この記事のポイント
- なぜ、便利なはずのワークフローシステムが企業の重大なリスク源になり得るのか。
- 外部攻撃と内部不正に起因する、具体的な7つのセキュリティリスクとその手口。
- セキュリティ対策の要となる「RBAC(ロールベースアクセス制御)」の基本概念と重要性。
- RBACを核とした、多層的なセキュリティ防御策の具体的な構築方法。
- 自社の情報を守るために、ワークフローシステム選定時に確認すべき必須のチェックポイント。
序章:なぜ今、ワークフローシステムのセキュリティが経営課題なのか?
ワークフローシステムは、業務効率化の強力なエンジンであると同時に、企業の機密情報(人事、経理、法務、経営戦略)が集約される「情報の心臓部」です。そのため、一度セキュリティが侵害されれば、その被害は一部門に留まらず、企業全体の存続を揺るがす経営課題に直結します。DX推進と多様な働き方の実現に不可欠なツールだからこそ、そのセキュリティ対策は最優先で取り組むべき課題なのです。
多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、生産性向上を目指す中で、統合型ワークフローシステムは不可欠なツールとなりました。申請・承認・決裁といった一連のプロセスを電子化することで、意思決定の迅速化、ペーパーレス化によるコスト削減、そして内部統制の強化など、計り知れないメリットをもたらします。
しかし、その輝かしい側面の裏には、見過ごすことのできない重大なリスクが潜んでいます。ワークフローシステムは、その性質上、企業の最も重要なビジネスプロセスと機密情報を一元的に集約するプラットフォームです。
- 人事情報: 従業員の個人情報、給与、評価、採用情報
- 経理・財務情報: 経費精算、購買申請、予算データ
- 契約・法務情報: 契約書ドラフト、秘密保持契約(NDA)
- 経営情報: M&Aの検討、新製品開発計画、中期経営計画
これらの情報が集中するワークフローシステムは、攻撃者にとって極めて価値の高い「ハイバリューターゲット」となります。従来、紙媒体で各部署のキャビネットに分散保管されていたリスクが、一つのデジタル空間に集約されるのです。この情報の集中化は、統制と可視性を高める一方で、一度侵害された際の被害を甚大化させる「諸刃の剣」と言えるでしょう。
本記事は、ピラーページである「統合型ワークフローシステムとは?選び方・比較検討方法まで詳細解説!」で解説したワークフローシステムの全体像を補足する、セキュリティに特化したクラスタ記事です。ワークフローシステムに潜む具体的な7つのリスクを「外部攻撃」と「内部不正」の両面から徹底的に分析し、その核心的な防御策である「RBAC(ロールベースアクセス制御)」、そして多層的な防御戦略について、初学者の方にも分かりやすく解説していきます。
【FAQ】
A. 一概に高まるとは言えません。適切に設計・運用されたワークフローシステムは、むしろセキュリティを強化します。業務プロセスが可視化され、「誰が・いつ・何を」したかの証跡(監査ログ)が自動で記録されるため、紙ベースの運用よりもはるかに強固な内部統制を構築できるからです。ただし、システム自体に脆弱性があったり、設定を誤ったりすると、情報が一箇所に集約されている分、大規模な情報漏洩につながるリスクもはらんでいます。重要なのは、リスクを正しく理解し、適切な対策を講じることです。
第1章:ワークフローシステムを脅かす7つの重大リスク
ワークフローシステムが直面する脅威は、サイバー攻撃などの「外部リスク」と、従業員の不正やミスによる「内部リスク」に大別されます。外部からは「アプリケーションの脆弱性」「不正アクセス」「サプライチェーン攻撃」「マルウェア感染」が、内部からは「権限濫用」「情報持ち出し」「ヒューマンエラー」が発生し得ます。これらのリスクは相互に関連し合っており、包括的な対策が不可欠です。
ワークフローシステムを安全に運用するためには、まずどのような脅威が存在するのかを正確に把握することが第一歩です。ここでは、代表的なリスクを「外部」と「内部」に分け、7つのカテゴリーで解説します。
【外部リスク①】アプリケーションの脆弱性を突く攻撃
