ワークフローシステム講座

日々の業務プロセスに課題を感じている方へ向けて、ワークフローシステムの選び方から業務改善の確かなヒントまで、完全網羅でお伝えします。

AI時代のデータ活用基盤:RDBとNoSQL、自社のワークフローに最適なのはどちらか?

目次

この記事のポイント

  • 「ITの時代」と「AIの時代」で、データと人間の役割がどう変わったのか。
  • ビジネスで扱う「構造化データ」と「非構造化データ」の根本的な違いと、それぞれの重要性。
  • RDB(リレーショナルデータベース)とNoSQLの基本的な仕組みと、得意・不得意。
  • なぜ現代のワークフローシステムにおいて、RDBかNoSQLかという二者択一の議論が無意味なのか。

ITの時代からAIの時代へ:なぜ今、データ管理の常識が変わるのか?

概要

「AIによる業務自動化」は、従来の「IT化」とは根本的に異なります。それは、システムに「判断」を委ねるという、人間とシステムの役割の歴史的な転換を意味します。この変化を理解することが、なぜ今、データ基盤の見直しが不可欠なのかを知るための第一歩です。

ITの時代:人間が「判断」し、ITが「支援」する

これまでの「ITの時代」、業務プロセスの主役は常に人間でした。

  • 人間が判断する: 「この稟議は承認すべきか」「この取引先は信用できるか」といった重要な判断は、すべて人間が経験や知識、そして書類に書かれた行間のニュアンスを読み取って行っていました。
  • ITが支援する: システムの役割は、人間が判断した結果を登録し、計算や帳票出力といった定型作業をサポートすることでした。ITはあくまで、人間の判断を記録し、整理するための「高性能なファイルキャビネット」だったのです。
  • 人間がカバーする: そのため、もしシステムが実際の業務フローと完全に合っていなくても、人間がその「ズレ」を読み替えたり、Excelで別途管理表を作ったりして、業務を回すことができました。システムの不備を人間の柔軟性で補っていたのです。

この時代、ITが主に扱っていたのは、きれいに整理された「構造化データ」でした。

AIの時代:AIが「判断」し、人間が「監督」する

一方、これからの「AIの時代」では、システムと人間の役割が大きく変わります。

  • AIが判断する: 私たちは、これまで人間が行ってきた判断の一部をAIに任せようとしています。これは単なる作業の代行ではなく、思考プロセスの委譲です。
  • 人間が“教材”を提供する: AIに適切な判断をさせるためには、人間が判断の際に頭の中で参照していた「生の情報」そのもの(=非構造化データ)や、判断の仕方(暗黙知となっているルールや考え方)を、AIの「教材」として体系的に提供する必要があります。
  • システムと業務の一致が不可欠: AIは、人間のように「空気を読む」ことはできません。業務プロセスとシステムが完全にフィットしていないと、AIは提供された教材を正しく解釈できず、期待通りの判断を下せません。自動化の真価は、この一致度にかかっているのです。

このパラダイムシフトこそが、データ管理のあり方を根本から変える原動力です。AIという新しい「判断役」を育てるためには、それに適した「教材(データ)」と、それを保管する新しい「本棚(データベース)」が必要不可欠なのです。

ビジネスデータの主役交代:「構造化データ」と「非構造化データ」

前章で述べた「時代の変化」を理解する鍵は、ビジネスで扱われる2種類のデータ、「構造化データ」と「非構造化データ」にあります。

構造化データ:IT時代を支えた「整理済みのデータ」

構造化データとは、その名の通り、行と列できれいに構造が整理されたデータのことです。最も身近な例は、Excelの表をイメージすると良いでしょう。

  • 具体例: 顧客リスト(氏名、会社名、電話番号…)、商品マスタ、勤怠管理表、会計システムの仕訳データなど。
  • ビジネス上の役割: これらは「コンピューターが処理しやすい形式」のデータであり、IT時代の主役でした。項目が決まっているため、検索、集計、分析が非常に得意です。これまでのIT化は、この構造化データを活用し、人間が判断した結果を効率的に記録・処理することで進んできました。ワークフローシステムで言えば、「申請日」「申請者」「金額」といった項目がこれにあたります。

非構造化データ:AI時代の「判断材料となるデータ」

非構造化データとは、構造化データとは逆に、決まった形を持たない「ありのままの」データです。

  • 具体例: メールの本文、企画書や報告書(Word)、契約書(PDF)、会議の議事録、Webサイトの記事、画像、音声、動画など。
  • ビジネス上の役割: これらは「人間が読んで初めて意味を理解できる」データであり、AI時代の主役です。コンピューターはこれまで、これらを単なる「ファイル」として保存することはできても、その中身の意味を理解することは苦手でした。しかし、これらのデータにこそ、ビジネス上の重要な判断の根拠や背景(コンテキスト)、顧客の本音といった価値ある情報が詰まっています。

なぜ今、非構造化データが重要なのか?

