この記事のポイント
- レコードマネジメントと文書管理の「目的」と「対象」における根本的な違い
- 電子帳簿保存法、会社法、ISO9001など、企業が遵守すべき法律や規格とレコードマネジメントの具体的な関係性
- 明日からでも始められる、レコードマネジメント導入のための実践的な4ステップ・フレームワーク
- 「守りのガバナンス」を徹底し、監査や訴訟リスクから企業を保護する具体的な方法
- 「攻めのガバナンス」へと飛躍し、AI時代の「戦略的資産」として記録を活用するための先進的な考え方
- なぜ統合型ワークフローが、守りと攻めの両方を実現する唯一の解決策となるのか
はじめに:なぜ今、レコードマネジメントが「経営課題」なのか?
概要
レコードマネジメントは、単なる書類整理ではなく、企業の法的リスクを低減し、説明責任を果たすための戦略的な経営管理分野です。AI時代の到来は、その役割をさらに進化させ、守りのコンプライアンス活動から、企業の競争力を左右する「攻めの情報資産活用」へとその価値を転換させています。本記事では、その基本から実践までを、総務や監査の責任者様が直面する課題に即して、図解を交えながら網羅的に解説します。
「監査のたびに、必要な書類がすぐに出てこず、現場が混乱する」
「電子帳簿保存法に対応したいが、何から手をつければいいか分からない」
「ファイルサーバーが無法地帯と化し、どのファイルが最新で正式なものか誰も判断できない」
もし、このような課題に心当たりがあるなら、それは貴社が「レコードマネジメント」という、極めて重要な経営課題に直面している証拠です。
多くの企業では、日々の業務で作成される文書を管理する「文書管理」は行われてきました。しかし、その目的は主として業務の効率化や情報共有にありました。一方で、レコードマネジメントは、企業の活動を証明する「証拠(レコード)」を、法的な要請や社会的な要請に応えられる形で、その誕生から廃棄までを厳格に管理する専門分野です。
近年の相次ぐ法改正、特に2022年1月に施行された改正電子帳簿保存法は、このレコードマネジメントを「望ましい取り組み」から「必須の経営課題」へと押し上げました。電子取引で受け取った請求書などを電子データのまま保存することが義務化された今、従来の紙を中心とした管理体制では、もはやコンプライアンスを維持することさえ困難になっています。
しかし、レコードマネジメントの重要性は、こうした「守りのガバナンス」に留まりません。AIがビジネスのあらゆる側面に浸透する現代において、適切に管理された「記録」は、AIの性能を決定づける最も重要な「学習データ」という新たな価値を持ち始めています。信頼性の高い記録は、企業の競争優位性を築くための「攻めのガバナンス」の源泉となるのです。
この記事は、単に用語を解説するだけではありません。レコードマネジメントの本質的な目的を理解し、文書管理との決定的な違いを明確にした上で、日本特有の法的要件を踏まえ、貴社で実践するための具体的な4ステップの導入フレームワークまでを、専門用語を避けながら分かりやすく提示します。この記事を読み終える頃には、レコードマネジメントが守りの活動に留まらず、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させ、情報を「戦略的資産」へと昇華させるための強力な武器であることがご理解いただけるはずです。
第1章:レコードマネジメントの基礎知識とは?
概要
この章では、レコードマネジメントの核心をなす3つの基本要素、「定義」「情報ライフサイクル」「信頼性の4原則」を解説します。これらを理解することで、レコードマネジメントがなぜ単なる文書保管と一線を画すのか、その本質が見えてきます。
1.1 レコードマネジメントの定義:「証拠」としての情報を管理する専門分野とは?
レコードマネジメントとは、組織が業務を遂行する過程で生み出す、あるいは受け取る「記録(レコード)」を、その発生から最終的な廃棄までの一連のライフサイクルにわたって、体系的に管理するための経営管理手法です。
ここで最も重要なのは、「記録(レコード)」と一般的な「文書(ドキュメント)」は明確に区別される、という点です。
- 文書(ドキュメント): 企画書のドラフトや編集中の中間報告書など、まだ変更が加えられる可能性のある情報を指します。主な目的は、情報の伝達や共有です。
- 記録(レコード): 署名済みの契約書や最終版の財務諸表など、組織が法的義務の履行や業務取引の証拠として作成・維持する、ファイナライズされた(確定した)情報を指します。一度「記録」となると、原則としてその内容は変更されません。
国際標準であるISO 15489は、レコードマネジメントを「業務活動及び処理に関する証拠及び情報を取り込み、維持するためのプロセスを含む」と定義しています。
つまり、従来の文書管理が「そこに何が書かれているか(内容)」を重視するのに対し、レコードマネジメントは「その情報が何を証明するのか(証拠性)」を最も重視します。この「証拠としての価値」を維持し、万が一の訴訟や監査の際に、組織の活動の正当性を第三者に対して証明できる状態を保つこと、すなわち説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことが、レコードマネジメントの根本的な目的なのです。
1.2 情報ライフサイクルとは?:文書の一生を管理する6つのステージ
概要
情報ライフサイクルとは、情報が生まれてからその役目を終えるまでの一連の流れを体系的に管理するフレームワークです。日本の業務プロセスに合わせて6つのステージに分解することで、情報の価値と管理目的がどのように変化していくかを明確に理解できます。
- 作成・取得 (Creation/Capture)
- 何をするか?: 業務プロセスの中で情報が新しく作られる、またはメールや取引先から受領される段階。この時点では、情報はまだ流動的な「文書」です。
