はじめに:その承認、会社の「ブレーキ」になっていませんか?

成長を目指すベンチャー・スタートアップの経営者様。孤独な判断、増え続ける業務、そして信頼していたはずの仲間とのすれ違い…。そんな悩みを抱えていませんか?

会社の意思決定、特に昔ながらの「稟議」は、スピードを落とす「ブレーキ」に見えるかもしれません。一方で、「信頼できるから」と特定の人物に判断を任せきりにすることが、かえって不正の温床となり、経営者が「裏切られた」と感じるような悲劇を生むことさえあります。なぜなら、投資家から託された資金は、個人の信頼関係だけで管理できるほど単純ではないからです。

この記事は、「稟議は必要か」という議論をするものではありません。真のテーマは、会社の成長を加速させる「アクセル」として機能する、シンプルで強い承認の「仕組み」をどう作るかです。

この記事を読めば、経営者の皆様が日々の細かい判断から解放され、安心して事業に集中できる「仕組み」の作り方が分かります。そして、その仕組みづくりは、あなたが思うよりずっと簡単で、確実な一歩から始められるのです。

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第1章:なぜ、創業期の「勢い」だけでは乗り越えられない壁が来るのか?

【本章の概要】

この章では、多くのスタートアップが経験する、創業者ひとりの判断で進めていた状態から、ちゃんとした承認の仕組み(プロセス)が必要になる理由を解説します。創業期のスピード感の裏に潜むリスクと、会社が大きくなるにつれて、なぜ「仕組み化」が避けて通れないのかをお伝えします。

1-1. 昔ながらの「稟議」が、なぜスタートアップに合わないのか?

そもそも、なぜ昔ながらの稟議は「スタートアップに合わない」と言われるのでしょうか。稟議は、もともと一人の暴走を防ぎ、みんなで話し合って決めるための優れた仕組みです。しかし、そのやり方には、今の時代のスタートアップにとって致命的ないくつかの問題点があります。

  • とにかく時間がかかる: 紙の書類をハンコをもらうために回していると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。ビジネスチャンスは待ってくれません。
  • 誰の責任か、あいまいになる: たくさんの人がハンコを押すと、「みんなで決めたこと」になり、最終的に誰が責任を持つのかが分かりにくくなります。
  • ルールがガチガチで、動きにくい: 一度決まったやり方を変えにくく、急なトラブルや新しいアイデアに素早く対応できません。

これらの問題点は、スピードが命のスタートアップの考え方とは、真逆の方向を向いています。

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1-2. 「見えない借金」になっていませんか?ルールがないことのリスク

多くのスタートアップは、創業者の「即断即決」で急成長します。このスピード感は、間違いなく会社の強みです。

しかし、そのスピードと引き換えに、将来もっと大きな問題になって返ってくる「見えない借金」を抱え込んでいる可能性を見過ごしてはいけません。

  • 創業者ひとりに頼りすぎるリスク: すべての判断を創業者ひとりがしていると、会社が大きくなるにつれて必ず限界が来ます。経営者は本来やるべき未来を創る仕事ができなくなり、会社全体の成長が止まってしまいます。
    なぜ、これが致命的なのか? ベンチャー・スタートアップは、投資家から託された貴重な資金で運営されています。そのお金は、決して「誰でも自由に使ってよい」ものではありません。創業者ひとりに判断が集中すると、ミスも起きやすくなり、最悪の場合、会社の資金が個人の目的のために使われてしまうといった事態も起こりかねません。この状況を解決しようと「信頼できる右腕に任せる」という判断が、実は最も危険な罠なのです。人を信じることは大切ですが、会社のお金を守るためには「人」ではなく「仕組み」を信じる必要があります。明確なルールやチェック機能がないまま仕事を任せることは、任された人の負担を増やすだけでなく、不正が起きやすい環境を作ってしまうことにつながります。
  • 「なぜ決めたか」が記録に残らない: 口約束やチャットだけで物事を決めると、後から「なぜあの時、そう決めたんだっけ?」と誰も説明できなくなります。これでは失敗から学べませんし、投資家から説明を求められても困ってしまいます。
  • 指示がバラバラで、現場が混乱する: 口頭での指示は、人によって受け取り方が違い、現場の混乱を招きます。これは、時間と労力のムダ使い以外の何物でもありません。

1-3. そろそろ「仕組み」が必要になる、3つのタイミング

「勢い」や「信頼」だけでは乗り切れなくなるタイミングは、必ずやってきます。それは失敗ではなく、会社が成長している証拠です。特に、以下の3つのタイミングは、仕組みづくりを始めるべきサインです。