これまで活用が難しかった非構造化データの重要性が、今、急速に高まっています。その最大の理由は、AI、特に生成AIの登場です。

AIは、まるで人間のように、文章を読んでその意味を理解する能力を持っています。これにより、私たちはついに、非構造化データという「情報の宝の山」に眠る価値を本格的に引き出せるようになりました。

例えば、AIは過去の膨大な契約書(非構造化データ)を学習し、「今回の契約書案には、過去にトラブルになった条項と類似したリスクがある」と指摘できます。これは、単なる業務効率化を超えた、AIによる「知的判断」の支援です。

このAIによる知的判断を実現するためには、その「教材」となる非構造化データをいかに管理し、活用するかが企業の競争力を左右します。そして、この変化こそが、従来のデータ管理の仕組み(データベース)に根本的な見直しを迫っているのです。

構造と一貫性の守護者「RDB」とは?― IT時代を支えた信頼の技術

概要

RDB(リレーショナルデータベース)は、「データの正しさ」を何よりも重視するデータベースです。会計システムや在庫管理など、1円の誤差も許されないミッションクリティカルな業務で長年使われてきた、信頼性の高い技術であり、IT時代におけるビジネスの信頼性の根幹を支えてきました。

RDBの思想と強み:厳格さがもたらす「信頼性」

RDBの核心は「スキーマ・オン・ライト(Schema-on-Write)」という思想にあります。これは「書き込む前に、データの構造(スキーマ)を厳密に定義する」というルールです。

身近な例で言えば、「項目が完全に決まった整理棚」のようなものです。「顧客ID(数字のみ)」「氏名(50文字以内)」といったルールを先に決め、その棚に合わない形のデータは収納させません。この一見不便な厳格さこそが、データが矛盾なく、常に正しい状態に保たれる秘訣です。

この厳格さがもたらす最大の強みが、ACID特性による信頼性の保証です。これは、データベース上の一連の処理(トランザクション)が安全に実行されることを保証する、4つの重要な性質の頭文字を取ったものです。

  • 原子性 (Atomicity):
  • 意味合い: トランザクションに含まれる処理は、「すべて成功する」か「すべて失敗する」かのどちらかであることが保証される性質です。処理が中途半端な状態で終わることは決してありません。
  • 例え話: 「銀行のATMでの振込処理」で言えば、「Aさんの口座から引き落とす」と「Bさんの口座に入金する」は一つのセットです。どちらか一方だけが実行され、お金が宙に浮いてしまうようなことはありません。
  • 一貫性 (Consistency):
  • 意味合い: トランザクションの前後で、データベースに定められたルール(例:在庫数はマイナスにならない、IDは重複しない等)が常に守られていることが保証される性質です。データの矛盾が発生するような操作は許可されません。
  • 例え話: 振込処理の前後で、銀行全体の預金総額が変わってしまうような、ビジネスルールに反する矛盾は決して起きません。
  • 分離性 (Isolation):
  • 意味合い: 複数のトランザクションが同時に実行されても、互いに干渉せず、それぞれが独立して順番に実行されたかのように振る舞うことが保証される性質です。
  • 例え話: 他の人が隣のATMで同時に振り込み処理をしていても、自分の処理がその影響を受けたり、逆に影響を与えたりすることはありません。
  • 耐久性 (Durability):
  • 意味合い: 一度正常に完了したトランザクションの結果は、その後システムに障害(例:停電、サーバーダウン)が発生しても失われないことが保証される性質です。
  • 例え話: 「振込完了」と表示されたら、その直後に停電が起きても、その取引記録は確実にデータベースに保存されており、消えることはありません。

このACID特性により、RDBはデータの「信頼できる唯一の源泉(Single Source of Truth)」となり、ワークフローにおけるユーザー情報、組織階層、そして改ざんが許されない承認履歴といった、システムの根幹をなすデータの管理に不可欠な存在です。

