な命令文を注入し、データベースを直接操作する。 | 認証回避、データ閲覧・改ざん、全データの窃取。 |
クロスサイトスクリプティング(XSS) | コメント欄などに悪意あるスクリプトを埋め込み、閲覧者のブラウザで実行させる。 | アカウント乗っ取り、なりすましによる不正承認。 | |
認証情報の窃取 | フィッシング | 正規の通知を装った偽メールで偽サイトに誘導し、IDとパスワードを盗む。 | アカウント乗っ取り、不正送金指示、情報漏洩。 |
パスワードリスト攻撃 | 他サービスから漏洩したID・パスワードのリストを使い、ログインを機械的に試行する。 | パスワード使い回しによるアカウント乗っ取り。 | |
サプライチェーン攻撃 | OSSの脆弱性 | システムを構成するオープンソース部品の脆弱性を突き、システム全体へ侵入する。 | ベンダーの対応が遅れると、システム全体が危険に晒される。 |
連携サービスの侵害 | 会計システムなど連携先のサービスを踏み台にして、稟議システムへ侵入する。 | 取引先のセキュリティレベルが自社のリスクに直結する。 |
2-2. 【内部脅威】悪意ある従業員と、統制なきプロセスの落とし穴
情報処理推進機構(IPA)の調査によれば、情報漏洩の原因として、外部からの攻撃だけでなく、内部関係者による不正やミスが大きな割合を占めることが指摘されています。これらのリスクは、ワークフローと文書管理が分断されている場合に、より深刻化します。
悪意ある内部関係者による不正
意図的にルールを破り、私的な利益のために情報を悪用したり、システムを不正に操作したりする行為です。
- 特権ID(管理者権限)の濫用: 最も深刻なリスクの一つです。システム全体に対する強力な権限を持つ管理者が悪意を持った場合、あらゆるアクセス制御を回避し、承認フローを不正に改ざんし、犯行の証拠となる監査ログを消去することさえ可能です。
- 金銭的な詐欺: 従業員が架空の請求書を自分で起票し、自分で承認する、あるいは経費を水増し請求するといった手口です。適切なチェック機能がシステムに実装されていない場合、稟議システムが詐欺行為を効率化するツールとして悪用されます。
- データの不正な持ち出し: 退職予定の従業員が、転職先での利益や売却目的で、稟議書に含まれる顧客リストや技術情報といった営業秘密を不正に持ち出すケースが後を絶ちません。
関連記事:AIが不正の兆候を検知する未来
AIを活用した「ワークフロー4.0」の時代では、過去の膨大なデータから不正の兆候をAIが学習し、インシデントを未然に防ぐ「予測的セキュリティ」も可能になりつつあります。
→『ワークフロー4.0の全貌|自律型AIチームが経営を加速させる未来』
意図しないヒューマンエラーとプロセスの欠陥
悪意はないものの、結果として深刻な情報漏洩につながる過失です。特に、承認プロセスと文書の保管場所が分断されていると、これらのリスクは増大します。
- アクセス権の誤設定と「野良ファイル」問題: 多くのワークフローシステムでは、決裁が完了した文書はPDFなどとして出力され、ファイルサーバーなどに手動で保管されます。この瞬間、文書はシステムの統制下から外れ、アクセス権の管理が困難な「野良ファイル」と化します。本来役員しか見れないはずのM&Aに関する稟議が、誤ったフォルダに置かれ、誰でも閲覧可能になってしまうといった事態は、この「ガバナンスの崖」で発生します。
- デバイスの紛失・盗難: 稟議システムにログインしたままの業務用スマートフォンやノートPCを紛失・盗難された場合、第三者にシステムを直接操作される危険があります。
関連記事:決裁後の文書管理こそがセキュリティの要
「野良ファイル」問題の根本解決には、承認から保管、廃棄までを一元管理する「文書ライフサイクル管理」の視点が不可欠です。
→『文書ライフサイクル管理とは?ワークフローで実現する堅牢な内部統制システム構築ガイド』
第3章:情報漏洩を防ぐ!セキュアな稟議システムの選定チェックリスト
【本章の要点】 安全な稟議システムを選ぶためには、機能の比較だけでなく、セキュリティを最優先事項としたデューデリジェンス(適正評価)が不可欠です。アクセス制御や暗号化といった技術的な機能に加え、ベンダーの信頼性や、将来の拡張性までを客観的な指標で評価することが重要です。
稟議システムの選定プロセスは、単なる機能比較に終わらせてはなりません。以下のチェックリストを活用し、自社の機密情報を託すに値する、堅牢なシステムを選び抜きましょう。
関連記事:自社に最適なシステムを見抜くために
稟議・ワークフローシステムのより詳細な機能比較や価格相場については、こちらの記事で詳しく解説しています。
→『稟議システムの選び方|失敗しないための機能比較7つのポイントと価格相場』
3-1. 中核となるセキュリティ機能(技術スタック)
これらは、安全なシステムの土台となる、交渉の余地のない必須機能です。
- アクセス制御:
- ロールベースアクセス制御(RBAC)は可能か?