ワークフローシステムも一つのソフトウェアである以上、プログラムの設計ミスや不具合である「脆弱性」が存在する可能性があります。攻撃者はこの弱点を突き、システムを不正に操作しようとします。
- SQLインジェクション: 攻撃者がシステムの入力フォーム(検索窓やログイン画面など)に、データベースを不正に操作するための命令文(SQL)を注入する攻撃です。成功すると、認証を回避されたり、データベースに保管されている申請データや個人情報をごっそり盗み見られたり、改ざん・削除されたりする危険性があります。
- クロスサイトスクリプティング(XSS): 攻撃者がワークフローシステムの掲示板やコメント欄といった、ユーザーがコンテンツを書き込める場所に悪意のあるスクリプト(簡易的なプログラム)を埋め込む攻撃です。他のユーザーがそのページを閲覧すると、埋め込まれたスクリプトがブラウザ上で実行され、偽の入力フォームを表示して情報を盗んだり、セッション情報を乗っ取って本人になりすましたりします。特に承認権限を持つ役職者が標的になると、被害は甚大です。
これらの攻撃は、Webアプリケーションにおける古典的かつ非常に危険な攻撃手法です。
【外部リスク②】認証情報の窃取と不正アクセス
システム自体が堅牢であっても、利用する従業員のIDとパスワード(認証情報)が盗まれれば、攻撃者は正規のユーザーとして正面玄関から堂々と侵入できてしまいます。
- フィッシング攻撃: システム管理者や実在するサービスを装った巧妙な偽メールを送りつけ、「パスワードの有効期限が切れました」「至急承認をお願いします」といった文面でユーザーを偽のログインページへ誘導し、IDとパスワードを盗み取る手口です。近年はSMSを使った「スミッシング」も増加しています。
- パスワードリスト攻撃: 他のサービスから漏洩したIDとパスワードのリストを利用し、ワークフローシステムへのログインを機械的に試行する攻撃です。多くの人が複数のサービスで同じパスワードを使い回している傾向を悪用するため、成功率が高いのが特徴です。
【外部リスク③】サプライチェーンの弱点を狙う攻撃
自社のセキュリティ対策が万全でも、取引先や業務委託先、あるいは利用している外部サービスなど、自社につながる「サプライチェーン」のどこか一箇所でもセキュリティが甘ければ、そこを踏み台として侵入されるリスクです。
- 連携システム経由の侵入: ワークフローシステムは、会計システム、人事システム、電子契約サービスなど、多くの外部システムと連携(API連携)して利用されます。この連携先システムに脆弱性があれば、そこが侵入口となり、ワークフローシステムへ攻撃が波及する可能性があります。
- 開発・運用委託先からの侵入: システムの開発や保守を外部ベンダーに委託している場合、そのベンダーがサイバー攻撃を受け、管理用アカウント情報が漏洩すると、自社システムにまで被害が及ぶことがあります。
- ソフトウェアコンポーネントの脆弱性: ワークフローシステムを構成するオープンソースソフトウェア(OSS)やライブラリに脆弱性が発見された場合、それが攻撃の糸口になるケースです。
【外部リスク④】ランサムウェア・マルウェア感染
ランサムウェアやマルウェアといった悪意のあるソフトウェアに感染することで、直接的な被害を受けるケースです。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表する「情報セキュリティ10大脅威」では、ランサムウェアによる被害が常に上位にランクインしており、最も警戒すべき脅威の一つです。
- ランサムウェア: 感染したコンピュータやサーバー上のデータを勝手に暗号化し、元に戻すことと引き換えに身代金(ランサム)を要求するマルウェアです。ワークフローシステムのデータベースや添付ファイルが暗号化されると、全社の承認業務が完全に停止します。近年では、データを暗号化するだけでなく、窃取したデータを公開すると脅す「二重恐喝」の手口が主流となっています。
- 情報窃取型マルウェア(スパイウェア): ユーザーのキーボード入力情報を記録したり、ブラウザに保存されたパスワードを盗んだりして、外部の攻撃者に送信するマルウェアです。これにより窃取された認証情報が、不正アクセスに悪用されます。