  1. 投資家からお金を集めるとき:
    なぜ、投資家は「仕組み」を求めるのか? それは、自分たちが出したお金が、個人の思いつきではなく、会社の公式なルールに基づいて、事業を成長させるために正しく使われることを確認したいからです。投資家は、一人の天才にではなく、会社という「チーム」と「仕組み」に投資します。誰が何を決めるかというルール(権限移譲)と、会社のお金や情報を守るための仕組み(内部統制)がなければ、投資家からの信頼を得て、次のステージへ進むことは不可能です。
  2. 社員が急に増えたとき:
    社員が50人を超えてくると、もう創業者ひとりの声は全員に届きません。これまでのような、阿吽の呼吸でのコミュニケーションは通用しなくなります。
  3. 上場(IPO)や会社の売却(M&A)を考え始めたとき:
    会社の価値を審査する監査法人や証券会社は、「会社を守る仕組みがきちんと機能しているか」を厳しくチェックします。この段階でしっかりとした仕組みがなければ、話は前に進みません。

こうしたタイミングで、これまでのやり方から「仕組み」で動く会社へと切り替えること。それは、創業者個人の能力を、会社全体の強さへと変えるための、重要なステップなのです。

【第1章のまとめ】

項目内容
昔ながらの稟議の課題時間がかかりすぎ、責任があいまいになるなど、スピードが命のスタートアップには合わない。
ルールがないことのリスク創業者ひとりに負担が集中し、投資家から預かったお金の管理も危うくなる「見えない借金」を抱えることになる。
仕組みが必要になるタイミング資金調達、社員の急増、上場準備など、会社のステージが変わるときに、仕組み化は避けて通れない。
仕組み化の本質創業者個人の力に頼る経営から、チームと仕組みで成長する会社へと進化すること。

第2章:会社の成長に合わせた「守りのルール」作り方ロードマップ

【本章の概要】

会社の承認ルールは、一度作ったら終わりではありません。会社の成長に合わせて、柔軟に変えていくべき「生き物」です。この章では、会社の規模に合わせて、具体的にどのようなルールを作っていけばよいのかを、3つのステップに分けて分かりやすく解説します。

2-1. まずはここから(従業員〜20名):簡単なルールを紙一枚にまとめる

この時期は、スピードが何よりも大切です。分厚いルールブックを作る必要は全くありません。目的は、会社を揺るがすような致命的な失敗を防ぐための、最低限のブレーキをかけることです。

やるべきことは、たった一つ:シンプルな「お金と人の決定ルール」を作ること

誰が、何を、いくらまで決めて良いのか。これを紙一枚に書き出すだけで十分です。

  • 決めるべきことの例:
  • 〇〇円以上の備品を買うとき
  • 新しい人を雇うとき
  • 大事なツールを導入するとき
  • 外部との契約を結ぶとき
  • 誰が決めるか
  • ほとんどのことは、創業者や社長が決める、でOKです。
  • どうやって管理するか
  • メールや共有ドキュメントで十分。大切なのは、「ルールがある」という事実を全員で共有しておくことです。

この時期にやってはいけないのは、大企業のような細かいルールを真似すること。まずは、大きな失敗を防ぐためのガードレールを設置する、という意識でいましょう。

2-2. チームが大きくなったら(20〜100名):ツールを使って仕組み化する

社員が増え、マネージャーが生まれるこの時期は、ルールも次の段階へ進化させる必要があります。目標は、社長がすべてを管理しなくても、現場がスムーズに動き、会社全体としてパワーアップすることです。

やるべきこと:

仕事を任せるための「権限移譲」と、ルールのアップデート
仕事を任せる(権限移譲)覚悟があるか。それこそが、個人商店の店主と、大きな成長を遂げるベンチャー経営者を分ける、決定的な違いです。 創業者一人の力には限界があります。大きな夢を叶えるには、チームで戦わなければなりません。そのためには、個人の頑張りに頼るのではなく、ルールと仕組みで仕事を任せることが不可欠です。
この段階で適切に仕事を任せることは、会社の効率を上げるだけでなく、経営者であるあなた自身を日々の細かい判断から解放し、未来を創るための時間と心の余裕を生み出すための、最も重要な一歩なのです。