- 例: 稟議書のドラフト作成、取引先からの見積書(PDF)の受領。
- 処理(承認・決裁) (Processing)
- 何をするか?: 作成された「文書」が、定められたワークフローに従って関係各所を回覧され、内容がレビュー(承認)され、最終的に権限者によって公式な意思決定(決裁)が下される段階。この「決裁」の瞬間こそが、文書が「記録」へとその性質を変える、最も重要な転換点です。
- 例: 稟議書が法務部・経理部の承認を経て、最終的に社長が決裁する。
- 一次利活用・共有 (Primary Utilization/Sharing)
- 何をするか?: 決裁されたばかりの「記録」が、業務担当者によって最も頻繁に参照・共有される段階。情報は「現用記録(Active Records)」と呼ばれ、業務遂行のための直接的な情報源として活用されます。
- 例: 決裁された発注稟議に基づき、購買担当が発注処理を行う。
- 二次利活用・保管 (Secondary Utilization/Storage)
- 何をするか?: 日常的な参照頻度は低下するものの、組織の「情報資産」として戦略的に活用される段階。記録は検索可能な状態で「保管」され、過去のナレッジとして参照されたり、BIツールなどで分析・レポーティングされたりします。
- 例: 過去の類似契約の条件を参考に、新たな契約交渉の戦略を練る。全社の経費データを分析し、コスト削減のポイントを探る。
- 三次利活用・保存 (Tertiary Utilization/Preservation)
- 何をするか?: 業務上の直接的な活用価値はほぼなくなるものの、法的要件や監査対応のために、改ざん不可能な状態で長期間「保存」される段階。記録は「非現用記録(Inactive Records)」となり、アクセスのしやすさよりも、証拠としての完全性を維持することが最優先されます。
- 例: 会社法に基づき、決算書類を10年間、厳格なアクセス制御下で保存する。税務調査の要請に応じて、7年前の請求書を提示する。
- 廃棄 (Disposition)
- 何をするか?: 法的に定められた保存期間が満了し、組織としての価値もなくなった記録が、適切な承認プロセスを経て、安全かつ復元不可能な形で確実に廃棄される段階。
- 例: 保存期間が満了した契約書を、主管部署の承認を得てシュレッダー処理する。
このように、情報の価値と管理目的はライフサイクルを通じてダイナミックに変化します。この変化に合わせて管理手法を最適化することこそ、レコードマネジメントの神髄です。
▶ まとめページを参照: 文書ライフサイクル管理とは?ワークフローで実現する堅牢な内部統制システム構築ガイド
1.3 信頼できる記録の4原則(ISO 15489)とは?:真正性、信頼性、完全性、使用性
概要
記録が法的な「証拠」として通用するためには、ISO 15489が定める「真正性」「信頼性」「完全性」「使用性」という4つの品質特性を備えている必要があります。これらは、企業のコンプライアンス体制の根幹をなす絶対的な土台です。
- 真正性 (Authenticity)
- 何を意味するか?: 記録が「主張通りのもの」であること。つまり、その記録が主張されている作成者によって、主張されている日時に間違いなく作成・送付されたことを証明できる性質です。
- 業務上の意味: 例えば、契約書に付与された電子署名が、本当に取引先の代表者本人によるものであることを保証する仕組みがこれにあたります。これにより「なりすまし」や日付の偽装を防ぎます。
- 信頼性 (Reliability)
- 何を意味するか?: 記録の内容が、それが証明しようとする取引や活動を「完全かつ正確に表現している」こと。記録に記載された金額や条件に間違いや欠落がなく、業務の事実を忠実に反映している必要があります。
- 業務上の意味: 経費精算の申請書に添付された領収書の画像が鮮明で、金額や日付が正確に読み取れる状態であることなどが求められます。
- 完全性 (Integrity)
- 何を意味するか?: 記録が作成された後、「不正に改変されていない」こと。権限のない第三者による変更、追加、削除が行われていない状態を保証する性質です。
- 業務上の意味: 電子記録におけるタイムスタンプの付与や、変更・アクセス履歴(監査証跡)をすべて記録する機能は、この完全性を担保するために不可欠です。これにより、決裁後に金額が書き換えられるといった不正を防止します。
- 使用性 (Usability)
- 何を意味するか?: 記録が必要な時に「見つけ出し、提示し、読み取れる」こと。いくら完璧に記録が保存されていても、監査の際にすぐに見つけ出せなければ意味がありません。
- 業務上の意味: 適切なフォルダ分類や検索機能はもちろん、将来的に特定のソフトウェアやハードウェアがなくなっても記録を読み出せるようなフォーマット(例:長期保存に適したPDF/A)で保存することも、長期的な使用性を確保する上で重要です。
総務・監査の責任者にとって、この4つの原則は、自社の情報管理システムや業務プロセスが、法的な要求水準を満たしているかを評価するための重要なチェックリストとなります。
【第1章のまとめ:基礎知識】
要素 | 概要 | 業務へのインパクト |
レコードの定義 | 業務の「証拠」となる確定した情報。一般的な「文書」とは区別される。 | 監査や訴訟の際に、会社の正当性を証明する根拠となる。 |
情報ライフサイクル | 作成から廃棄まで、情報の価値の変化に応じた6つの管理ステージ。 | 文書の価値に応じて管理レベルを最適化し、コストとリスクのバランスを取る。 |
信頼性の4原則 | 記録が証拠として有効であるための要件(真正性、信頼性、完全性、使用性)。 | 法的証拠能力を担保し、コンプライアンス体制の根幹を成す。 |
第2章:レコードマネジメント vs. 文書管理:決定的な違いとは?