【内部リスク⑤】権限の濫用と意図的な不正操作
外部からの脅威以上に検知が難しく、深刻な被害をもたらし得るのが、正当な権限を持つ内部の人間による不正行為です。
- システム管理者の脅威: システムの全てを操作できる「特権ID」を持つ管理者が悪意を持った場合、あらゆる統制を回避できます。承認ルートを自分に都合よく変更して不正な申請を自己承認したり、犯行の痕跡を消すために監査ログを改ざん・削除したりすることが可能です。
- 一般従業員の不正: 経費の水増し請求や、実態のない取引先への架空発注など、古典的な不正行為をワークフローシステム上で行うケースです。申請金額の上限チェックといった統制がシステムで強制されていなければ、こうした不正は容易に発生します。
- なりすまし・代理承認: 上司が席を外した隙に無施錠のPCを操作したり、何らかの方法で入手した上司のパスワードを使ったりして、自分が出した申請を勝手に承認する行為です。これは、上司の印鑑を無断で押す「代理押印」のデジタル版に他なりません。
【内部リスク⑥】機密情報の不正な持ち出し
金銭目的や会社への不満、あるいは転職先での利用などを動機として、従業員が内部の機密情報を不正に外部へ持ち出す行為も、後を絶ちません。
- 退職者による情報漏洩: 退職間近の従業員が、在職中にアクセスできた顧客リストや技術資料、契約書などを大量にダウンロードし、個人のUSBメモリやクラウドストレージにコピーして持ち出すケースは典型的なパターンです。
- 正当なアクセス権の悪用: 内部者はすでに防御壁の内側にいるため、業務上必要なアクセス権を悪用して、少しずつ情報を収集し、外部へ持ち出すことが可能です。正当な業務上のアクセスと不正な持ち出し行為を見分けることが難しい点が、対策を困難にしています。
【内部リスク⑦】意図しないヒューマンエラーによる情報漏洩
全ての内部リスクが悪意に基づくわけではありません。「うっかりミス」に起因する事故も、重大な情報漏洩につながる可能性があります。IPAの調査でも、情報漏洩の原因として「誤操作」は常に上位に挙げられています。
- 誤送信: 本来送るべきではない相手に、機密情報が添付されたメールや通知を送ってしまうミスです。特に、承認ルートの設定を誤り、本来閲覧権限のない従業員や部署を含むルートで回付してしまうケースが考えられます。
- 権限設定のミス: ファイルサーバーやクラウドストレージに保管されている決裁済み文書のアクセス権設定を誤り、「全社公開」状態にしてしまうといったミスです。
- デバイスの紛失・盗難: 業務用のノートPCやスマートフォンを外出先で紛失したり、置き忘れたりすることで、デバイス内に保存されていた情報が漏洩するリスクです。
【図表1】ワークフローシステムのリスク分類まとめ
リスク大分類 | リスク小分類 | 具体的な脅威・手口の例 |
外部リスク | ① アプリケーションの脆弱性 | SQLインジェクション、クロスサイトスクリプティング(XSS) |
② 認証情報の窃取と不正アクセス | フィッシング、パスワードリスト攻撃、ブルートフォース攻撃 | |
③ サプライチェーン攻撃 | 連携システムからの侵入、開発・運用委託先からの侵入、OSSの脆弱性 | |
④ ランサムウェア・マルウェア感染 | データ暗号化と身代金要求、キーロガーによる情報窃取 | |
内部リスク | ⑤ 権限の濫用と不正操作 | 特権IDの悪用、経費の水増し請求、なりすまし承認 |
⑥ 機密情報の不正な持ち出し | 退職者によるデータ持ち出し、アクセス権の悪用 | |
⑦ 意図しないヒューマンエラー | 誤送信、アクセス権設定ミス、デバイスの紛失 |
【FAQ】
A. どちらも同等に警戒する必要があります。一般的に、攻撃の件数としては外部攻撃が多いですが、一度あたりの被害額や影響の大きさは、内部情報に精通し、正当なアクセス権を持つ内部不正の方が大きくなる傾向があります。外部の脅威からシステムを守る「境界防御」と、内部の人間を信頼しすぎず、権限を適切に管理・監視する「ゼロトラスト」の考え方の両方に基づいた、多層的な対策が不可欠です。
第2章:鉄壁の防御策の要「RBAC」とは何か?