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便利なITツール(ワークフローシステム)を導入する
メールやチャットでのバラバラな承認依頼は、もう卒業です。ツールを導入する目的は、「効率化」「見える化」そして「記録を残す」こと。使いやすくて、スマホでも使えて、今使っているチャットツールと連携できるものがおすすめです。

「会社を守るルール(内部統制)」を意識し始める
難しく考える必要はありません。「会社の業務が、効率よく正しく行われているか」「お金の報告は信頼できるか」「法律は守られているか」「会社の資産は守られているか」という4つの点を意識し始める、ということです。導入したツールは、投資家に「うちは、ちゃんとしていますよ」と説明するための、力強い証拠になります。

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2-3. 上場を目指すなら(100名〜):プロも納得する盤石な体制を作る

上場(IPO)を目指すなら、会社のルールはプロの投資家たちの厳しいチェックに耐えられるレベルまで引き上げる必要があります。

やるべきこと:

  1. 上場企業レベルのルール(J-SOX)に対応する
    これは必須科目です。目的は、単なる業務効率化ではなく、「お金の報告の信頼性を保証し、不正を防ぐこと」に変わります。すべての承認の流れを、後から誰でも検証できるように文書化する必要があります。
  2. 書類の一生を管理する(文書ライフサイクル管理)
    監査のプロが見るのは、承認のプロセスだけではありません。承認された後の書類(契約書や稟議書など)が、きちんと「保管」され、決められた期間が過ぎたら正しく「廃棄」されるかまで、書類の一生すべてをチェックします。この視点を持つことが、プロの信頼を勝ち取る鍵です。▼あわせて読みたい
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    承認された後の重要書類が、管理不能な「野良ファイル」になっていませんか?書類が作られてから捨てられるまで、その一生を管理し、会社を守る方法を解説します。
  3. 管理部門にプロフェッショナルを迎える
    経理、財務、内部監査といった仕事は、もう兼任では回せません。専門知識を持つプロをチームに迎え、会社の守りを固めることが不可欠です。
  4. ルールを定期的に見直す
    会社のルールは、一度作ったら終わりではありません。会社の成長や市場の変化に合わせて、常に最新の状態にアップデートし続けることが大切です。

【第2章のまとめ】

成長フェーズ従業員数(目安)やること(目的)具体的なアクション
創業期〜20名致命的な失敗を防ぐ・簡単な「お金と人の決定ルール」を紙一枚にまとめる
成長期20〜100名社長がいなくても会社が回るようにする・仕事を任せるためのルール作り<br>・ITツールの導入<br>・「会社を守るルール」を意識し始める
拡大期(上場準備)100名〜プロの投資家から信頼される会社になる・上場企業レベルのルールに対応<br>・書類の一生を管理する<br>・管理部門をプロ化する<br>・ルールを定期的に見直す

第3章:便利なツールは、会社の成長を加速させる「武器」になる

【本章の概要】

この章では、昔ながらの紙での稟議を、会社の成長を加速させる「アクセル」に変える、便利なITツール(ワークフローシステム)の具体的な活用法を解説します。ツールがもたらす本当のメリットや、自社に合ったツールを選ぶためのチェックポイントなど、経営者が知っておくべき「武器」の選び方・使い方をお伝えします。

3-1. なぜITツールが「会社の成長を加速」させるのか?

ITツールを導入するメリットは、単に紙がなくなることではありません。経営に直接プラスになる、4つの大きな効果があります。

  • もっと速く決まる、だからチャンスを逃さない: 書類を持って走り回る必要がなくなり、社長やマネージャーはスマホ一つで、いつでもどこでも承認できます。これにより、意思決定のスピードが劇的に上がり、ビジネスチャンスを逃しません。
  • すべてが見えるようになる、だから問題がすぐ分かる: 「あの件、今どこで止まってる?」という確認作業がゼロになります。誰のところで承認が止まっているかが一目瞭然なので、問題解決もスピーディーです。
  • 不正やミスが起きにくくなる、だから会社を守れる: 「誰が、いつ、何を決定したか」がすべて自動で記録され、後から改ざんできません。これは、会社の正しさを証明する強力な証拠となり、内部監査や上場審査(IPO)の際にも非常に重要です。
  • ムダなコストが減り、改善点が見つかる: 紙代や印刷代、保管場所といった目に見えるコストが削減できるだけでなく、蓄積されたデータから「なぜこの業務はいつも時間がかかるのか?」といった改善のヒントが見つかります。

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3-2. どんなツールを選べばいい?5つのチェックポイント