- 解説: 個々のユーザーではなく、その職務上の役割(例:申請者、部長、経理担当)に基づいてアクセス権限を細かく設定できる機能です。これにより、各従業員には業務に必要な最小限の権限のみが付与される「最小権限の原則」を徹底できます。
- 確認ポイント: 「営業担当は申請のみ可能」「部長は配下メンバーの申請のみ承認可能」といった、柔軟な権限設定ができるかを確認します。
- 多要素認証(MFA)を必須化できるか?
- 解説: IDとパスワードに加えて、スマートフォンアプリへの通知やSMSコードなど、本人しか持ち得ない要素を組み合わせる認証方式です。
- 確認ポイント: たとえパスワードが漏洩しても、MFAが不正ログインを防ぐ最後の砦となります。全ユーザーに対してMFAを強制できる設定があるかは、極めて重要な選定基準です。
- データ保護:
- 通信と保管データの両方が暗号化されているか?
- 解説: データは、通信経路上(in-transit)とデータベース内(at-rest)の両方で暗号化されている必要があります。
- 確認ポイント: 通信は最新の暗号化プロトコル(TLS 1.2以上)に対応しているか、データベースに保存される稟議データや添付ファイルも暗号化されているか、ベンダーに確認しましょう。
- 改ざん不可能な監査ログは取得できるか?
- 解説: ログイン、申請、承認、設定変更といった全ての操作について、「誰が、いつ、何をしたか」を詳細かつ改ざん不可能な形式で記録・保管する機能です。
- 確認ポイント: 万が一インシデントが発生した際の原因究明や、監査対応において不可欠です。ログが長期間、安全に保管されることを確認します。
3-2. ベンダーの信頼性と保証(パートナー評価)
システムの機能だけでなく、それを提供するベンダー自体のセキュリティ体制も厳しく評価する必要があります。
- 第三者機関によるセキュリティ認証を取得しているか?
- 解説: ベンダーのセキュリティ体制が、客観的な基準で評価されているかを示す指標です。
- 確認ポイント: 情報セキュリティマネジメントの国際規格である「ISO/IEC 27001(ISMS認証)」や、クラウドサービスの内部統制を評価する「SOC2報告書」などを取得しているかを確認します。これらの認証は、信頼性の高いベンダーを見分けるための試金石となります。
- 脆弱性管理体制は確立されているか?
- 解説: 自社製品の脆弱性をどのように発見し、修正しているかという、ベンダーのセキュリティに対する姿勢を示します。
- 確認ポイント: 定期的な第三者による脆弱性診断(ペネトレーションテスト)を実施しているか、脆弱性を発見した外部の研究者に報奨金を支払う「脆弱性報奨金制度(バグバウンティ)」を設けているかなどを確認しましょう。後者の制度があるベンダーは、セキュリティに対する意識が非常に高いと言えます。
- サービスレベル合意(SLA)でセキュリティ要件が保証されているか?