RBAC(ロールベース・アクセス制御)とは、ユーザー個人ではなく「営業部長」「経理担当者」といった社内の「役割(ロール)」に対して権限を割り当てるセキュリティの考え方です。これにより、人事異動の際の権限設定ミスを防ぎ、職務に必要な最小限の権限のみを与える「最小権限の原則」を徹底できます。RBACは、特に内部不正に対する最も効果的かつ基本的な防御策の基盤となります。
前章で挙げた多様なリスク、特に検知が困難な内部不正に対して、最も強力な基盤となるのが「RBAC(Role-Based Access Control:ロールベース・アクセス制御)」という考え方です。これは単なる一機能ではなく、セキュアなワークフローシステムを構築するための設計思想そのものです。
RBAC(ロールベースアクセス制御)の基本的な仕組み
RBACを理解するために、まず従来のアクセス制御と比較してみましょう。
- 従来の方法(任意アクセス制御): システム管理者が、Aさん、Bさん、Cさん…という「個人」に対して、個別に「この稟議書の閲覧を許可」「このフォルダへの書き込みを許可」と設定していく方式です。小規模な組織なら管理できますが、従業員が増え、組織が複雑化すると、設定が煩雑になり、人事異動のたびに設定変更漏れやミスが発生しやすくなります。
- RBACの方法: RBACでは、「個人」と「権限」の間に「ロール(役割)」という概念を挟みます。
- まず、社内に存在する「営業部長」「経理担当者」「人事採用担当」といったロールを定義します。
- 次に、それぞれのロールに対して必要な権限(例:「経理担当者」ロールには「経費精算の一次承認権限」を付与)を割り当てます。
- 最後に、Aさん、Bさんといった各ユーザーに、適切なロールを割り当てます。(例:経理部のAさんには「経理担当者」ロールを付与)
図:ユーザー、ロール、権限の関係性。管理者はロールに権限を割り当て、ユーザーにロールを付与するだけで済むため、管理が大幅に簡素化される。
この仕組みにより、例えばAさんが営業部に異動した場合、管理者はAさんのロールを「経理担当者」から「営業担当者」に変更するだけで、権限の付け替えは完了です。一人ひとりの権限を個別に変更する必要がなく、設定ミスを劇的に減らすことができます。
なぜRBACが内部統制とセキュリティの礎となるのか?
RBACの真価は、単なる管理の効率化に留まりません。企業の内部統制とセキュリティを根底から支える、2つの重要な原則を実現するための基盤となる点にあります。
- 最小権限の原則(Principle of Least Privilege – PoLP)
これは、「ユーザーには、その職務を遂行するために必要最小限の権限のみを与えるべき」というセキュリティの黄金律です。RBACを導入することで、各ロールの業務内容を精査し、「この役割には、この操作権限だけがあれば十分だ」という形で権限を設計できます。これにより、従業員が自分の業務に無関係な情報にアクセスしたり、操作したりすることを防ぎます。万が一、ある従業員のアカウントがマルウェアに乗っ取られたり、本人が悪意を持ったりした場合でも、被害の範囲をそのロールに与えられた最小限の権限内に封じ込めることができます。 - 職務分掌(Segregation of Duties – SoD)
これは、一つの業務プロセスを複数の担当者で分担させることで、不正やミスを防ぐ内部統制の原則です。例えば、「経費精算の申請」と「その承認」を同一人物が行えないようにする、といったルールです。RBACでは、システム上で「申請者ロールを持つユーザーは、自身の申請に対して承認者ロールの権限を行使できない」といった利益相反ルールを強制することができます。これにより、なりすましや自己承認といった内部不正のリスクを根本から排除します。
効果的なRBACを実現するための3つの重要原則
RBACを形骸化させず、真に効果的なものにするためには、導入・運用において以下の3つの原則を遵守することが重要です。
- ロールはビジネスの実態に合わせて設計する
ロールは、単なる役職名(部長、課長など)で大雑把に作るべきではありません。「営業第一部の部長」と「人事部の部長」では、必要とされる権限は全く異なります。IT部門だけで決めるのではなく、各事業部門と連携し、実際の業務内容に即した具体的なロール(例:「近畿エリア営業統括」「中途採用担当マネージャー」)を定義することが不可欠です。 - 定期的なロールと権限の見直し(棚卸し)
一度設定したら終わりではありません。組織変更や業務内容の変更に伴い、ロールの定義や割り当てられた権限が実態と乖離していく「権限の肥大化」が起こりがちです。四半期に一度など、定期的に全ユーザーのロールと権限をレビューし、不要になった権限を速やかに剥奪するプロセスを確立する必要があります。 - 例外を認めない(ゼロトラストの精神)