関連記事: 『ワークフロー4.0の全貌|第2世代:データベースが「情報」を整理した時代』

RDBの課題と限界

一方で、RDBの厳格さは、現代のビジネススピードに対応する上での弱点にもなります。

  • 柔軟性の欠如: 新しい項目(例:顧客のSNSアカウント)を追加したくなった場合、まず「整理棚」自体の設計変更が必要となり、手間と時間がかかる。
  • 拡張性(スケーラビリティ)の壁: アクセス急増に対応するには、サーバー自体の性能を上げる「スケールアップ」が基本。これは高性能なサーバーほど高価になり、コスト的・物理的な限界がある。
  • 非構造化データが苦手: 決まった形のない文書や画像データを「整理棚」に無理やり押し込もうとするようなもので、性能が著しく低下する。

RDBの特性まとめ表

特徴RDB (Relational Database)
データモデル構造化されたテーブル(整理棚)
スキーマ固定スキーマ(入れる前に形を決める)
一貫性モデル強い一貫性(ACID特性)
スケーラビリティスケールアップ(高性能化)が中心
クエリ言語SQL(世界標準)
主な強みデータの整合性・信頼性、複雑な条件での検索
主な弱み柔軟性の低さ、水平拡張の難しさ、非構造化データが苦手
最適な用途会計システム、在庫管理、ワークフローの承認履歴

柔軟性とスケールの開拓者「NoSQL」とは?― AI時代の“器”となる技術

概要

NoSQL(Not Only SQL)は、RDBが抱える柔軟性と拡張性の課題を解決するために登場したデータベース群の総称です。「データの正しさ」よりも「システムの止まらなさ」と「変化への対応力」を重視します。AIが扱う多種多様な非構造化データを柔軟に受け入れる「器」として、現代的なサービスに不可欠な技術です。

NoSQLの思想と強み:柔軟性がもたらす「拡張性」

NoSQLの核心は「スキーマ・オン・リード(Schema-on-Read)」という思想です。これは「まずはありのままデータを受け入れ、読み出す時に構造を解釈する」というルールです。

例えるなら、「何でも入れられる大きな倉庫」のようなものです。形や種類がバラバラな荷物(データ)でも、まずはどんどん倉庫に放り込んでおき、必要になった時に中身を確認して取り出します。この柔軟性により、構造が固定されていない半構造化・非構造化データ(JSON、ログ、添付ファイルなど)を効率的に扱うことができます。

NoSQLの中にも、データの持ち方によって得意分野が異なります。例えば、契約書のような文書ファイルにはドキュメント型、大量のログデータにはキー・バリュー型といったように、用途に応じて最適な種類を選択します。

NoSQLの多くは、ACID特性の代わりにBASE特性という思想に基づいています。これは、厳密な一貫性を少し緩める代わりに、システムの可用性(止まらなさ)とパフォーマンスを劇的に向上させる考え方です。

また、最大の強みは「スケールアウト(水平拡張)」です。アクセスが急増したら、高性能なサーバーに買い替える(スケールアップ)のではなく、安価なサーバーの台数をどんどん増やして対応できます。これにより、ビッグデータ時代の爆発的なデータ増加にも、コストを抑えながら柔軟に対応可能です。

NoSQLの課題と限界

その柔軟性と引き換えに、NoSQLには不得手な領域も存在します。

  • 一貫性の弱さ: 厳格なトランザクション管理は不得手。複数のデータを同時に、矛盾なく更新する必要がある金融取引などには向かない。
  • 複雑な検索が苦手: RDBのSQLのように、複数のテーブル(コレクション)を結合して複雑な条件で検索することは、一般的に苦手。

NoSQLの特性まとめ表

特徴NoSQL (Not Only SQL)
データモデル多様(大きな倉庫)
スキーマスキーマレス(とりあえず入れて後で見る)
一貫性モデル結果整合性(BASE特性)が中心
スケーラビリティスケールアウト(台数を増やす)が得意
クエリ言語各データベースで固有(方言がある)
主な強み高速な読み書き、高い拡張性、柔軟なデータ構造
主な弱みデータの一貫性保証が弱い、複雑な検索が苦手
最適な用途SNS、IoTデータ、ログ管理、ワークフローの添付ファイル管理

【核心】RDBとNoSQL、どちらを選ぶべきか?- 決定的違いを生むCAP定理

概要

RDBとNoSQLの特性がなぜこれほど対照的なのか。その答えは、分散システムにおける有名な原則「CAP定理」にあります。この定理は、データベースが「一貫性」「可用性」「分断耐性」の3つを同時に満たすことは不可能であると示しており、RDBとNoSQLがそれぞれ何を優先し、何を犠牲にしてきたのかを明確に説明します。

CAP定理とは?