- 解説: 特にクラウドサービスの場合、システムの可用性(稼働率)や、セキュリティインシデント発生時の対応プロセスなどを契約として保証するものです。
- 確認ポイント: インシデント発生時に「何時間以内に通知されるのか」「どのような対応が取られるのか」がSLAで明確に定義されているかを確認します。
3-3. 統合性と将来性(ビジネス適合性)
目先のセキュリティ機能だけでなく、将来の事業成長やDX戦略に耐えうるかも重要な選定基準です。
- 業務プロセス全体をカバーできるか?
- 解説: 承認プロセスだけでなく、その後の文書保管・管理までを一気通貫でカバーできるかは、セキュリティガバナンスの観点から非常に重要です。
- 確認ポイント: 決裁後の文書が自動でファイリングされ、適切な保存期間が設定されるなど、文書ライフサイクル管理の機能が備わっているかを確認します。これが、前述の「野良ファイル」問題の根本的な解決策となります。
- AIの活用度は実用的か?
- 解説: AIは単なるバズワードではありません。これからのセキュリティにおいて重要な役割を担います。
- 確認ポイント: 添付された契約書のリスクをAIが自動でチェックしたり、過去のデータから不正な申請パターンを検知したりするなど、人間の「判断」を支援し、セキュリティを強化する実用的なAI機能が搭載されているかを確認します。これは「ワークフロー4.0」で提唱される、より高度な自動化への第一歩です。
- 乱立するSaaSを束ねる「ハブ」となれるか?
- 解説: 稟議システムは、多くのSaaSと連携する業務プロセスの中心に位置します。
- 確認ポイント: 豊富なAPIを備え、他のシステムとの連携が容易な「統合型ワークフローシステム」であるかを確認します。承認プロセスを一元化することは、セキュリティポリシーを一貫して適用する上で不可欠です。
カテゴリ | チェック項目 | 確認すべきこと |
A. アクセス制御 | 詳細なロールベースアクセス制御(RBAC) | 職務に基づいた権限設定(作成、閲覧、編集、承認、削除)が可能か? |
多要素認証(MFA)の必須化 | 全てのユーザーに対してMFAを強制できるか? | |
B. データ保護 | 通信と保管データの暗号化 | 通信はTLS 1.2以上か?データベース内のデータも暗号化されているか? |
改ざん不可能な監査ログ | 全てのユーザーおよび管理者の操作履歴が記録され、変更・削除できない仕様か? | |
C. ベンダー信頼性 | 第三者認証の取得 | ISO 27001やSOC 2 Type2などの有効な認証を保持しているか? |
脆弱性管理プログラム | 脆弱性報奨金制度や定期的な脆弱性診断を実施しているか? | |
D. 統合性と将来性 | 文書ライフサイクル管理 | 決裁後の文書保管・保存・廃棄までを一元的に管理し「野良ファイル」化を防げるか? |
実用的なAI機能 | 申請内容のリスクチェックなど、人間の判断を支援しセキュリティを強化するAIがあるか? | |
APIによる拡張性 | 他のSaaSと連携し、承認プロセスとセキュリティポリシーを全社で統一できるか? |
第4章:テクノロジーだけでは不十分!導入後に構築すべき「人的防御壁」
【本章の要点】 最先端のセキュリティ機能を備えたシステムを導入しても、それを使う「人」や運用する「プロセス」に問題があれば、安全性は容易に損なわれます。テクノロジーを支える、厳格な運用プロセスとセキュリティ意識の高い組織文化の醸成が不可欠です。
4-1. 厳格なアクセス権管理(ガバナンス)の徹底
システム導入後のセキュリティは、日々のアクセス権管理にかかっていると言っても過言ではありません。これは「文書ライフサイクル管理」の根幹をなす活動です。
- 最小権限の原則の実践:
システム選定時に確認したRBAC機能を活用し、各従業員の役割(ロール)の権限を「業務上、知る必要があり、実行する必要がある」情報や操作に限定して厳密に定義します。権限は、必要最小限でなければなりません。 - 定期的なアクセス権レビュー(ID棚卸):