「この人だけは特別に…」といった個人への直接的な権限付与は、RBACの原則を崩壊させる第一歩です。緊急時など、やむを得ず一時的な権限を付与する場合でも、必ず期限付きとし、その理由と承認の記録を残すなど、厳格な例外管理プロセスを設けるべきです。
【図表2】RBAC設計・監査チェックリスト
分類 | チェック項目 |
ロールの定義 | ・ビジネスの実態(職務内容)に基づいてロールが定義されているか? |
・各事業部門の責任者がロール定義のプロセスに関与しているか? | |
権限のマッピング | ・各ロールには、業務遂行に必要最小限の権限のみが割り当てられているか?(最小権限) |
・ユーザー個人に直接権限が割り当てられているケースはないか?(例外管理) | |
職務分掌(SoD) | ・申請と承認など、利益相反する業務が特定され、分離されているか? |
・システム上で、同一ユーザーによる利益相反操作が禁止されているか? | |
ライフサイクル管理 | ・入社・異動・退職時に、ロールを適切に付与・変更・削除するプロセスが確立されているか? |
監査と見直し | ・定期的な権限の棚卸し(レビュー)が計画・実行されているか? |
【FAQ】
A. まずは「現状の可視化」から始めるのが定石です。全社一斉導入を目指すのではなく、特定の部門(例:経理部、情報システム部)や、全社共通の業務(例:経費精算、稟議書)を対象に、どのような役割の人が、どのような業務で、どのような権限を必要としているかを洗い出すことから始めます。この「業務プロセスの棚卸し」を通じて、あるべきロールの姿が見えてきます。このスモールスタートで得た知見を基に、徐々に対象範囲を広げていくのが成功の鍵です。
第3章:RBACを支える多層防御戦略
RBACという強固な土台の上には、さらなる防御層を積み重ねる「多層防御」の考え方が不可欠です。具体的には、①本人確認を厳格化する「多要素認証(MFA)」、②通信経路とデータを守る「WAFと暗号化」、③不正の兆候をいち早く捉える「監査ログの監視」、④従業員の意識を高める「セキュリティ教育」の4つの層を組み合わせることで、鉄壁の防御体制を構築します。
RBACがセキュリティの「礎」であるならば、その上にさらなる防御壁を築き、あらゆる角度からの攻撃に備える「多層防御(Defense in Depth)」のアプローチが求められます。一つの防御策が破られても、次の防御策が攻撃を防ぐという考え方です。ここでは、RBACを補完し、強化するための4つの重要な防御層を解説します。
防御層①:認証の強化(多要素認証)
多要素認証(MFA: Multi-Factor Authentication)は、ID・パスワードといった「知識情報」だけでなく、スマートフォンアプリのワンタイムコードやSMS認証コードといった「所持情報」、指紋や顔認証といった「生体情報」など、複数の要素を組み合わせて本人確認を行う仕組みです。
たとえフィッシング攻撃などでパスワードが盗まれたとしても、攻撃者は第二、第三の認証要素(利用者のスマートフォンや身体)を持っていないため、不正ログインを防ぐことができます。Microsoft社の調査によれば、MFAはアカウント乗っ取り攻撃の99.9%以上をブロックすると報告されており、パスワードリスト攻撃などに対する極めて効果的な対策です。
現代のセキュリティにおいて、MFAの導入はもはや「推奨」ではなく「必須」の対策と言えるでしょう。
防御層②:通信とデータの保護(WAFと暗号化)
データを「利用しているとき(通信中)」と「保管しているとき」の両方で保護するための技術的な対策です。
- WAF(Web Application Firewall)
WAFは、Webアプリケーションの前面に設置される「盾」のようなものです。ユーザーとワークフローシステム間の通信内容を監視し、第1章で解説したSQLインジェクションやクロスサイトスクリプティングといった、アプリケーションの脆弱性を狙った攻撃パターンを検知してブロックします。これにより、システムの入り口で多くのサイバー攻撃を未然に防ぎます。 - 暗号化(Encryption):
暗号化は、万が一データが盗まれても、その内容を読み取られないようにするための最後の砦です。
- 通信の暗号化 (SSL/TLS): ユーザーのブラウザとワークフローシステムのサーバー間の通信を全て暗号化します(URLがhttps://で始まるサイト)。これにより、カフェの公衆Wi-Fiなど、安全でないネットワーク上での通信を盗聴されるリスクを防ぎます。
- 保存データの暗号化: データベースやストレージに保存されている申請データや添付ファイルそのものを暗号化します。これにより、サーバーへの不正侵入や、物理的なストレージの盗難といった事態が発生しても、情報の中身を守ることができます。