概要
多くの組織で混同されがちな「文書管理」と「レコードマネジメント」。この章では、両者の根本的な目的とアプローチの違いを比較表で明確にし、「文書」が「記録」へと変わる決定的な瞬間を具体例で解説します。この違いの理解が、適切な情報ガバナンス体制構築の第一歩です。
2.1 なぜ視点が違うのか?:「内容」重視の文書管理と「証拠」重視のレコードマネジメント
前述の通り、文書管理とレコードマネジメントは似て非なるものです。その違いを端的に言えば、管理の視点が異なります。
- 文書管理 (Document Management)
- 視点: 内容(コンテンツ)重視。文書の中に「何が書かれているか」を探し、日々の業務を円滑に進めることが主目的です。
- 対象: 企画書のドラフト、編集中の中間報告書など、アクティブで変更が加えられる「文書」が中心です。
- 目的: 業務効率化、生産性向上、コラボレーションの促進。いわば、組織の知識創造活動を円滑にするための「作業場の整理整頓」に例えられます。
- レコードマネジメント (Records Management)
- 視点: 文脈(コンテクスト)と証拠性重視。ある取引や決定の「証拠」として、特定の記録そのものを探し出すことが目的です。
- 対象: 署名済みの契約書、最終版の財務諸表など、確定し、証拠として扱われる静的な「記録」が中心です。
- 目的: コンプライアンス遵守、リスク軽減、法的証拠能力の確保。組織を法的に保護することが主眼であり、「金庫室の厳重な管理」に例えられます。
この視点の違いが、システムの機能要件にも大きな差をもたらします。文書管理システム(DMS)は、バージョン管理や共同編集機能が充実しているのに対し、レコードマネジメントシステム(RMS)は、後述する保存期間設定(リテンションスケジュール)や廃棄管理、改ざん防止機能といった、記録のライフサイクルを厳格に管理するための機能が核となります。
2.2 【比較表】目的、対象、ライフサイクルの違いを徹底解剖
文書管理とレコードマネジメントの具体的な違いを、総務・監査の責任者の視点で重要な項目に絞って比較します。
表1: 文書管理 vs. レコードマネジメント – 詳細比較
特徴 | 文書管理 (Document Management) | レコードマネジメント (Records Management) |
第一の目的 | 業務効率化、生産性向上。日々の業務を円滑に進めることが主眼。 | コンプライアンス遵守、リスク軽減。組織を法的に保護することが主眼。 |
管理対象 | アクティブで動的な「文書」。ドラフト、作業中のファイルなど、変更・更新が前提の情報。 | ファイナライズされた静的な「記録」。署名済み契約書、公式な決定通知など、確定し証拠となる情報。 |
編集可能性 | 編集・改訂が前提。バージョン管理機能で常に最新版を共有する。 | 原則として不変(Immutable)。一度「記録」として確定すると、内容は変更不可。 |
ライフサイクル上の焦点 | 作成から処理(承認)に至るアクティブな期間を管理する。 | 「記録」として確定(決裁)した時点から、保存期間満了後の廃棄までを厳格に管理する。 |
システムの主要機能 | バージョン管理、共同編集、全文検索、ワークフロー機能。 | 保存期間設定、廃棄管理、法的通知(リーガルホールド)、厳格なアクセス制御、監査証跡。 |
準拠する原則 | 組織内の業務ルールやワークフローのニーズ。 | 法令や規制が定める保存期間や要件(リテンションスケジュール)。 |
責任部門(例) | 各事業部門、情報システム部門。 | 法務・コンプライアンス部門、総務部門、監査部門。 |
2.3 「承認」と「決裁」:文書が記録へと変わる決定的な瞬間とは?
「すべての記録は文書から始まる」という言葉が示すように、両者は無関係ではありません。情報のライフサイクルの中で、ある時点で「文書」が「記録」へとその性質を変化させます。この移行点を正しく理解することは、レコードマネジメントの実践において極めて重要です。
この移行は、単一の行為ではなく、「承認」というプロセスを経て、「決裁」という最終的な意思決定がなされた瞬間に完了します。
- 承認 (Approval) とは?:多角的な視点からのチェックプロセス
承認とは、起案された文書の内容が、組織のルールや方針に照らして妥当であるかを、複数の専門的な視点から検証するプロセスです。これは、文書の品質と正当性を担保するための重要な「関所」の役割を果たします。
- 会社方針との適合性: 経営企画部門などが、提案内容が全社戦略と整合しているかを確認します。
- 予算の確保: 経理・財務部門が、必要な予算が確保されており、予算執行のルールに則っているかを確認します。
- 法的妥当性: 法務部門が、契約内容や表現が法的に問題ないか、会社に不利益な条項が含まれていないかを確認します。
- 規程遵守: 関連部署が、職務権限規程やその他の社内ルールに違反していないかを確認します。
- 決裁 (Final Decision) とは?:会社の最終GOサインと記録への移行
決裁とは、これらの多角的な承認プロセスを経て、権限を持つ最終意思決定者(決裁者)が、その文書の内容を組織の公式な決定として最終的に確定させる行為です。
この決裁がなされた瞬間こそが、動的な「文書」が静的な「記録」へと移行する決定的な転換点です。
- 文書の完成: 決裁によって、その文書はドラフトではなく、会社の公式な意思決定を示す完成形となります。
- 不変性の獲得: この時点から、その文書は「記録」となり、原則として以降の変更や削除は一切不可となります。これは、記録の「完全性(Integrity)」を保証するための絶対的なルールです。もし内容の変更が必要な場合は、別途、変更のための新たな稟議プロセスなどを経て、新しい「記録」を作成する必要があります。
この「承認」から「決裁」に至るプロセス全体と、その結果としての「記録」を、分断なく一元的に管理すること。これこそが、多くの企業が直面する「決裁後の文書が統制不能な『野良ファイル』と化す」問題を解決する唯一の方法です。
▶ 関連記事: 契約書管理規程の作り方|保存期間から電子契約まで弁護士が解説
第3章:「守りのガバナンス」の礎:日本企業を取り巻く法的・規格的要請とは?