CAP定理は、複数のサーバーで構成される分散データストアが、以下の3つの特性のうち、同時に満たせるのは2つまでである、という法則です。

  1. 一貫性 (Consistency):
  • ビジネス上の意味:正確さ。
  • 技術的な意味合い: システム内のどのサーバーに問い合わせても、必ず「最新の」データが返ってくるという保証です。あるサーバーでデータが更新されたら、その瞬間から他のすべてのサーバーもその更新後のデータを参照できなければなりません。在庫管理や金融取引など、データの正確性がビジネスの根幹をなすシステムでは絶対に譲れない性質です。
  1. 可用性 (Availability):
  • ビジネス上の意味:止まらないこと。
  • 技術的な意味合い: システム内の一部のサーバーに障害が発生しても、システム全体としては常にリクエストに応答し続けるという保証です。「エラーで応答しない」という事態を避けることを最優先します。ただし、その応答が最新のデータであることまでは保証しません。SNSのタイムライン表示など、多少データが古くてもサービスが提供され続けることが重要なシステムで求められます。
  1. 分断耐性 (Partition Tolerance):
  • ビジネス上の意味:タフさ。
  • 技術的な意味合い: サーバー間のネットワーク通信が一時的に切断(分断)されても、システム全体が動作し続ける能力です。現代のクラウド環境では、ネットワークの遅延や障害は日常的に起こりうる「前提条件」です。そのため、分断耐性は選択肢ではなく、分散システムが備えるべき必須の性質と見なされています。

RDBとNoSQLの選択は「トレードオフ」

分断耐性(P)が必須である以上、実質的には「ネットワーク分断が起きた時に、正確さ(C)と止まらないこと(A)のどちらを優先しますか?」という究極の選択を迫られることになります。

  • CP型(正確さを優先): 分断時、古いデータを返すリスクを避けるため、応答を停止します(可用性を犠牲にする)。多くのRDBや一部のNoSQLがこのタイプです。
  • AP型(止まらないことを優先): 分断時でも、応答を返し続けます。ただし、そのデータは最新ではない可能性があります(正確さを犠牲にする)。多くのNoSQLがこのタイプです。

このCAP定理からわかるのは、RDBとNoSQLは単なる技術の優劣ではなく、ビジネス要件に対する設計思想のトレードオフであるということです。

  • RDBは、金融システムのように「データの正しさ」を絶対に保証するため、正確さ(C)を優先してきました。
  • NoSQLは、SNSのように「サービスを絶対に止めない」ことを保証するため、止まらないこと(A)を優先してきました。

ワークフローシステムを考えたとき、承認履歴のようなデータは「絶対的な正確さ」が求められ(CP)、一方で大量のログデータや添付ファイルは「高い可用性(止まらなさ)」が求められます(AP)。このように、一つのシステム内に相反する要件が混在していることこそが、二者択一の議論を無意味にする根本的な理由なのです。

RDB vs NoSQL 比較サマリー

特徴RDB (Relational Database)NoSQL (Not Only SQL)
優先事項正確さ (Consistency)止まらないこと (Availability)
CAP定理主に CP (またはCA)主に AP (またはCP)
思想データの正しさを絶対に保証するシステムを絶対に止めない
適したデータ構造化データ(マスター情報、承認履歴)非構造化・半構造化データ(添付ファイル、ログ)

AIが突きつける新たな要件「ベクトルデータ」とRAGの重要性

概要

AI、特に生成AIの活用は、データ基盤に「ベクトルデータ」という全く新しい種類のデータを扱う能力を要求します。これは、AIが言葉や文書の「意味」を理解し、検索するための根幹技術です。このベクトルデータを効率的に扱う「ベクトルデータベース」の登場は、「RDBかNoSQLか」という従来の議論の枠組み自体を過去のものとし、ハイブリッド構成を不可避なものにします。

なぜAIは「ベクトルデータ」を必要とするのか?