防御層③:検知と対応(監査ログの活用)
完璧な防御は存在しないという前提に立ち、万が一侵入された場合に、その活動をいち早く検知し、迅速に対応するための仕組みが不可欠です。その中心となるのが監査ログです。
優れたワークフローシステムは、「いつ、誰が、どこから、何をしたか」という5W1Hの操作記録を、改ざんできない形で詳細に記録します。
- 監視すべき重要なログ
- ログインの成功・失敗履歴(特に深夜など不審な時間帯のアクセス)
- 特権ID(管理者アカウント)による操作履歴
- 承認ルートや権限設定の変更履歴
- 通常ではありえない大量のデータダウンロード
これらのログを定期的に監視し、異常なパターンを検知した際にアラートを出す仕組み(SIEM:Security Information and Event Management など)を導入することで、不正行為の兆候を早期に捉え、被害が拡大する前に対処することが可能になります。また、インシデント発生後には、この監査ログが原因究明と再発防止策の検討に不可欠な証拠となります。
防御層④:人的防御(従業員へのセキュリティ教育)
どれだけ高度なシステムを導入しても、それを使う「人」のセキュリティ意識が低ければ、その効果は半減してしまいます。従業員は、セキュリティチェーンにおける最も重要な、そして時として最も脆弱な輪です。
- フィッシングメールへの警戒: 不審なメールの添付ファイルやリンクを安易に開かないよう、具体的な手口の事例を交えた定期的な教育が不可欠です。模擬的なフィッシングメールを送信する訓練も非常に効果的です。
- パスワード管理の徹底: 推測されにくい複雑なパスワードを設定し、複数のサービスで使い回さないことの重要性を周知します。
- ルール遵守の意識醸成: なぜセキュリティルール(例:無許可のソフトウェアのインストール禁止、機密情報の私物デバイスへの保存禁止)が存在するのか、その背景とリスクを理解させることが、ルール遵守の動機付けにつながります。
【図表3】RBACと多層防御によるリスク対策マトリクス
リスク分類 | 主な対策手法 |
アプリケーションの脆弱性 | WAFによる攻撃パターンのブロック、ベンダーによる迅速なパッチ適用 |
認証情報の窃取 | 多要素認証(MFA)、パスワード管理の徹底(従業員教育) |
サプライチェーン攻撃 | 連携先・委託先のセキュリティ評価、API連携のアクセス制御、監査ログ監視 |
ランサムウェア・マルウェア | エンドポイントセキュリティ(EDR/EPP)、不審メール訓練(従業員教育)、バックアップ |
権限の濫用・不正操作 | RBAC(最小権限の原則、職務分掌)、特権IDの操作監視(監査ログ) |
情報の不正な持ち出し | RBAC(アクセス制御)、データ持ち出しの監視・ブロック(DLP)、監査ログ |
ヒューマンエラー | RBAC(操作範囲の限定)、承認ルートのダブルチェック機能、従業員教育 |
【FAQ】
A. はい、あります。まず最優先で取り組むべきは①多要素認証(MFA)の導入と②RBACの基本設計です。MFAは不正アクセスの大多数を防ぐことができ、費用対効果が極めて高い対策です。並行して、RBACの考え方に基づき、まずは主要な業務におけるロールと権限の整理に着手しましょう。この2つの土台を固めることで、他の対策(WAFやログ監視など)の効果も大きく向上します。
第4章:セキュアなワークフローシステムを選び、維持する方法
安全なワークフローシステムを選ぶには、機能や価格だけでなく、①第三者認証(ISMS、SOC2等)の取得状況、②RBACや監査ログといったセキュリティ機能の実装レベル、③ベンダーの脆弱性対応体制、の3点を必ず確認すべきです。また、クラウド型(SaaS)の利用においては、自社にもデータ管理やアクセス権設定の責任がある「責任共有モデル」を正しく理解し、導入後も継続的にセキュリティ設定を見直していくことが不可欠です。
これまで解説してきたリスクと対策を踏まえ、実際に自社の情報を守るためには、どのような視点でワークフローシステムを選び、運用していけば良いのでしょうか。ここでは、実践的な選定・運用のポイントを解説します。これは、ピラーページ「失敗しない「統合型ワークフローシステム」の選び方とは?9つの重要ポイントで比較解説」で挙げた選定ポイントのうち、「セキュリティ」と「組織・権限管理」をさらに深掘りする内容です。
システム選定時に確認すべきセキュリティ・チェックポイント
製品のパンフレットやWebサイトに「セキュリティも万全」と書かれているだけでは不十分です。客観的な事実に基づいて、そのセキュリティレベルを評価する必要があります。
- 第三者認証の取得状況を確認する