四半期に一度など、定期的に各部門長が配下メンバーのアクセス権限をレビューし、その正当性を再承認する公式なプロセスを導入します。これにより、異動や退職によって不要になった権限や、業務内容の変化に伴い過剰となった権限を発見し、修正することが可能になります。 - IDライフサイクル管理の自動化:
従業員の入社、異動、退職に合わせて、アクセス権を迅速に付与、変更、そして「削除」するプロセスを確立します。特に退職者のアカウントは、最終出社日をもって即座に無効化することが、情報漏洩を防ぐ上で極めて重要です。可能であれば、人事システムと連携し、このプロセスを自動化することが望ましいです。
4-2. 全従業員を対象とした継続的なセキュリティ教育
セキュリティにおける最も弱いリンクは、しばしば「人」であると言われます。全従業員を対象とした継続的な教育を通じて、組織全体のセキュリティ意識を高めることが不可欠です。
- セキュリティポリシーの周知徹底:
情報の取り扱いルール、パスワードポリシー、私物デバイスの利用規定など、組織のセキュリティポリシーを全従業員が理解し、遵守するよう徹底します。 - 脅威に特化した実践的な訓練:
- フィッシング訓練: 疑似的な標的型攻撃メールを定期的に送信し、従業員が不審なメールを識別し、開封せずに情報システム部門へ報告する能力を養います。これは、実際の攻撃に対する「免疫」を高める上で非常に効果的です。
- パスワード衛生教育: パスワードの使い回しを禁止し、長く複雑なパスワードの設定を義務付けます。また、パスワードマネージャーの利用を推奨し、安全なパスワード管理を支援します。
4-3. 「万が一」に備えるインシデントレスポンス計画
どれだけ対策を講じても、セキュリティインシデントの発生確率をゼロにすることはできません。重要なのは、インシデントが「起こり得るもの」として、発生時の対応を事前に計画しておくことです。
- シナリオベースの対応手順書(プレイブック)の策定:
「ランサムウェアに感染した場合」「不正承認が発覚した場合」など、具体的な脅威シナリオごとに、検知、分析、封じ込め、復旧、報告に至るまでの詳細な手順を文書化しておきます。 - 明確な役割と責任の定義:
インシデント発生時に誰が指揮を執り、誰が技術的な対応を行い、誰が経営層や外部へ報告するのか、といった役割分担(インシデント対応チーム:CSIRT)を事前に明確に定めておきます。 - 定期的な演習と計画の見直し:
策定した計画が机上の空論で終わらないよう、図上演習などを通じて定期的にテストし、問題点を洗い出して計画を継続的に改善していくことが重要です。
防御の柱 | 主な対策内容 |
プロセス (Process) | 最小権限の原則を徹底し、定期的なアクセス権レビュー(ID棚卸)を制度化する。IDのライフサイクル管理を確立する。 |
人 (People) | 全従業員を対象に、フィッシング訓練など実践的なセキュリティ教育を継続的に実施し、セキュリティ意識を文化として根付かせる。 |
準備 (Preparation) | インシデントは起こる前提で、具体的な対応手順と責任体制を定めた計画(プレイブック)を策定し、定期的に訓練を行う。 |
まとめ:技術・プロセス・人の三位一体で、強固な承認プロセスを構築する
稟議システムは、企業の意思決定を加速させる強力なツールである一方、その情報の集約性から、サイバー攻撃や内部不正の格好の標的となります。情報漏洩という深刻な事態を防ぐためには、単に高機能なシステムを導入するだけでは不十分であり、セキュリティを経営の最重要課題の一つとして捉える、多層的かつ継続的なアプローチが求められます。
安全な稟議システムの構築は、以下の三つの柱によって支えられています。
- 堅牢なテクノロジーの選定: アクセス制御(RBAC, MFA)、データ保護(暗号化)、監査能力といった中核的なセキュリティ機能を厳格に評価し、第三者認証などで信頼性が証明されたベンダーのシステムを選定すること。
- 厳格な運用プロセスの確立: 導入後、最小権限の原則に基づいたアクセス権の付与や、定期的なアクセス権レビュー(ID棚卸)といった、地道ながらも極めて重要な運用プロセスを継続的に実行すること。