ChatGPTのようなLLM(大規模言語モデル)は、そのままでは社内ルールや最新情報を知らない、嘘をつく(ハルシネーション)といった課題を抱えています。この問題を解決する技術がRAG(検索拡張生成)です。

RAGは、AIが回答を生成する前に、まず社内文書などの信頼できる情報源を検索し、その内容を根拠として回答を生成する仕組みです。これにより、AIは常に正確で最新の情報に基づいた回答を提供できます。

この「検索」の精度を飛躍的に高めるのがベクトルデータ(Vector Embeddings)です。これは、文章や単語の「意味」をコンピューターが扱える数値の配列(ベクトル)に変換したもので、「言葉の住所」のようなものだと考えてください。「犬」という言葉の住所と「猫」という言葉の住所は近くにあり、「自動車」という言葉の住所は遠くにある、といった具合に、意味の近さが距離に反映されます。

従来のキーワード検索が「文字列の一致」しか探せないのに対し、ベクトル検索は「意味の類似性」(住所の近さ)で情報を探せます。例えば、「出張時の宿泊費の上限」と検索すれば、「旅費規程」の中から「宿泊費は1泊15,000円を上限とする」という条文を、キーワードが完全に一致しなくても見つけ出すことができるのです。

関連記事: 『ワークフロー4.0の全貌|コア技術②:RAG – 社内情報と連携するAIの「記憶」』

ベクトルデータベース:AIの「長期記憶」を担う専門家

このベクトルデータ(言葉の住所録)を効率的に格納し、高速に類似検索(近くの住所を探す)を行うことに特化したのがベクトルデータベースです。これはNoSQLの一種であり、AI時代のワークフローにおけるRAGアーキテクチャを実装するためには、技術的に不可欠なコンポーネントです。

RDBや汎用のNoSQLデータベースでは、この高度なベクトル検索を効率的に実行することは原理的に不可能です。AIを活用して「過去の類似案件を探す」「関連規程を提示する」といった知的業務支援を実現しようとした瞬間、データ基盤は必然的に、この専門家(ベクトルデータベース)をチームに加える必要が出てくるのです。

関連記事: 『ベクトルデータベース入門:AIが社内文書を「記憶」するための必須技術』

この章のまとめ

  • AI活用には、LLMの弱点を補うRAG(検索拡張生成)が不可欠。
  • RAGの核となる「意味での検索」を実現するのがベクトルデータ
  • ベクトルデータを専門に扱うベクトルデータベース(NoSQLの一種)の導入が、AI活用の前提となる。
  • これにより、データ基盤はRDB、汎用NoSQL、ベクトルDBというハイブリッド構成が必然となる。

結論:AI時代の最適解は「ハイブリッド」一択である理由

概要

これまでの議論を総括すると、AI時代のワークフローシステムにおけるデータ基盤の最適解は、RDBとNoSQLの長所を組み合わせた「ハイブリッド・アーキテクチャ」以外にあり得ない、という結論に至ります。これは単なる選択肢の一つではなく、多様化するビジネス要件とAI活用の技術的要請に応えるための、論理的な必然です。

なぜハイブリッド構成が唯一の解なのか?

現代のワークフローシステムが内包する、本質的に多様なデータ要件を整理してみましょう。

データ種別具体例主要な技術要件最適なデータベース
構造化データユーザー情報、組織階層、承認ルート厳格なデータ整合性、ACID特性RDB
トランザクションデータ申請・承認履歴、監査ログトランザクション保証、不変性RDB
非構造化・半構造化データ添付ファイル、操作ログ、API連携データ柔軟なスキーマ、高い拡張性汎用NoSQL
AI関連データベクトルデータ、LLMの生成物高速な類似度検索(意味検索)ベクトルデータベース

この表が示すように、単一のデータベース技術(モノリシック)でこれらすべての要件を効率的に満たすことは不可能です。

  • 信頼性の根幹(承認履歴など)は、RDBの堅牢なトランザクション管理が不可欠。
  • 柔軟性と拡張性(添付ファイルなど)は、NoSQLのスケーラビリティが必要。
  • 知的機能の中核(AIによる検索)は、ベクトルデータベースという専門技術が必須。

このアプローチは「ポリグロット・パーシステンス(Polyglot Persistence)」と呼ばれ、データの特性に応じて最適な技術を適材適所で使い分ける、現代的な設計思想です。この思想は、機能をサービス単位で独立させるマイクロサービスアーキテクチャと非常に親和性が高く、各サービスが自身の特性に合った最適なデータベースを持つことで実現されます。AI活用が標準となる未来を見据えたとき、このハイブリッド・アーキテクチャこそが、信頼性、拡張性、そしてインテリジェンスを兼ね備えた、唯一の合理的な選択肢となるのです。