自社のセキュリティ対策を客観的に証明するのが第三者認証です。以下の認証を取得しているかは、信頼性を測る重要な指標となります。
- ISMS (ISO/IEC 27001): 情報セキュリティマネジメントシステムに関する国際規格。組織が情報セキュリティのリスクを管理するための枠組みを整備・運用していることを証明します。
- SOC2報告書(Service Organization Control 2): クラウドサービス事業者が、セキュリティ、可用性、処理のインテグリティ、機密保持、プライバシーに関連する内部統制を適切に整備・運用していることを、独立した監査人が評価した報告書です。特にSaaS選定においては極めて重要なドキュメントです。
- セキュリティ機能の実装レベルを評価する
本記事で解説してきたセキュリティ対策が、機能としてどのレベルまで実装されているかを確認します。
- RBACの柔軟性: 企業の複雑な組織構造や役割に合わせて、柔軟にロールを設計・設定できるか。
- 監査ログの詳細度: 「誰が、いつ、どのIPアドレスから、何をしたか」が十分な詳細さで記録され、かつ改ざんできない仕組みになっているか。ログの保存期間や検索性も重要です。
- MFAへの対応: 標準機能としてMFAを提供しているか。どのような認証方式(アプリ、SMS、生体認証など)に対応しているか。
- ベンダーのセキュリティ体制をヒアリングする
製品機能だけでなく、提供元であるベンダー自身のセキュリティ体制も重要です。
- 脆弱性情報の公表と対応プロセス: 新たな脆弱性が発見された場合、どのように情報を公表し、どのくらいの期間で修正パッチを提供するのか、明確なプロセスを持っているかを確認します。
- サポート体制: セキュリティに関する問い合わせやインシデント発生時に、迅速かつ専門的なサポートを受けられる体制が整っているか。
クラウド型(SaaS)利用時に理解すべき「責任共有モデル」
現在、多くのワークフローシステムはクラウド型(SaaS)で提供されています。SaaSを利用すると、サーバーの管理やソフトウェアのアップデートといった手間から解放されますが、セキュリティの責任が全てベンダーに移るわけではない、という点を理解することが極めて重要です。
これを「責任共有モデル」と呼びます。
- ベンダーの責任範囲: クラウドサービスの基盤となるインフラ(データセンター、サーバー、ネットワークなど)のセキュリティを維持する責任。
- ユーザー(自社)の責任範囲: そのサービスを「どのように使うか」に関するセキュリティを維持する責任。具体的には、以下のような項目が含まれます。
- データ管理: どのような情報をシステムに入力し、管理するか。
- アクセス権管理: RBACに基づき、誰にどのロールを割り当てるかという設定。
- 認証管理: MFAを有効にするか、どのようなパスワードポリシーを設定するか。
- エンドポイント管理: ワークフローシステムにアクセスする従業員のPCやスマートフォンのセキュリティ対策。
つまり、どんなに堅牢なSaaSを契約しても、自社でパスワードを使い回していたり、退職者のアカウントを放置していたりすれば、そこから情報漏洩は発生し得るのです。
セキュリティは「導入して終わり」ではない
脅威は常に進化し、組織の体制や業務内容も変化します。したがって、ワークフローシステムのセキュリティは、一度設定したら終わりというものではありません。継続的な見直しと改善が不可欠です。
- 定期的な設定レビュー: 四半期に一度は、RBACのロール設定やアクセス権の割り当てが現状と合っているかを見直す「権限の棚卸し」を実施しましょう。
- 最新の脅威情報の収集: IPAやJPCERT/CCといった公的機関が発信する最新の脆弱性情報やサイバー攻撃の動向を常に把握し、自社の対策にフィードバックしていく姿勢が重要です。
- 改善サイクルの構築: 従業員からの「ここの権限設定が業務実態と合っていない」といったフィードバックを収集し、継続的にシステム設定を改善していくプロセスを構築することが、形骸化を防ぎ、真に「使える」セキュリティ体制を維持する鍵となります。
【図表4】セキュアなワークフローシステム選定・運用チェックリスト
フェーズ | チェック項目 | 確認ポイント |
選定時 | 第三者認証の取得状況 | ISMS (ISO 27001)、SOC2報告書などを取得しているか? |
セキュリティ機能の実装レベル | RBAC、監査ログ、MFAなどの機能は十分か? | |
ベンダーのセキュリティ体制 | 脆弱性対応プロセスは明確か?サポート体制は信頼できるか? | |
導入時 | 責任共有モデルの理解 | 自社が責任を負うべき設定範囲(アクセス権、認証など)を正確に把握しているか? |