スタートアップがツールを選ぶときは、大企業向けの多機能すぎるものではなく、自社の今の規模とこれからの成長に合ったものを選ぶことが大切です。以下の5つの点をチェックしましょう。

  1. 会社のルールを再現できるか?(柔軟性): 「〇〇円以上の場合は社長の承認が必要」といった、自社のルール通りに承認の流れを自由に設定できるか。
  2. ITに詳しくなくても使えるか?(使いやすさ): 社員全員が、マニュアルを読まなくても直感的に使えるくらい、シンプルで分かりやすいか。
  3. 今使っているツールと連携できるか?(連携性): Slackなどのチャットツールや、会計ソフト、電子契約サービスと簡単につなげられるか。
  4. スマホで完結するか?(モバイル対応): 外出先や移動中でも、スマホだけで全ての承認作業がストレスなく行えるか。
  5. 会社の情報をしっかり守れるか?(セキュリティ): 大事な情報を預けるのに十分なセキュリティ対策がされているか。国際的な認証(ISO 27001など)を取得しているかは、一つの目安になります。

特に、「今使っているグループウェアのおまけ機能で十分か、それとも専門のツールが必要か」という点は、最初の大きな分かれ道になります。

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3-3. 導入で失敗しないための、ちょっとしたコツ

良いツールを選んでも、使い方を間違えると宝の持ち腐れです。成功の秘訣は、組織的なアプローチにあります。

  • 「なぜやるのか」を自分の言葉で伝える: 「みんなを管理するため」ではなく、「ムダな作業をなくして、もっと面白い仕事に集中するため」というポジティブな目的を、経営者自身の言葉で伝えましょう。
  • 今のやり方を、そのままデジタル化しない: ツール導入は、今の非効率なやり方を見直す絶好のチャンスです。「この承認、本当に必要?」と一つひとつ見直してみましょう。
  • 小さく始めて、大きく育てる: いきなり全社で導入するのではなく、まずは一つの部署や、経費精算のような分かりやすい業務から試してみるのが成功のコツです。
  • 使い方を丁寧にサポートする: 簡単な説明会を開いたり、質問窓口を用意したりして、全員が安心して使えるようにサポートしましょう。

【第3章のまとめ】

項目内容
ツールのメリット意思決定のスピードアップ、業務の見える化、会社を守る仕組みの強化、コスト削減など、経営に直結する価値がある。
ツールの選び方「柔軟性」「使いやすさ」「連携性」「モバイル対応」「セキュリティ」の5つの観点で、自社の成長に合ったものを選ぶ。
導入成功のコツ目的の共有、今の業務の見直し、小さく始める、丁寧なサポート、といった組織的な進め方が不可欠。

第4章:会社の「憲法」を作ろう|誰でも判断に迷わないルール設計図

【本章の概要】

この章では、導入したITツールを賢く動かすための「設計図」の作り方を解説します。会社の意思決定の土台となる「誰が何を決めるか」というルールブックの作り方から、承認のムダをなくす考え方まで、シンプルで強い仕組みを作るためのヒントをお伝えします。

4-1. 「誰が何を決めるか」のルールブックを作ろう

このルールブック(決裁権限規程)は、会社の意思決定における「憲法」です。誰が見ても分かるように、シンプルで、モレがなく、論理的であることが大切です。

ルール作りの切り口:

以下の3つの視点でルールを整理すると、分かりやすくなります。

  • 何についての決定か?(案件の種類): 「契約」「備品購入」「採用」など、テーマごとにルールを分けます。
  • いくらの決定か?(金額): 最も分かりやすい基準です。「50万円までは部長」「500万円までは役員」のように、金額で判断のレベルを分けます。
  • 誰(どの部署)の決定か?(役職・部門): 「広告費のことはマーケティング部長」「システムのことはCTO」のように、専門分野ごとに責任者を決めます。

大切な考え方:「リスクの大きさに合わせる」

すべての決定に、同じ数のハンコは必要ありません。承認のステップや関わる人の数は、その決定のリスクと金額の大きさに比例させるべきです。月額1万円のツールの契約と、年間1,000万円の広告契約の承認プロセスが同じである必要はありません。このメリハリをつけることが、スピードと安全性を両立させる鍵です。