- セキュリティ意識の高い組織文化の醸成: フィッシング訓練などの継続的な従業員教育を通じて、組織全体のセキュリティ意識を高め、人間を「最も弱いリンク」から「最初の防衛線」へと変えること。
これら技術・プロセス・人の三位一体となった防御体制を構築し、それを常に評価・改善していくことこそが、企業の機密情報を保護し、信頼と競争力を維持するための唯一の道筋です。
本記事で解説したような多層的なセキュリティ対策は、個別のツールを組み合わせて実現するのは非常に困難であり、管理も煩雑になります。だからこそ、セキュリティとガバナンスが設計思想に組み込まれ、業務プロセス全体をカバーする「統合型ワークフロー」の重要性が増しています。ジュガールワークフローは、堅牢なセキュリティ基盤の上で、稟議プロセスだけでなく、その後の文書ライフサイクルまでを一元的に統制します。これにより、企業はセキュリティリスクを低減しながら、安心してDXを推進することが可能になります。
引用文献
- タイトル: 情報セキュリティ10大脅威 2024
- 提供者: 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
- URL: https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2024.html
- タイトル: 中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン
- 提供者: 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
- URL: https://www.ipa.go.jp/security/guide/sme/index.html
- タイトル: サイバーセキュリティ経営ガイドライン Ver 3.0
- 提供者: 経済産業省、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
- URL: https://www.ipa.go.jp/
稟議システムのセキュリティに関するよくある質問(FAQ)
A1: 最も重要なのは「アクセス権の管理」です。たとえシステム自体が堅牢でも、権限設定が不適切であれば、内部不正や設定ミスによる情報漏洩のリスクが残ります。「誰が、どの情報に、どこまでアクセスできるのか」を業務上の必要最低限に絞る「最小権限の原則」を徹底することが基本中の基本です。
A2: 一概にそうとは言えません。信頼できるベンダーが提供するクラウドサービスは、多くの中小企業が自社で構築するよりも高レベルなセキュリティ対策が施されている場合が多いです。重要なのは、ベンダーがどのようなセキュリティ対策を講じ、ISO27001などの第三者認証を取得しているかを確認することです。セキュリティは「自社管理か、他社依存か」ではなく、「誰が、どのようなレベルで管理しているか」で評価するべきです。
A3: 「統合型ワークフロー」は、承認プロセスと文書管理を一つのシステムで完結させるため、「ガバナンスの分断」を防ぎます。決裁後の文書が管理外の「野良ファイル」になるリスクを根本からなくし、文書の作成から廃棄まで一貫したセキュリティポリシーを適用できます。これにより、アクセス権の誤設定といったヒューマンエラーが起こりにくくなり、セキュリティレベルが大幅に向上します。
A4: AIは、セキュリティを強化する上で重要な役割を果たします。例えば、過去の膨大な承認データから「通常とは異なるパターン」の申請(例:深夜の経費申請、通常より極端に高額な請求)をAIが自動で検知し、承認者にアラートを出すことができます。これにより、人間の目だけでは見逃しがちな不正の兆候を捉え、インシデントを未然に防ぐ「予測的セキュリティ」の実現が期待されます。
A5: パニックにならず、事前に定めた「インシデントレスポンス計画」に従って行動することが重要です。まずは被害の拡大を防ぐための初動(ネットワークからの隔離など)を行い、速やかに経営層やインシデント対応チームに報告します。そして、原因の調査、影響範囲の特定、関係各所(監督官庁や顧客など)への報告、復旧作業、再発防止策の策定といった手順を、計画に沿って冷静に進める必要があります。