初期設定の徹底 | RBACの初期設計、MFAの全社展開、監査ログのアラート設定などを確実に行う。 | |
運用時 | 定期的な権限の見直し(棚卸し) | 不要になった権限が放置されていないか、定期的にレビューするプロセスがあるか? |
継続的な情報収集と改善 | 最新の脅威情報を収集し、従業員からのフィードバックを基に設定を改善するサイクルが回っているか? |
【FAQ】
A. 確かに、全てを自社で完璧に行うのは難しいかもしれません。だからこそ、システム選定がより重要になります。中小企業の場合は特に、①セキュリティに関する第三者認証をきちんと取得しており、信頼性が客観的に証明されていること、②複雑な設定をしなくても、セキュリティのベストプラクティスが標準で組み込まれていること、③専門家による手厚い導入・運用サポートを受けられること、といった点を重視して製品を選ぶべきです。自社の弱点を補ってくれる、信頼できるパートナーとしてのベンダーを選ぶ視点が成功の鍵となります。
まとめ:ゼロトラスト時代におけるワークフローセキュリティの新常識
本記事では、ワークフローシステムに潜む7つの重大なリスクと、その核心的な対策であるRBAC、そして多層防御の考え方について解説してきました。
クラウド化やリモートワークが当たり前となった現代において、「社内は安全、社外は危険」という従来の境界型防御の考え方は、もはや通用しません。全てのアクセスを信頼せず、常に検証する「ゼロトラスト」というアプローチが、これからのセキュリティの主流です。
本記事で解説した内容は、まさにこのゼロトラストの考え方をワークフローシステムに適用したものです。
- RBACによる最小権限アクセス
- MFAによる厳格な本人認証
- 監査ログによる継続的な監視
これらを組み合わせることで、たとえ攻撃者が社内ネットワークに侵入したとしても、あるいは内部に悪意を持つ者がいたとしても、被害を最小限に食い止めることが可能になります。
ワークフローシステムは、企業の生産性を飛躍的に向上させる強力なツールです。しかし、その力を最大限に引き出すためには、セキュリティという土台が不可欠です。本記事が、貴社の重要情報を守り、安全なDXを推進するための一助となれば幸いです。
【ジュガールワークフローのご紹介】
本記事で解説した鉄壁の防御策を、誰でも簡単に実現できるのが「ジュガールワークフロー」です。ジュガールは、企業の複雑な要件にも対応できる柔軟なRBAC(ロールベースアクセス制御)を標準搭載。さらに、多要素認証(MFA)や改ざん不可能な監査ログ機能も完備し、ゼロトラストの考え方に基づいた高度なセキュリティ環境を提供します。専門知識がなくても、企業の重要情報を守りながら、業務プロセスの自動化と効率化を安全に推進できます。
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引用・参考文献
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「情報セキュリティ10大脅威 2024」
URL: https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2024.html
(ランサムウェアやサプライチェーン攻撃、内部不正など、日本国内における最新のセキュリティ脅威の動向を把握するために引用) - 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「内部不正による情報セキュリティインシデント実態調査」
URL: https://www.ipa.go.jp/archive/security/reports/economics/insider.html
(内部不正の動機や手口、管理者の関与割合など、内部リスクの実態に関するデータを引用)
(SQLインジェクションやXSSといった具体的な脆弱性情報や、インシデント報告を参照) - デジタル庁「ゼロトラストアーキテクチャ適用方針」
URL: https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e2a06143-ed29-4f1d-9c31-0f06fca67afc/5efa5c3b/20220630_resources_standard_guidelines_guidelines_04.pdf
(ゼロトラストの基本概念、MFAやRBACの重要性に関する政府の公式見解として参照) - Gartner, “Market Guide for Identity and Access Management (IAM)”
(Gartnerは会員制のため直接のURLは記載しませんが、RBACやIAMの市場動向やベストプラクティスに関する世界的なリサーチ会社の分析として言及)