まとめ:未来に適応するデータ基盤戦略への第一歩

AIが業務プロセスに深く浸透する時代において、「RDBかNoSQLか」という二元論はもはや意味を持ちません。企業のワークフローは、信頼性を担保するRDB柔軟性をもたらすNoSQL、そして知性を与えるベクトルデータベースという、それぞれの専門家チームによる「ハイブリッド構成」を必然的に要求します。

この変革は、単なる技術刷新に留まらず、企業のデータ活用文化そのものを進化させるプロジェクトです。完璧なシステムを一度に目指すのではなく、まずは自社の業務データ特性を分析し、段階的にアーキテクチャを進化させていくアプローチが現実的です。

  1. Step 1: 基盤の堅牢化 – まずはRDBで承認プロセスなどコア業務の信頼性を確立する。
  2. Step 2: 柔軟性の獲得 – 次にNoSQLで添付ファイル管理などを効率化し、拡張性を手に入れる。
  3. Step 3: 知的変革 – 最後にベクトルデータベースを導入し、AIによる知的業務支援を実現する。

このような高度なデータ活用と、それを支える複雑なハイブリッド・アーキテクチャを前提として設計されているのが、次世代のワークフロープラットフォームです。ジュガールワークフローは、ワークフロー4.0の思想に基づき、企業のあらゆるデータをビジネス資産に変えるための強力なデータ基盤を提供します。AIエージェントが自律的に業務を遂行する未来を見据え、お客様がデータの真の価値を解放できるよう、私たちはその進化を支援し続けます。

未来に適応するためのデータ基盤戦略へ、まずはその第一歩を踏み出すことが重要です。

AI時代のデータ基盤に関するFAQ

中小企業でも、このようなハイブリッド構成のデータベースは必要ですか?

はい、必要性が高まっています。かつては専門家が必要でしたが、現在はクラウドサービスを利用することで、中小企業でも比較的容易にRDBやNoSQLを組み合わせて利用できます。特にAI活用を少しでも視野に入れるなら、将来の拡張性を見据え、添付ファイルはNoSQL(オブジェクトストレージ)に保存するなど、最初から適材適所でデータを管理する意識を持つことが重要です。

結局、今使っているシステムはRDBとNoSQLのどちらですか?

多くのパッケージソフトや基幹システムでは、データの信頼性を重視してRDBが使われているケースが一般的です。一方で、Webサービスや比較的新しいSaaSでは、柔軟性や拡張性を重視してNoSQLが使われていることもあります。自社のシステムがどちらを主に使用しているかを知ることは、今後のIT戦略を立てる上で有益です。

引用・参考文献

  1. 総務省, 「令和5年版 情報通信白書」
    URL: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/
    (日本国内におけるAIの導入状況やDX推進の課題に関する公的データとして参照)
  2. 情報処理推進機構(IPA), 「AI白書2023」
    URL: https://www.ipa.go.jp/publish/wp-ai/ai-2023.html
    (AI技術の最新動向や社会実装における課題に関する専門機関の見解として参照)
  3. Gartner, “Gartner Forecasts Worldwide AI Software Revenue to Grow 21.3% in 2023”
    URL: https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2023-08-22-gartner-forecasts-worldwide-ai-software-revenue-to-grow-21-percent-in-2023
    (AIソフトウェア市場の成長に関する世界的な調査データとして参照)
  4. Grand View Research, “Intelligent Process Automation Market Size, Share & Trends Analysis Report”
    URL: https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/intelligent-process-automation-market
    (インテリジェント・プロセス・オートメーション市場の規模と成長予測に関するデータとして参照)
  5. Fowler, Martin. “Polyglot Persistence”
    URL: https://martinfowler.com/bliki/PolyglotPersistence.html
    (ハイブリッド・アーキテクチャの基本思想である「ポリグロット・パーシステンス」の概念提唱者による解説として参照)

川崎さん画像

記事監修

川﨑 純平

VeBuIn株式会社 取締役 マーケティング責任者 (CMO)

元株式会社ライトオン代表取締役社長。申請者(店長)、承認者(部長)、業務担当者(経理/総務)、内部監査、IT責任者、社長まで、ワークフローのあらゆる立場を実務で経験。実体験に裏打ちされた知見を活かし、VeBuIn株式会社にてプロダクト戦略と本記事シリーズの編集を担当。現場の課題解決に繋がる実践的な情報を提供します。