4-2. 承認のハンコは、本当に全部必要?ムダを減らす考え方

会社の承認プロセスは、気づかないうちにどんどん複雑になりがちです。設計図を作るときは、「足す」ことより「引く」ことを意識しましょう。

  • 「このハンコ、本当に必要?」と問いかける:
    承認ルートにいる一人ひとりについて、「この人は本当に『決断』をしているのか?それとも、ただ『情報を知りたい』だけなのか?」と考えてみましょう。後者であれば、承認者から外し、「参考(CC)」として情報共有するだけで十分です。
  • 役割をハッキリさせる:
    ITツール上で、「承認する人」「最終決定する人」「参考までに見る人」の役割を明確に区別しましょう。
  • ツールの便利機能を活用する:
    「誰か一人が承認すればOK」といった設定を活用すれば、一人の担当者が不在なだけで仕事が全部止まる、といった事態を防げます。

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4-3. 過去の決定を「会社の財産」に変える方法

ITツールで稟議を管理すると、それは単なる業務記録ではなく、会社の意思決定の歴史が詰まった「財産」になります。この財産を有効活用しましょう。

  • お金の使い方を分析する: 「どの取引先から一番多く買っているか」が分かれば、価格交渉の材料になります。
  • 仕事が遅れる原因を見つける: 「いつもどの部署の承認で時間がかかっているか」をデータで特定し、具体的な改善策を打てます。
  • 過去の成功や失敗から学ぶ: 新しいプロジェクトを始めるとき、過去の似たような案件の稟議書を検索すれば、「なぜ成功したか」「なぜ失敗したか」を学び、同じ過ちを繰り返すのを防げます。

ルールブックは「設計図」、ITツールはそれを動かす「エンジン」です。この二つが揃って初めて、会社はスムーズかつ安全に走り出すことができるのです。

【第4章のまとめ】

項目内容
ルールブックの作り方「案件の種類」「金額」「役職」を基準に、「誰が何を決めるか」をシンプルに決める。
ムダな承認の減らし方全ての承認ステップの必要性を見直し、「決断する人」と「知りたいだけの人」を区別する。
過去データの活用法蓄積された決定の記録を分析し、コスト削減や業務改善、未来の判断の精度向上に役立てる。
ルールとツールの関係ルールは「設計図」、ツールは「エンジン」。両方をセットで考えることが、強い仕組みを作る鍵。

第5章:他社の失敗から学ぶ「会社を守る」ということ

【本章の概要】

この章では、どんなに良い理論やフレームワークがあっても、なぜ失敗は起きるのかを、他社の事例から学びます。ルールがない、あるいはルールが守られない環境が、いかに深刻な事態を招くかを知ることで、自社を守るための本質的な教訓を得ることができます。

5-1. ルールがなくて起きた、よくある失敗談

会社の不祥事は、悪い人が一人いるから起きる、というよりも、会社の「仕組みの欠陥」から生まれることがほとんどです。そして、その根っこには、承認のルールがない、あるいは機能していないという問題が潜んでいます。

よくある失敗のパターン:

  • 書類の改ざん: 承認者が忙しさから、添付された見積書や報告書を鵜呑みにしてしまい、中身が改ざんされていることに気づかない。
  • 社長の「鶴の一声」でルールが曲がる: 決められたルールがあるにもかかわらず、経営幹部がそれを無視して独断で物事を進めてしまう。
  • 実行する人と承認する人が同じ: 例えば、営業担当者が自分で売上伝票を作り、自分でそれを承認できてしまうような状態は、不正の温床です。

これらの失敗がもたらす結末は、悲惨です。多額の損失、社会的な信用の失墜、そして最悪の場合、会社の存続そのものが危うくなります。しっかりとした承認の仕組みがないことは、会社の命取りになりかねない、重大な経営リスクなのです。

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5-2. 「1円稟議」から学ぶべき、たった一つのこと

ある著名な経営者が実践した「1円稟議」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは、たとえ1円の経費でも、すべて稟議書を提出させるという徹底したコスト管理の手法です。

もちろん、これを文字通りスタートアップで真似すれば、会社はあっという間に仕事が回らなくなり、破綻するでしょう。

しかし、私たちがこの話から学ぶべきは、そのやり方(プロセス)ではなく、その根底にある考え方(マインドセット)です。本当に学ぶべき教訓は、たった一つ。社員全員が、会社のお金を使うときに「これは本当に必要な投資か?」と自問自答する文化を作ることです。

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【第5章のまとめ】

ケース教訓
よくある失敗談書類の改ざん、ルールの無視、実行と承認の担当者が同じ、といった仕組みの欠陥は、会社の存続を脅かす大問題に直結する。
「1円稟議」の哲学やり方を真似るのではなく、「会社のお金を自分事として大切に使う」という文化をどう作るかが重要。