概要
レコードマネジメントは、もはや単なる「望ましい経営手法」ではありません。電子帳簿保存法、会社法、ISO9001といった法律や国際規格が、企業に情報管理体制の抜本的な見直しを迫っています。これらは、企業の信頼性を担保し、リスクから身を守る「守りのガバナンス」の根幹をなすものです。
3.1 改正電子帳簿保存法:電子取引データの保存義務化という大きな波
電子帳簿保存法(電帳法)は、法人税法などで保存が義務付けられている国税関係の帳簿や書類を電子データで保存するための法律です。特に2022年1月の改正は、レコードマネジメント導入の直接的な引き金となりました。
最大のインパクト:電子取引データの電子保存義務化
この改正で最も重要な点は、メールで受け取ったPDFの請求書やWebサイトからダウンロードした領収書など、電子的に授受した取引情報を紙に出力して保存する方法が認められなくなったことです。これにより、すべての企業は、電子取引データを「記録」として、法律の要件を満たす形で電子的に保存・管理する仕組みを構築する必要に迫られました。
法律が求める中核要件
電帳法が求めるのは、主に以下の二つです。
- 真実性の確保: 保存されたデータが改ざんされていないことを保証する措置です。例えば、タイムスタンプの付与や、訂正・削除の履歴が確認できるシステムを利用することが求められます。これは、レコードマネジメントの「完全性」の原則に直結します。
- 可視性の確保: 税務調査などの際に、必要なデータを速やかに検索し、明瞭な形で表示できる状態を確保することです。具体的には、「取引年月日」「取引金額」「取引先」の3項目で検索できることが要件とされています。これは「使用性」の原則に対応します。
これらの要件は、まさにレコードマネジメントシステムが提供する中核的な機能そのものであり、電帳法への対応は、財務・経理関連記録のレコードマネジメントを実践することに他なりません。
3.2 会社法・労働法:企業の正当性と従業員との信頼を守る義務
レコードマネジメントが対象とするのは、税務関連書類だけではありません。企業の根幹を支える様々な法律が、重要記録の長期保存を義務付けています。
- 会社法: 取締役会議事録や会計帳簿といった「事業に関する重要な資料」の10年間の保存を義務付けています。これは、株主代表訴訟などで経営陣の説明責任が問われた際に、意思決定の正当性を証明するための重要な証拠となります。
- 労働基準法: 労働者名簿や賃金台帳、タイムカードなどの記録を原則5年間(当面は3年間の経過措置あり)保存することを求めています。これは、未払い残業代請求などの労使紛争において、企業の正当な労務管理を証明するための不可欠な証拠です。
これらの多岐にわたる法定保存文書を、それぞれの起算日や保存期間に応じて正確に管理することは、手作業では極めて困難です。
▶ 関連記事: 法定保存文書の一覧【2025年最新版】|会社法・税法で定められた書類の保存期間まとめ
3.3 ISO9001:品質という信頼を支える「文書化した情報」の管理
品質マネジメントシステムの国際規格であるISO9001もまた、厳格な記録管理を要求します。規格では、業務のルール(手順書など)と実施の証拠(検査記録など)を「文書化した情報」と総称し、そのライフサイクル全体にわたる管理を求めています。
特に重要なのは、以下の要求事項です。
- 変更の管理(版管理): 最新版がどれかを明確にし、古い版が誤って使われるのを防ぐ仕組み。
- レビューと承認: 発行前に、権限を持つ者によって内容の妥当性が承認されていること。
- アクセス管理: 不正なアクセスや改ざんから情報を保護すること。
これらの要求は、製品やサービスの品質の一貫性を保証し、顧客からの信頼を維持するための根幹です。
▶ 関連記事: ISO9001文書管理の完全ガイド:要求事項の徹底解説からAI時代のデータ活用まで
3.4 個人情報保護法:安全管理と確実な廃棄の徹底
個人情報保護法は、文書の保存形式を直接定めるものではありませんが、従業員名簿や顧客リスト、個人情報を含む契約書など、企業が管理する多くの「記録」に極めて厳格な取り扱いを求めます。
レコードマネジメントの観点から、特に重要な要件は以下の通りです。
- 安全管理措置: 個人データの漏洩、滅失、毀損を防ぐため、組織的、人的、物理的、技術的な安全管理措置を講じる義務があります。アクセス制御や暗号化、監査ログの取得といった、レコードマネジメントシステムの核となる機能がこれに応えます。
- 保存期間と廃棄: 利用目的が達成された後など、個人データを保有する必要がなくなった場合は、遅滞なくそのデータを消去するよう努めなければなりません。これは、レコードマネジメントにおける保存期間(リテンション)管理と、期間満了後の確実な廃棄プロセスが不可欠であることを意味します。
これら複数の法律や規格は個別に存在するのではなく、相互に連携し、企業に包括的な情報管理、すなわちレコードマネジメントの実践を強く求めているのです。
【第3章のまとめ:法的・規格的要請】
法律・規格名 | レコードマネジメントへの影響 | 対応のポイント |
電子帳簿保存法 | 電子取引記録の電子的保存を義務化。改ざん防止(真実性)と検索機能(可視性)を要求。 | 請求書や契約書などを、法的要件を満たすシステムでライフサイクル管理する必要がある。 |
会社法・労働法 | 経営の正当性や労務管理の適正さを証明するため、重要記録の長期保存を義務付け。 | 多様な法定保存文書の保存期間を一元管理し、誤廃棄を防ぐ仕組みが不可欠。 |