結論:「仕組み」づくりは、経営者であるあなたの未来への投資

本記事では、スタートアップにおける承認プロセスが、単なる面倒な手続きから、会社の成長を支える土台へと進化する道のりを解説してきました。スピードを落とす「ブレーキ」だと思われがちだった稟議も、テクノロジーと賢いルール設計によって、成長を加速させる「アクセル」と、暴走を防ぐ「安全装置」の両方の役割を果たす、強力な経営ツールになり得るのです。

スピードがなければ生き残れない。しかし、ルールがなければ成長は続きません。そして、この変革への第一歩を踏み出すことは、決して難しいことではありません。「信頼」という不確かなものに頼るのではなく、誰もが納得できる「仕組み」を構築し、投資家の信頼に応えること。それは、経営者が孤独な判断の重圧から解放され、安心して未来を創る仕事に集中するための、最も確実で、そして意外なほどシンプルな解決策なのです。

この記事が、御社の承認プロセスを、会社の成長を導く「戦略的司令塔」へと進化させるための一助となれば幸いです。

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多くの企業で形骸化しがちな稟議プロセスですが、その本質は企業の健全な成長を支えるガバナンスにあります。ジュガールワークフローは、単に紙の業務を電子化するだけでなく、文書の作成から承認、保管、廃棄に至るまでのライフサイクル全体を統制する「統合型ワークフローシステム」です。AIによる判断支援機能などを通じて、従業員を形骸化した作業から解放し、「質の高い合意形成」という本来の目的に集中できる環境を実現することで、御社のビジネスを次の成長ステージへと導きます。

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スタートアップの稟議に関するよくある質問(FAQ)

Q1: 私たちはまだ数人の小さなチームです。こんなに早くからルール作りを考えるのは、正直早すぎませんか?

A1: 素晴らしい質問です。そのように感じるのは自然なことです。しかし、ルール作りを始めるべき本当のタイミングは、会社の規模ではなく、「自分のお金以外のお金(=投資家からの資金など)を使い始めた瞬間」です。完璧なルールブックは不要です。「10万円以上の支出は、必ず社長のメール承認を得る」といった、たった一行のルールを全員で共有することから始めましょう。それが、会社と投資家の信頼を守るための、最も重要で簡単な第一歩です。

Q2: ルールで縛ると、スタートアップの強みであるスピード感や、自由な社風が失われませんか?

A2: 逆です。優れたルールは、スピードを加速させます。 なぜなら、判断の「迷い」がなくなるからです。「これは社長に聞くべきか…?」と悩む時間がなくなり、社員は与えられた権限の範囲で自信を持って即断即決できます。経営者も、小さな判断から解放されることで、本当に重要な、未来を創るための大きな決断に集中できるようになります。ルールは、社員を縛るためのものではなく、安心してアクセルを踏むためのガードレールなのです。

Q3: 法律や経理の専門家ではありません。どうすれば、きちんとした「誰が何を決めるか」のルールを作れますか?

A3: 最初から100点満点を目指す必要は全くありません。まず、「もしこれが失敗したら、会社が傾くかもしれない」と思えるような、大きくてリスクのある決定事項を3〜5個、書き出してみてください。例えば、「高額な契約」「正社員の採用」「外部からの借入」などです。そして、これらの決定だけは「必ず社長(あるいは取締役会)が最終判断する」と決めるのです。まずはそれだけで十分です。会社の成長に合わせて、少しずつルールを育てていけば良いのです。

Q4: 今日からできる、最も重要な最初の一歩は何ですか?

A4: 共同創業者や中心メンバーと、30分だけ時間を取ってください。そして、「お金の使い方」に関するたった一つの明確なルールを決めてください。例えば、「すべての支出は、必ず〇〇(チャットツール名)の専用チャンネルで、金額と目的を報告する。10万円を超えるものは社長の返信をもって承認とする」といった具合です。それを議事録として残し、全員に共有する。たったこれだけです。あなたは今、会社の未来を守るための、非常に大きな一歩を踏み出しました。

引用・参考文献

  1. 金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」
  2. 金融庁「開示検査事例集」
  3. 独立行政法人情報処理推進機構(IPA). 「DX白書2023」
  4. 東京証券取引所. 「新規上場ガイドブック」
  5. 日本内部監査協会. 「企業不祥事、企業不正事例 10事案」