ISO9001 | 製品・サービスの品質を保証するため、「文書化した情報」の厳格なライフサイクル管理を要求。 | 版管理や承認プロセスをシステム化し、常に最新・最適な状態で情報が利用できる体制を構築する。 |
個人情報保護法 | 個人情報を含む記録に対し、厳格なアクセス制御と安全管理、不要になった際の確実な廃棄を要求。 | 高度なセキュリティ機能と、保存期間満了後の廃棄プロセスをシステム的に確立する必要がある。 |
第4章:実践ガイド:レコードマネジメント導入の4ステップ・フレームワーク
概要
効果的なレコードマネジメントの導入は、単なるITプロジェクトではなく、組織全体の情報文化を変革する経営課題です。成功のためには、段階的かつ体系的なアプローチが不可欠です。ここでは、実践的な4つのステップからなる導入フレームワークを、具体的な活動内容と成果物とともに解説します。
表3: 4ステップ導入フレームワーク – 主要活動と成果物
ステップ | 目的 | 主要な活動 | 主要な成果物(例) |
ステップ1:現状分析と計画策定 | 組織の情報管理の現状を把握し、プロジェクトの目標と範囲を定義する。 | 現状の記録の棚卸し、法的・業務要件の分析、目標定義、経営層の承認獲得、チーム結成。 | 現状評価レポート、プロジェクト計画書、投資対効果(ROI)分析。 |
ステップ2:管理体制の設計と方針策定 | プログラム全体のルール(知的・統治的枠組み)を構築する。 | 分類体系の設計、保存期間表(リテンションスケジュール)の作成、管理規程・手順書の策定。 | 文書分類体系図、リテンションスケジュール、レコードマネジメント規程。 |
ステップ3:システム導入と実行 | 設計したルールを執行するための技術的基盤を構築・展開する。 | システム要件定義、ベンダー選定、システムの設計・構築、既存記録の移行・電子化。 | 要件定義書、導入済みシステム、移行計画書。 |
ステップ4:運用・教育と継続的改善 | 新しいプロセスとシステムを組織の日常業務に定着させ、長期的な成功を確実にする。 | 全利用者向けトレーニング、変更管理、コンプライアンス監視・監査、定期的な方針見直し。 | トレーニング教材、運用マニュアル、監査レポート。 |
4.1 ステップ1:現状分析と計画策定
この最初のステップは、プロジェクト全体の成否を左右する最も重要な土台作りの段階です。
- 現状評価 (Current State Assessment)
- 何をすべきか?: まず、社内のどこに、どのような情報が存在するのかを徹底的に調査します。ファイルサーバー、キャビネット、個人のPC、外部倉庫など、あらゆる場所が対象です。誰が、どのような業務で、どの情報を使い、現在どのような(多くは非公式な)ルールで管理しているかをヒアリングし、問題点(例:検索に時間がかかる、保管コストが高い)を洗い出します。
- なぜ重要か?: 現状を正確に把握しなければ、効果的な目標設定や計画立案はできません。
- 目標と範囲の定義 (Define Objectives & Scope)
- 何をすべきか?: 現状評価に基づき、プロジェクトが達成すべき具体的で測定可能な目標を設定します(例:「半年以内に経理部門の請求書処理を電子化し、電帳法に完全対応する」)。また、プロジェクトの対象となる部門、業務プロセス、情報の種類を明確に定義します。
- なぜ重要か?: プロジェクトのゴールと適用範囲を明確にすることで、関係者間の認識のズレを防ぎ、プロジェクトの肥大化(スコープクリープ)を回避します。
- チームの結成と経営層の支援確保 (Form a Team & Secure Sponsorship)
- 何をすべきか?: このプロジェクトはIT部門だけでは成功しません。法務、コンプライアンス、財務、総務、そして主要な事業部門の代表者からなる部門横断的なチームを編成することが不可欠です。そして最も重要なのは、プロジェクトの必要性と価値を経営層に説明し、強力な支援(スポンサーシップ)を取り付けることです。
- なぜ重要か?: レコードマネジメントは全社的なルール変更を伴うため、経営層のリーダーシップと各部門の協力なくしては推進できません。
4.2 ステップ2:管理体制の設計と方針策定
このステップは、プロジェクトの「頭脳」を構築する段階です。ここで作られるルールが、導入されるシステムの動きを決定づけます。技術選定を急ぐあまり、このステップを軽視すると、高価な「デジタルごみ箱」を導入するだけの結果に終わってしまいます。
- 分類体系の設計 (Develop a Classification Scheme)
- 何をすべきか?: 情報を、現在の組織図ではなく、事業の機能や活動に基づいて分類する体系を設計します。例えば、「人事管理」「財務管理」といった大分類の下に、「採用」「給与計算」といった中分類を設けます。
- なぜ重要か?: 機能ベースの分類体系は、将来の組織変更にも影響されにくく、長期間にわたって安定的に運用できる強固な情報整理の骨格となります。
- リテンションスケジュールの作成 (Create the Retention Schedule)
- 何をすべきか?: これはレコードマネジメントの核心です。ステップ1で特定した法的要件や業務上の必要性に基づき、分類体系の各カテゴリに属する記録の保存期間を具体的に定義し、一覧表(リテンションスケジュール)にまとめます。例えば、「契約書:契約終了後10年」「一般会計帳簿:7年」といったルールを策定します。
- なぜ重要か?: これにより、不要な記録の無秩序な蓄積を防ぎ、ストレージコストを最適化すると同時に、法令で定められた保存義務を確実に遵守できます。
- 方針と手順の策定 (Formulate Policies & Procedures)
- 何をすべきか?: 組織の公式なレコードマネジメント規程を文書化します。プログラムの目的、適用範囲、各関係者の役割と責任などを明記します。
- なぜ重要か?: 公式なルールとして定めることで、プログラムの正当性を担保し、全社的な遵守を促します。
4.3 ステップ3:システム導入と実行
ステップ2で設計した知的枠組みを、実際に機能させるための技術的な基盤を構築する段階です。
- システム要件定義と技術の選定 (Define Requirements & Select Technology)
- 何をすべきか?: ステップ2で策定した方針(分類体系、リテンションスケジュールなど)をシステムで実現するために必要な機能を具体的にリストアップします。その要件に基づき、市場にある複数のシステムを比較検討し、自社に最適なソリューションを選定します。
- なぜ重要か?: 文書管理機能とレコード管理機能の両方を統合的に提供でき、文書から記録への移行をシームレスに管理できるシステムを選ぶことが、将来的な拡張性とガバナンス強化の鍵となります。
- 電子化と移行 (Digitization & Migration)
- 何をすべきか?: 既存の情報資産を新しいシステムへ移行する計画を立て、実行します。これには、保管されている大量の紙文書をスキャンして電子化する作業や、ファイルサーバーに散在する電子ファイルを新しいシステムに登録する作業が含まれます。
- なぜ重要か?: 過去の重要な記録も新しい管理体系に統合することで、情報資産の一元的な管理と活用が可能になります。
4.4 ステップ4:運用・教育と継続的改善
システムが稼働を開始してからが、本当のスタートです。新しい仕組みを組織文化として根付かせるための継続的な活動が求められます。
- トレーニングと変更管理 (Training & Change Management)
- 何をすべきか?: すべての従業員を対象に、新しいシステムと業務プロセスのトレーニングを実施します。また、新しい働き方への移行に伴う抵抗感を和らげるため、プロジェクトの目的やメリットを粘り強く伝え、変化を支援するコミュニケーション活動を行います。
- なぜ重要か?: 従業員がシステムを正しく、かつ積極的に利用しなければ、投資は無駄になってしまいます。
- 監視・監査と継続的改善 (Monitoring, Auditing & Refinement)
- 何をすべきか?: システムが方針通りに運用されているか、コンプライアンスが遵守されているかを定期的に監視・監査します。また、法改正や事業内容の変化に対応して、分類体系やリテンションスケジュールを定期的に見直し、改善していく必要があります。
- なぜ重要か?: レコードマネジメントは一度作ったら終わりではありません。ビジネス環境の変化に合わせてプログラムを常に最新の状態に保つことで、その価値を持続させることができます。
第5章:レコードマネジメントの戦略的価値:守りから攻めのガバナンスへ
概要
レコードマネジメントは、コンプライアンス対応やコスト削減といった「守り」の活動に留まりません。AI時代の到来は、適切に管理された記録を、企業の競争力を高める「戦略的資産」へと転換させます。成熟したプログラムは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の成功を支える「攻め」の強固な基盤となるのです。
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5.1 「守りのガバナンス」の徹底:コンプライアンスと証跡管理の実現
レコードマネジメントがもたらす最も直接的で基本的な価値は、「守りのガバナンス」の徹底です。これは、企業を法的なリスクから守り、社会的な信頼を維持するための不可欠な活動です。
- コンプライアンス遵守と訴訟リスクの劇的低減
訴訟や監査の際に、自社の活動の正当性を証明する確固たる証拠を迅速に提示できます。これにより、敗訴による賠償金や罰金といった、事業に壊滅的な打撃を与えかねないリスクを大幅に低減できます。これは、紙の保管コスト削減とは比較にならないほどの経済的価値を持ちます。 - 途切れない監査証跡の構築
「誰が」「いつ」「何を」「どのように判断したか」を証明するための、改ざん不可能な客観的証拠(エビデンス)をシステム的に構築します。これにより、J-SOX法などが求める内部統制の有効性を、監査人に対して客観的に証明することが可能になります。 - 事業継続計画 (BCP) の中核
自然災害やサイバー攻撃といった不測の事態が発生しても、事業の継続に不可欠な最重要記録(バイタルレコード)が保護され、どこからでもアクセスできる状態を確保します。これにより、事業の中断を最小限に抑え、迅速な復旧を可能にします。 - レコードマネジメントが防ぐべき4大リスク
適切なレコードマネジメント体制の欠如は、意図的か否かにかかわらず、企業を深刻なリスクに晒します。
- ねつ造 (Fabrication/Forgery): 存在しない取引や事実を、あたかも存在したかのように記録を作成する行為。適切な承認プロセスを経ない記録の作成をシステム的に不可能にすることが抑止力となります。
- 改ざん (Alteration/Tampering): 決裁後など、一度確定した記録の内容を、権限なく不正に書き換える行為。決裁後の記録を不変(Immutable)とし、すべてのアクセス・変更履歴を監査証跡として残すことで、改ざんを防止・検知します。
- 隠ぺい (Concealment): 企業にとって不利益な事実が記録された文書を、意図的に隠したり、廃棄したりする行為。すべての記録がシステムで一元管理され、廃棄プロセスも統制されているため、個人の判断での隠ぺいは極めて困難になります。
- 情報漏えい (Information Leakage): 機密情報や個人情報を含む記録が、不適切な管理により外部に流出する行為。厳格なアクセス制御(RBAC)により、業務上必要な担当者以外は記録にアクセスできないようにすることで、漏えいリスクを最小化します。
▶ 関連記事: 証跡管理とは?ワークフローで実現する監査対応とコンプライアンス強化のポイント
5.2 「攻めのガバナンス」への飛躍:記録をAI時代の戦略的資産に変える
「守りのガバナンス」が企業の土台を固める活動だとすれば、「攻めのガバナンス」は、その土台の上で新たな価値を創造する活動です。AI時代の到来は、これまで「証拠」として眠っていた記録に、「高品質な学習データ」という全く新しい価値を与えました。
- AIの性能を決定づける「高品質な学習データ」の源泉
AI戦略の成否を分ける原則は「ガーベージイン・ガーベージアウト(ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない)」です。AIに不正確で古いデータを与えれば、AIはもっともらしい顔をして誤った結論しか生み出しません。
ISO9001や各種法令に準拠したレコードマネジメントのプロセスは、まさにこの原則に対する答えです。レビューと承認を経て信頼性が担保され、版管理によって最新性が維持され、アクセス制御によって完全性が守られた記録は、AIにとって最高の教科書(学習データ)となるのです。 - 「なぜ」を解き明かす文脈データの宝庫
ERPシステムが管理する売上などの「結果データ」は、「何が起きたか」は教えてくれますが、「なぜ起きたか」は教えてくれません。その「なぜ」を説明するのが、稟議書や報告書、議事録といった記録に含まれる「文脈データ」です。
AIとBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを組み合わせることで、これらの文脈データを分析し、「なぜこの投資は承認されたのか」「顧客からのクレームの根本原因は何か」といった、これまで誰も気づかなかったビジネスの洞察を得ることが可能になります。 - バックオフィスを戦略部門へ変革するエンジン
記録管理がシステムによって自動化・高度化されることで、経理や総務といったバックオフィス部門の担当者は、日々の定型的な管理業務から解放されます。そして、AIが分析したデータを基に、コスト構造の最適化や業務プロセスの改善といった戦略的な提言を行う「ビジネスパートナー」へと役割を変えていくことができます。
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5.3 なぜ統合型ワークフローが「守り」と「攻め」を両立させるのか?
「守りのガバナンス」と「攻めのガバナンス」。これら二つを両立させる上で、統合型ワークフローシステムは決定的な役割を果たします。
多くの企業が陥る問題は、承認を行うワークフローシステムと、決裁後の文書を保管するファイルサーバーや文書管理システムが別々であることです。この「プロセスとアーカイブの断絶」こそが、あらゆる問題の根源です。
統合型ワークフローは、文書の作成・処理・保管・保存・廃棄というライフサイクル全体を、一つのプラットフォームで完結させます。
- 「守り」の実現: 決裁が完了すると、文書本体と「誰が、いつ、承認したか」という全履歴(証跡)が一体となったまま、システム内の電子書庫に自動でファイリングされ、設定された保存期間中は改ざん不可能な状態でロックされます。これにより、途切れることのない監査証跡が自動的に生成され、完璧な「守りのガバナンス」が実現します。
- 「攻め」の実現: このようにして蓄積された、プロセスと一体となった信頼性の高い記録は、AIとBIツールにとって最高の分析対象となります。システムが「守り」を固めることで、人間は安心して「攻め」のデータ活用に集中できるのです。
この「プロセスとアーカイブの完全な統合」こそが、レコードマネジメントの理念を現実の業務に落とし込み、守りと攻めを両立させる唯一の解と言えるでしょう。
▶ まとめページを参照: 【2025年版】理想のワークフローシステムとは?「計画のグレシャムの法則」から脱却し、未来を創る時間を生み出す3つの条件
【第5章のまとめ:戦略的価値】
ガバナンスの側面 | 目的 | レコードマネジメントがもたらす価値 |
守りのガバナンス | リスクの最小化 | コンプライアンス遵守、訴訟リスク低減、事業継続性の確保、監査対応の効率化。 |
攻めのガバナンス | 価値の最大化 | AIの学習データ品質向上、データドリブンな意思決定支援、バックオフィスの戦略部門化。 |
結論:レコードマネジメントはDX時代の経営基盤
本記事では、レコードマネジメントの基本概念から、文書管理との違い、法的要請、そして具体的な導入ステップまでを、「守り」と「攻め」の両側面から包括的に解説してきました。
レコードマネジメントは、もはや一部の専門家だけが関わる特殊な業務ではありません。電子帳簿保存法への対応が不可避となった今、それはすべての企業にとって、コンプライアンスとガバナンスの根幹をなす「守り」の経営基盤です。
しかし、その価値は守りに留まりません。AI時代の到来は、適切に管理された記録を、企業の未来を左右する「戦略的資産」へと昇華させました。
- 文書管理が「作業場の整理整頓」だとしたら、レコードマネジメントは「資産台帳の整備と金庫室の構築」であり、さらにその資産を活用して新たな価値を生み出す「投資戦略の立案」です。
- 適切に管理された記録は、訴訟リスクから会社を守る「保険」であると同時に、AIやデータ分析を活用して新たな価値を生み出す「石油」となります。
- 4ステップの導入フレームワークは、この変革を成功に導くための羅針盤です。特に、リテンションスケジュールの策定などを行う「ステップ2:管理体制の設計」が、プロジェクトの成否を分ける核心となります。
これらの複雑な要件を統合的に管理し、文書ライフサイクル全体を統制する上で、統合型ワークフローシステムは極めて有効なソリューションです。例えば、ジュガールワークフローのようなプラットフォームは、レコードマネジメントの原則をシステムに組み込み、日々の業務プロセスの中で自然に法令遵守と情報ガバナンスの強化を実現します。これにより、総務や監査部門の負担を軽減しつつ、全社的な情報資産の価値を最大化するお手伝いが可能です。
レコードマネジメントへの投資は、未来のリスクを回避し、企業のデジタルトランスフォーメーションを加速させる、最も賢明な経営判断の一つと言えるでしょう。
レコードマネジメントに関する、よくある質問(FAQ)
A1: レコードマネジメントは全社的な取り組みであるため、特定の部署だけで完結するものではありません。しかし、プロジェクトを主導する中心的な役割は、総務部門、法務・コンプライアンス部門、情報システム部門が連携して担うのが一般的です。これに加えて、財務・経理部門や主要な事業部門の代表者もプロジェクトチームに参加し、現場の要件を反映させることが成功の鍵となります。最も重要なのは、経営層がスポンサーとなり、全社的なプロジェクトとしての正当性と権限を与えることです。
A2: はい、必要です。企業の規模にかかわらず、電子帳簿保存法や個人情報保護法といった法律を遵守する義務は等しく課せられます。むしろ、法務や管理部門の人員が限られている中小企業こそ、システムを活用して効率的かつ確実にコンプライアンスを確保できるレコードマネジメントの仕組みを導入するメリットは大きいと言えます。近年の法改正では、中小企業でも導入しやすいように要件が緩和されており(例:電帳法の事前承認制度の廃止)、導入のハードルは下がっています。
A3: リテンションスケジュールとは、文書・記録の種類ごとに、「いつまで保存し、いつ廃棄するか」という保存期間を定めた一覧表(ルールブック)のことです。これがレコードマネジメントの核心と言われる理由は2つあります。第一に、会社法や税法などで定められた法的保存義務を確実に遵守し、コンプライアンス違反のリスクをなくすためです。第二に、「とりあえず取っておく」という無秩序な情報蓄積を防ぎ、不要になった情報を適切に廃棄することで、ストレージコストの削減と情報漏洩リスクの低減につながるためです。
A4: ケースによりますが、多くの「文書管理システム」は、バージョン管理や共有といったアクティブな文書の「活用」に主眼を置いており、レコードマネジメントに不可欠な厳格な保存期間管理(リテンション)や、期間満了後の廃棄プロセス、改ざん防止(原本性保証)といった機能が弱い場合があります。特に、決裁後の「記録」を法的に有効な証拠としてライフサイクル全体で管理する要件を満たしているか、という視点での確認が必要です。両方の機能を統合的に提供するプラットフォームが理想的です。
引用文献
- 金融庁. 「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/kijun/20230407_naibutousei_kansa.pdf
(内部統制や説明責任に関する議論の基礎となる公式文書) - 国税庁. 「電子帳簿保存法一問一答(Q&A)」 https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/4-3.htm
(電子帳簿保存法の詳細な解釈や要件に関する最も信頼性の高い一次情報源) - 公益社団法人日本文書情報マネジメント協会(JIIMA). 「記録管理 | JIIMA 公式サイト」 https://www.jiima.or.jp/basic/glossary/%e8%a8%98%e9%8c%b2%e7%ae%a1%e7%90%86/
(e-文書法やレコードマネジメントに関する国内の主要な業界団体の見解) - 独立行政法人情報処理推進機構(IPA). 「DX白書2023」 https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/dx-2023.html
(日本企業のDX推進状況や課題に関する包括的な調査レポート。情報管理体制の重要性の背景データとして参照) - 株式会社アイ・ティ・アール(ITR). 「ITR Market View:ワークフロー市場2023」
(国内ワークフロー市場の規模、ベンダーシェア、将来予測など、システム選定の参考となる市場動向データ)